砂の棺 if 叶わなかった未来の物語 「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、 叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。 北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。 そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。 |
9 カチャカチャと食器を片付ける微かな音に気付き、カルザスは目を覚ました。そのままつい、欠伸を漏らす。 「あっ、起こしてしまいましたか?」 ホリィアンは申し訳なさそうに、小さく頭を下げる。 「いえ、こちらこそすみません。図々しくも、うたた寝なんてしてしまって」 「お疲れなんですよ。これ、片付けてきちゃいますから、もう少しお休みになっていてください」 「いえ、もう充分休ませていただきました」 「じゃあ、片付けは後でいいですか?」 そう言いながら、ホリィアンは自然な様子でカルザスの隣に腰を下ろした。 「さっき主任さんに、お二人に休暇を命じたって聞きました。お疲れなら、もっと早くお休みをいただけば良かったですのに」 「そういう訳にもいきませんよ。早く仕事を覚えませんと」 「そんなに急がなくても、父は待ってくれますよ」 もちろん自分もです、と言われているような気持ちになり、カルザスは照れ笑いを浮かべた。 「はぁ……では今後は、ほどほどに休ませていただきましょうか」 「ええ、ご無理は禁物です」 ホリィアンは人差し指を立て、子供にするように、メッですよ、と悪戯っぽく片目を瞑った。カルザスは苦笑する。 「レニーさんはパルのところですよね?」 「ええ。すぐに飛んでいっちゃいました」 「うふふ。良かった」 彼女が可愛らしく微笑んだが、一瞬別の意味が含まれているような気がして、カルザスは小首を傾げた。 「パルのことです。あんな事件があって、パルは身も心も傷付いたじゃないですか? でも叔母様から引き離して、大好きなレニーさんにお任せすることができたから、心の傷はそんなに広がらなかったのかなって思えて」 「そうですね。僕もよく分かりませんが、無闇やたらと『可哀想』を繰り返すだけでは、本当の意味での治癒にはならないと思います。レニーさんだからこそ出来た対応というか、レニーさんしか出来なかったふれあい方だったというか……」 ホリィアンが表情を暗くして、声を潜める。 「……レニーさんも……パルと同じことをされた経験があるって聞きました」 「あのかたがホリィさんに直接仰ったのですか?」 「はい」 「そうですか……」 彼の過去はあまりに壮絶で、ホリィアンに全ては話してはいない。レニーが男妾まがいのことを強要されていた幼少期を過ごしていたなど、本人が自ら口にしない限り、彼女が知る必要はないのだ。 彼自身がその口から語ったのならば、カルザスがわざわざ口を挟むことなどない。 「そのお話を聞いたからこそ、わたし、余計にパルのことはレニーさんに任せなきゃって思ったんです。同じ痛みを知ってる人しか出来ない治療法もあるって思って。きっと叔母様は、いずれパルをも穢らわしいって突き放していたと思うんです」 「そういえば、隔離しようとしていたとか何とか」 「はい。酷いですよね。自分の子なのに、見るのも嫌になっただなんて」 パルが実の母親の元から離れ、アイル家に養子縁組されたのは正解だ、と、カルザスは思った。 「あのかたはとても脆く繊細です。けれど、とても強いです」 「なんとなく、分かります」 「だからこれからも、パルさんのことはレニーさんに任せていただけるとありがたいのですけど。決して悪いようにはしないとお約束しますので」 「それはもちろんです」 ホリィアンは強く頷いた。そしてふいに、手を叩く。 「あ、パルで思い出しました。お二人に、あの子のことでお願いがあるんです」 カルザスは、はぁ、と生返事をする。レニーならまだしも、若干とはいえ、彼に怯えられている自分などに頼み事とは一体なんなのだろうかと。 「カルザスさんとレニーさんは、三日間、お休みをいただいたんですよね?」 「はい、そうですが」 「でしたら明日、お二人の時間をわたしとパルにくださいませんか?」 一体何が言いたいのだろうかと、カルザスは彼女の言葉の続きをじっと待つ。 時折……彼女は予測もつかない、突拍子もないことを言い出すので、少々身構えたくもなるのだ。 「明日、お誕生会をしたいんです」 「誕生日? ホリィさんのですか?」 「いえ、パルですよ。本当はもう少し先なんですけど、きっとお二人はお仕事が忙しいと思うので、前倒しにしてパルをお祝いしてあげたいんです」 「なるほど! それはいいですね。きっとレニーさんも快く承諾なさると思いますよ」 コクコクと頷き、カルザスは目を細めて口元を緩ませる。 「では明日、パルさんへ何かプレゼントを買ってお伺いします」 「いえ、そうじゃなくて、四人でおでかけしませんか? パルは怪我をしてから、ずっと家の中で過ごしているので、退屈してると思うんです。