砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


     8

 パルの部屋のドアをノックして、レニーはゆっくりとノブを回した。
「パル、おれだよ」
 いつもなら、思い切りはしゃいだ声をあげて飛び出してくるはずだが、今日に限ってあまりにも静かだった。それもそのはず、パルは幼児らしく、ベッドですやすやと昼寝の真っ最中だった。
「なんだ。寝てたのか」
 起こすのも可哀想なので、レニーは足音を忍ばせ、ベッドの隣に椅子をそっと置いた。
 屈託ない安らかな寝顔は、彼の人生観を変えてしまうような酷い事件に巻き込まれたばかりだとは思えない。それもこれもホリィアンや彼女の両親、そしてレニーの、パルへの献身的な介助が実っている証拠なのだろう。
 淡い榛色の髪をそっと撫で、幼児らしいぷにぷにとした柔らかな頬を軽くつつく。こうした何気ないふれあいは、レニーにとって初めての経験であり、そして本来であれば、もっと昔に体験できていたはずのものだった。

『レニーさんはあたしの天使様なんです』

 いつも伏目がちな視線は、その時だけまっすぐこちらを向き、〝彼女〟はいつも言っていた。
「ふふっ……あの頃は、暗殺者に天使だなんて呼称は似合わないっていつも笑い飛ばしてたけど、今ならそれもアリかなって思えるよ。銀色の天使の子は、金色の天使だってね。パルはおれの子供じゃないけど、でももう子供みたいなもんだよな? なぁパル。おれがお前の父親名乗ってもいいか?」
 長い足を組んで背もたれに背を預ける。そしてすうすうと安らかな寝息を立てる、自分を慕ってくれる小さな天使を見つめ、レニーは目を閉じた。
「……シーア、セルト。おれは今、お前達の分まで幸せだよ。これで……いいんだよな?」
 のどかな日差しは、レニーに優しい休息をもたらした。


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