砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


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 ミューレンは山一つ隔てた隣国のウラウローと比較しても、物騒な出来事がそうそう起こらない穏やかな国だ。しかし昼の顔と夜の顔はまるで違う。メインストリートから人の姿は消え、裏通りからは不安を煽るような嫌な雰囲気がプンプンと漂ってきている。
 レニーは夜目の効く紫玉の瞳を周囲に走らせながら、夜の町を駆けていた。そして子供が潜り込んでしまいそうな細い路地を見つけては、そこを丹念に調べるといった行動を繰り返し、結果を出せずに小さく落胆して通りに戻る。
 しばらくそんな無計画な行動を繰り返していたが、ふいに立ち止まり、ふむと思考を巡らせた。
「……同一犯とは考えにくいけど……アイル家の件の時、あれだけ脅しておいたしな。もう手出しはしてこないだろうけど……当たってみるか」
 レニーはアイル家に脅迫を迫った例の男が経営するレストランへと向かった。そして正面玄関からレストランへと入り、いらっしゃいませと近付いてきた給仕の娘に、知り合いだからと、やや強引にオーナーへ取り次いでもらえるように話を付けた。無作法に乗り込んで行かなかったのは、極力物事を荒立たせないためだ。
 オーナー室へと案内されたレニーは、給仕の娘を下がらせ、ドアをやや乱暴にノックして、返事も待たずに入った。
 突然の闖入者に、しかもあの時、散々脅され、痛めつけられたレニーの再来に、オーナーは一瞬で蒼白になる。
「久しぶり」
「な、何をしにきたんだ! ワシはもう何も……」
「今日は別件。ちょっと聞きたいことがあってさ」
 レニーはつかつかとオーナーのテーブルに歩み寄り、トンとその上に行儀悪く腰を下ろした。そして腰を捻りながら、ずいっと身を乗り出す。
「あんたは上も裏もいないって言ってたけど、それ、本当に本当だよね?」
「ほ、本当だ! ワシはただ、アイル家の金が欲しくて……」
 オーナーは震える声音で、以前と同じことを吐露する。
「じゃあさ、最初の誘拐の時、ならず者たちを雇ってたよな? そういう連中、どこから呼び寄せたの?」
「か、金さえ出せば、どんな汚れ仕事もやってくれる奴らが集まる裏酒場があるんだ。そこで金を握らせて雇った。ア、アイル家の金が手に入るなら、それくらい安いものだと思ったんだ!」
 ──当たり。
 レニーは自身の勘とひらめきが当たっていたことに、内心小さく笑う。
「その裏酒場の場所はどこ? 人を捜してるんだ」
「あ、あんたほどの腕があれば、あんなチンピラなんて雇う必要はないだろう?」
 訝しげにレニーを見上げる、怯えたオーナー。
「そっちの意味の人捜しじゃなくてさ。おれね。今日は極力穏便に済ませたいんだよねー。だからお行儀よく正面から来たんだけど? それともあんたは今日も大事《おおごと》にしたい?」
「わ、分かった! 場所はここだ」
 オーナーは震える手で、一つの住所と簡易的な地図を書いた。そしてそのメモをレニーに手渡す。
「はい、どうも」
 メモの内容をさっと確認し、レニーはテーブルから降りた。
「じゃあ、これからも真面目に商売しなよ」
 オーナー室を後にして、彼は再び夜の町へと融け込んだ。


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