砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


     7

 新しい仕事を覚えるためと言い、カルザスとレニーは数十日連続で勤務し、満足な休暇は取っていなかった。そのため仕事内容はかなり覚えたが、単純で些細なミスも目立つようになってきていた。
「おいおい、また計算ミスしてるぞ」
「えっ? あ、すみません! すぐ訂正します!」
 カルザスは慌てて、帳簿と帳面の数字を指先で追い直す。
「あー! そっちじゃない! レニー、そっちじゃないってば!」
「へっ?」
 スパッと、大判の紙をペーパーナイフで切り裂き、レニーはきょとんとして顔を上げる。
「あーあ……そいつを切っちまったら、また新しい紙を買いに行かないと、もうでかい紙の在庫がないんだよ」
「わっ! す、すみません……」
 肩を落として、レニーは詫びる。
 そんな二人の様子を見て、事務所主任であるギブソンは溜息混じりに二人を眺めた。
「カルザスもレニーも、最初から飛ばしすぎやしないか? ろくに休まず仕事ばっかやってるだろ」
「その……経験のないお仕事なので、早く覚えたいと思いまして……」
「でもこれだけ小さなミスを重ねられると、返って手間が増えて迷惑なんだ。そろそろ休んでくれないかねぇ?」
「そう、ですね……では大変申し訳ありませんが、明日一日……」
「今からだ」
「はい?」
 ギブソンは頬杖を付き、壁に貼り出してある自分たちの勤務予定表を指差した。
「今から明後日まで、しっかり休んでこい。四日後からまたこき使う」
「そ、そんな三日も休んでいてはご迷惑……」
「あのな。たった今、現在進行系で迷惑かかってんだけど? なぁデイスン。新しい紙の買い出し、俺行ってこようかー?」
 普段無口なケインですら、茶化すような口調で二人に休暇を勧めた。
「四日後に出てきて、仕事をすっかり忘れてるようなら、マクソンさんに告げ口だ。それがイヤなら、休みながらしっかり復習してこい」
 ギブソンはそう告げ、二人を事務所から追い出した。
「じゃあ、しっかり休んでこいよ」
「はぁ……申し訳ありません。では、お先に」
「ああ、お疲れさん」
 ギブソンはハッハッと豪快に笑いながら、手のひらをヒラヒラさせている。どうやら、二人の休暇に文句があった訳ではなく、体調を気遣ったのだろうと、カルザスにはすぐ分かった。
 疲労を隠しきれなかった新米たちは顔を見合わせ、苦笑しあった。
「急に手持ち無沙汰になってしまいましたね」
「そだね。でもおれはちょっとだけ嬉しいかな」
「……パルさんですか」
「そ! 母屋に寄っていこうよ。おれがパルの相手してる間、カルザスさんはまた、ホリィとデートしてくりゃいいじゃん」
「お勉強中でないといいのですが……」
「お! もうデートしてこいって言っても、慌てふためかなくなったね?」
「仕事帰りに毎日言われていれば、さすがに慣れます」
 カルザスは苦笑し、ここのところ連日、彼に母屋へ引っ張って行かれる毎日を思い出した。仕事帰りにパルに会うことが日課になっているのである。そしてその間、当然ながらカルザスは放置される。間を取り繕うために、必然的にホリィアンが彼の相手、という段取りが出来上がっていた。
 二人は足取り軽く、慣れた様子でアイル邸の母屋へと向かう。
 だがホリィアンはカルザスの予想通り家庭教師との勉強中らしく、彼は居間で、彼女の勉強時間が終わるまで待つことにした。しかしレニーは当然のように、カルザスを置き去りにしてパルの部屋へと向かってしまう。
「……この数日は、なんだかこの国に来たばかりの頃のように、毎日が慌ただしかったです。こんなにゆっくりするのは久しぶりですねぇ……」
 独りごちる。そしてソファーに深く腰を下ろして、アイル家のメイドが持ってきてくれたお茶を飲んでいる内に、彼はいつしか深く眠り込んでしまっていた。やはり素の体力があるとはいえ、慣れない仕事で疲労が蓄積していたようだ。


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