もともとちょっと内向的であまり外へは出たがらないんですけど、たまには外で思いっきり遊ばせてあげたくて」 「そうなんですね。では後ほど、レニーさんとも相談して……」 「何の相談?」 ドアの影に、レニーが立っていた。 「レニーさん。パルがもう解放してくれたんですか?」 普段パルは、レニーが帰るギリギリまで、彼に纏わりついている。むしろ帰るなと言わんばかりに、駄々をこねる。 「それなんですが、明日、パルさんのお誕生会を開いて、四人でどこかに出掛けようとホリィさんが仰るんですよ」 「へぇ、パルの誕生日? いいじゃん」 「本当の誕生日はもう少し先なんですけど、きっとお二人のお仕事も忙しいと思うので、前倒ししてお祝いしてあげようと思って、カルザスさんにご相談してたんです」 「で、どこ行くつもりなの?」 「それをレニーさんに相談しようかと。パルさんくらいの子供さんが行って楽しめるような場所って、どういうところがあると思います?」 レニーは腕組みをしたまま、手先を伸ばしてこめかみを抑えつつ考え込む。 「んー……そうだな……」 そしてふと考えるのをやめ、パチンと指を鳴らした。 「前に三人で行った湖畔に行こう。おれ、パルの宝物探しって名目の、綺麗な石ころ探しをしようって約束してたんだ。あそこなら手頃な石なんかゴロゴロ転がってるだろ。で、ちょっと大変だけどホリィにはランチ作ってもらって、そこでパーティーだ」 「わぁ! それ素敵です! わたしがんばって早起きしてケーキも焼きますね!」 「じゃあお昼少し前に迎えに来ます。重い荷物は僕が持ちますから」 「パルのことは任せといてくれ」 「はい。レニーさんはパルさん担当で」 目的が決まり、ホリィアンは嬉しそうにティーセットを片付けにキッチンへと向かった。残されたカルザスとレニーが顔を見合わせる。 「おもちゃか何かのプレゼントも用意した方がいいでしょうか? ホリィさんはいらないとおっしゃっていましたが」 「そうだな……それでもいいけど、おれ、今夜何か作ろうかな」 レニーのアクセサリー細工の腕前を思い出し、カルザスが身を乗り出した。 「お揃いのブレスレットとかどうです?」 「はぁ? 女の子じゃないんだから、そんな光りもん、パルが喜ぶかよ」 「パルさんとレニーさんが〝お揃い〟っていうのがポイントなんですけど、ダメですかね?」 「パルとおれがお揃いの?」 「そうです。いつでも一緒だよって、約束の印みたいに見えません?」 レニーが目を細めてクッと笑う。 「よし、それ乗った。喜ばなかったらカルザスさんに今度、飯おごってもらう。もちろん、ホリィとパルの分含む、な?」 「えー、それはないですよぅ」 「どうせなら、カルザスさんとホリィの分も作ってやるよ」 レニーの申し出に、カルザスは少し驚いた。 「えっ? 一晩で四つも作れますか?」 「そんな凝ったデザインのは無理だけど、シンプルなやつなら四つくらいすぐできるさ。ちょっとした輝石《ビーズ》とか使ってやれば、ホリィにも似合うんじゃないかな?」 腕を組んで片手を自身の頬に当て、レニーは頭の中で、一晩でできそうなデザインを考える。 「四人でお揃いですか」 「パルとおれ、カルザスさんとホリィ、おれとカルザスさん、ホリィとパル。どんなに離れててもどんな組み合わせでも一緒ってね」 「いいですね、そういうの」 「カルザスさんが言い出したクセに、自画自賛?」 「そうでした」 あははと笑い、カルザスは頭を掻いた。 「じゃあ、このプレゼントのことはおれとカルザスさんだけの秘密な。ホリィとパルには明日まで絶対言うんじゃないぞ。どうせならびっくりさせてやりたいじゃん?」 「分かりました」 二人が拳をぶつけ合うと、ちょうどそこへ、ホリィアンがパルを連れて応接室へ戻ってきた。 「レニー!」 パルがホリィアンの手を離し、勢いよくレニーに抱き付く。いつもの反応だ。 「ちょうど起きてきたので連れてきました」 「おー、パル。やっと起きたのか。さっきからずっと待ってたのに、お前、全っ然起きねぇんだもん。待ちくたびれたよ」 「えー? おこしてくれなかったのー?」 「お前のぐぅぐぅ寝てる姿も見てたかったんだよ」 クシャクシャと榛色の髪を撫でてやり、レニーは優しく微笑みかけた。パルは嬉しそうにキャッキャとはしゃいでいる。 「本当に仲良しさんですね」 「親子みたいですねって言うと怒りますけど、まんざらじゃないみたいなんですよ」 「カルザスさん! それ言うなっつっただろ!」 レニーはカルザスに向かって舌打ちした。だが彼の頬は緩みっぱなしだった。 「でも本当にレニーさん、パルのお父さんみたいです」 「ホリィ。照れるからそういうのやめろ」 自身はそういうつもりではいたが、第三者からあえて指摘されると照れる。 「うふふっ」 パルはレニーの腕にしがみつき、遊んで遊んでと、さっそく忙しない催促をぶつけていた。 |
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