砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


     13

 夕暮れになる少し前に、カルザスはアイル邸へと戻ってきた。彼はホリィアンと共に、レニーとパルのいる客間へとやってくる。
「レニーさん。パルさんはいかがですか?」
「うん。さっき少し起きた時に、解熱の薬飲ませて、またぐっすりだよ。そっちは大丈夫だった?」
「僕はレニーさんのように、特殊な気配を察知することはできませんので、ほぼ町の通りという通りを迂回しながら戻ってきました。なんとなく感じていた視線のようなものも、途中で諦めたのか、いつの間にか消えていましたから、こちらへ戻ってきました。おそらくあなたのことは気付かれていないと思いますよ」
「そっか。大変だったんだね。ありがとう」
「気遣い無用です。これもあなたを護るためですから」
 レニーはパルの小さな手を、緩く握ったり開いたりしながら、ポツリと呟く。
「おれ達がウラウローを出てきて随分経った……おれが組織の下っ端程度なら、もうとっくに諦めてくれてたのかもしれねぇけど、奴らはたぶん、おれの死体を持ち帰るまで、しつこく追っかけてくるだろうな……」
「その可能性は低くないですね」
 自らの罪は、一生涯消えないのか──半ば、絶望的な気分になる。
 だが最愛の少女とともに生きようと決めた時から、少女と死に別れて、今度はカルザスと共にあろうとこの北の国ミューレンにやってきてからも、重々理解していたことだ。過去の全ての罪を償うために、生きる、生き抜く──。
「あのぉ……」
 ホリィアンが遠慮がちに問い掛けてくる。
「わたしはそういった裏の世界の組織というのが、どういうものが分かりません。だから変なこと言うかもしれないんですけど、その……あの……」
 彼女は上目遣いにカルザスを見る。
「さっきの時もそうだったんですけど……カルザスさんとレニーさん、いつもお二人でいらっしゃるから、目を付けられやすいんじゃないかと思うんですが……? こう言っては誤解されちゃうかもしれませんけど、お二人の容姿って、すごく目を惹きますよね?」
 カルザスとレニーが互いに顔を見合わせ、頭の先からつま先までをしげしげと眺める。
「ミューレンは交易が盛んな町で多国籍の人が集まる町とはいえ、お二人はとても目立つと思うんです」
「まぁ確かに……典型的なウラウローの民であるカルザスさんと……」
「こちらの国でも珍しい髪色と瞳の色をお持ちのレニーさんですからね……」
 あと、一際目立つ性別を超越した美貌──とは、あえて言わなかったが。
「はい。この町でも、お二人の容姿はとても変わっています。そんなお二人がいつも一緒にいらっしゃるからこそ、もしかしてそれが向こうのかた達の目印になってるんじゃないかなって……思ったんですけど……」
 カルザスが腕組みをして小さく唸る。
「でもさっき、パルを匿いながら、わたしとレニーさんの二人になったら、途端に誰もつけてくる気配はなくなったんですよね? つまり、そういうことじゃないかな、と……」
「特徴的な容姿の男二人組が、彼らの目印……ですか。言われてみれば、一理ありますね」
「おれは髪も切ったし、女装もやめたぜ?」
「〝あちら側〟のかたは、レニーさんはもともと男性だとご存知なのですから、女装云々は関係ないでしょうね」
「う……そう、だね……」
 ホリィアンは両手で胸元を押さえ、控えめに声を出した。
「あの……ですから……もしよろしければなんですが、お二人とも……うちに引っ越してきちゃいませんか? 今のお二人のお家から、うちまで通っている間なんて、『目印付けて歩くから見つけて』って言ってるようなものだと思うんです、けど……」
「ホリィさんのお家に、ですか?」
「ええ。今は使っていない離れが庭の隅っこにありまして。お掃除すればまだまだ使える小さいお部屋が余ってるんです」
「そういう意味の〝ホリィの家〟か」
 レニーが苦笑すると、ホリィアンは不思議そうに首を傾げていたが、ふいに真っ赤になって両手を振った。
「ちっ、違いますよ違いますよ! カルザスさんと早く一緒に暮らしたいとか、そういう意味じゃなくて! えっと、そうじゃなくてっ! 純粋に、うちには離れがありますよっていうだけの意味であって、そんな深い意味はっ……そのっ……」
 彼女の狼狽ぶりに、レニーがぷっと吹き出す。
「婚前同棲ってアリかもね」
「やだっ! レニーさん! そういう意味じゃないですぅっ!」
