砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


     4

 パルを寝かしつけ、アイル邸を出たのはもう夜中だった。間もなく日付が変わるだろう。
 明日の仕事のため、カルザスとレニーは家路を急ぐ。
「パルさんの傷のお加減はどうですか?」
「心の傷を含めて、結構酷いな。あちこち殴られもしたらしい。体中に青痣があるよ。フィックスって奴は相当陰湿なクソ野郎だな」
 パルの小さな体を弄んだだけでなく、暴力まで振るうとは。レニーは事件の時を思い出し、怒りに震える。
「まだ小さいのに、お可哀想に……」
「おれを追っかけてこようとしなければ、こんなことにはならなかったんだけどな」
「それはもう言わないでください。僕も責任を感じます」
 レニーがパルを遠ざけようとした時、カルザスが止めていれば。パルのレニーに対する親愛は、彼も充分承知していたからこそ、レニーが自分を責めるたびに、彼の心もチクリと痛む。
「もし、さ。フィックスの野郎が、パルを犯《や》って、用済みとばかりに殺してたら……おれはカルザスさんとの約束を守れなかったかもしれない」
「四肢と首が折られていて、生きていることが不思議なくらいでした。後始末は任せてくださいとは言いましたけど、あれはさすがに驚きましたよ」
「ごめん。逆上しすぎて、やりすぎたとは思う。けど、反省する気はない。パルはそれ以上の辛い思いをしたんだからな」
 レニーはふいに、悲しそうに瞼を伏せて、カルザスを見つめる。
「なぁ、カルザスさん。おれ、パルはセルトの生まれ変わりかもしれないって言ったけど……こういう考え方はやっぱ良くないかな? パルはパルだし、セルトじゃない。おれはパルにもセルトにも酷いことをしてるのかな?」
「……難しく考えることはないと思います。今のままでいいんじゃないでしょうか? たしかにセルトさんの幻影を重ねてしまうことはあるかもしれませんが、あなたはパルさんをパルさんとして、ちゃんと慈しんでいるのでしょう? なら、それは間違いではないと思います」
「そうかな?」
「パルさんをセルト、なんて呼んでしまったら、そこはさすがにいけないとは思いますが、幻を重ねていても、別人であると認識はできているんですよね?」
「ああ」
「でしたら何も問題ないじゃないですか。パルさんはレニーさんの新しい生きがいであり、護るべき対象となったんです。過去の罪を清算しつつ、パルさんの幸せを願って慈しんであげることこそ、これからレニーさんがすべきことですよ」
 カルザスはそう断言し、あっと口元に手を当てた。
「僕なんかが偉そうに言える立場ではありませんでした。すみません」
「ううん。カルザスさんの話のお陰で、ちょっと気持ちのモヤモヤが晴れた」
 レニーはふっと表情を和らげる。
「おれ、パルをもっともっと可愛がって、愛してやるよ。パルはおれの運命だから」
 レニーは自らが進むべき、これからの人生に、パルという光明を見出した。そして幸せそうに薄く笑う。
 彼に再び生きる気力が湧いてきたのだと改めて感じ取り、カルザスも嬉しそうに微笑んだ。


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