「照れなくてもいいじゃん。カルザスさんとは、親も公認なんだし」
「は、恥ずかしいじゃないですか……そんな勘違いされるなんて……」
 ホリィアンは真っ赤になった顔を両手で覆って俯く。
「レニーさん。今は、人をからかっている状況じゃないんですよ」
「一人でマトモなこと言ってるつもりだろうけど、カルザスさんの顔、思いっきり緩んでるからね」
「くっ……」
 カルザスは腕で顔半分を隠し、ホリィアンから顔を背けた。不覚……と、言わんばかりの態度だ。
「でもさ、ホリィ」
 レニーは足を組み替え、膝の上で頬杖をつく。
「マクソンさん達にはどう説明すんのさ? まさかおれが、暗殺者組織に追われてるから、こっそりうちで匿ってやってください、なんて言う訳にもいかないだろ?」
「そう、ですね……考えが浅かったです……ごめんなさい」
「謝る必要はないよ。ホリィはおれ達のために一生懸命考えて提案してくれたんだしね」
 カルザスは肩を落とし、溜め息混じりに呟いた。
「ふぅ……あと十日くらいあれば、お仕事はあらかた覚えられると思うのですけど……一人前とは言えませんが、もう一人で大体の仕事はできます、と、大手を振ってこちらに寄せていただくお願いもできるかもしれませんが、マクソンさんからすれば、やはりまだ見習い期間ですしねぇ」
「……は?」
「え?」
 レニーとホリィアンから、戸惑いと疑惑の声があがる。
「……な、なんですか?」
 ホリィアンとレニーが呆けた顔でカルザスを見ると、彼はその視線の意味が分からず、思わず身構える。
「カルザスさん、あの膨大な量の仕事、あと十日程度で覚えられんの?」
「え? ええ。おそらく。現在の段階で、お仕事の流れなどは一通りは頭に入っているのですが、まだその応用や転換がうまく整理できていなくて」
「あ、あの、わたしは実の娘ですけど、お仕事内容、全然理解できてません」
「それはホリィさんは、直接マクソンさんのお手伝いをする訳ではないからでしょう? 僕は仮にも、将来を見据えて雇われている訳ですし、必死にもなりますよ」
 ホリィアンはすっくと立ち上がり、カルザスに詰め寄ってきた。
「カルザスさん!」
「は、はいっ?」
 彼女の剣幕に、思わず声が裏返る。
「即刻、早急に、可及的速やかに、今すぐにでも、レニーさんとお二人で、うちに引っ越してきてください。あの離れなら、お二人のプライベートはちゃんと確保されます。それだけできているカルザスさんなら、父もきっと両手を広げて迎えてくださいます!」
「で、でも僕はまだ見習いで……」
「すでに知識だけなら主任格ですから、まったくもって大丈夫です!」
 断言するホリィアン。
「いえ、あ……その……」
 まだ狼狽えるカルザス。
「問答無用です! わたしはわたしにできる方法で、お二人を護りたいんです!」
 ホリィアンの真剣な眼差しに、たじろいだままのカルザス。そしてレニーはあまりの急展開に、ぽかんと口を開けて見ているしかなかった。彼女の剣幕は、とても口を挟めるようなものではない。
「レニーさんも!」
 ホリィアンがビシッと人差し指を立ててレニーの方を振り返る。彼はヒッと小さく声をあげ、慄くように上半身を反らした。
「うちの離れに引っ越して来てくださったら、パルと会う時間がもっと増えます!」
「カルザスさん、ホリィの言う通りにしよう!」
「レニーさん! パルさんが絡むと、どうして何でもかんでもそう簡単に即決できちゃうんですか!」
「パルが可愛いから!」
「やはりあらゆる思考の着地点はそこですかっ!」
 ホリィアンは両手を合わせ、ニコリと微笑んだ。
「ほーら、二対一ですよ、カルザスさん。観念してください」
「……うう……わ、分かりました……マクソンさんにご挨拶させていただきます……また僕は嘘を言わなければいけないのか……」
「はいっ! 大丈夫ですよ! わたしもちゃんと口添えしますから、安心なさってくださいね!」
「んー、そうだね。向こうの家は、敷地の半分を店舗兼ねてる分、狭いし古いから、とでも何とでも言えるじゃん?」
「はいはい。そうですね……はぁ……気が重いです」
 完全にホリィアンにしてやられた気分だった。いや、いずれはこうなってしまうような予感はしていたのだ。
「引っ越せば、パルと一緒の敷地内に住める……ふっふっふ……」
 レニーは緩みきった頬を押さえ、すやすや眠っているパルを見つめて、だらしなく笑うのだった。


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