砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


   悪意ある悪戯

     1

 いつも通りの二人だけの質素な夕食を摂りながら、いつも通りカルザスはレニーに茶化されて顔を赤くしている。
「ほんっと、おれが入ってきたことも分かんないくらい、二人していちゃついてんだもん。気まずかったなぁ。ごめんね、オニイチャン」
「で、ですからそんなのじゃありませんって! たまたま読んでいた本が同じで、その話題で盛り上がっていただけで……」
「いくらあんたが隠れ本の虫だっつっても、男が恋愛小説なんか読む?」
「読みますよ、たまには」
「ホリィに合わせようとしてわざと選んで読んでんじゃないの?」
「違います! 本当に偶然ですってば!」
 ケラケラと愉快そうに〝兄〟の必死の弁明を聞きながら、〝弟〟は豆から作ったソイミートのハンバーグの一欠を、口に放り込む。香辛料を効かせているので、少々辛めの味付けだ。あまり辛いものは好まないが、たまには〝兄〟好みの濃い味付けをした食事でも構わないと思っている。その代わり明日は、自分好みの甘めの味付けの食事を作ろうと、ぼんやり考えていた。
 その時だった。
 キッチンの裏口が勢いよく開き、ホリィアンが息を切らせて飛び込んでくる。
「ホリィさん?」
「と、突然すみません!」
 ホリィアンはレニーの傍へと駆け寄り、|逼迫《ひっぱく》した表情で彼に問いかける。
「パル……パルはこちらに来ていませんかっ?」
 彼女の言葉に、ガタンとレニーが腰を浮かせた。
「パルが……どうしたって?」
 レニーを見つめていたホリィアンが、今まで堪えていた涙をポロポロと零す。
「夕方、パルが寝てる間にわたし、あの子を連れて帰りましたよね? 帰ってすぐ目を覚ましたので、その時と夕食時の二度、レニーさんは急に忙しくなっちゃったから、もう遊べないのって嘘の説明をしたんです。もちろんあの子は大泣きして、レニーさんのところに行くって駄々を捏ねたんですけど、その内泣き疲れて寝てしまって。お部屋で寝かせていたら、お出かけされていた叔母様が帰っていらっしゃったんです。でもその時にはもうパルの姿がなくなっていて。もしかしたら一人でレニーさんに会いに出ていったのかもしれないって思って。わたしの嘘のせいであの子を追い詰めちゃったのかもしれないって、それでわたし……」
 ホリィアンは涙を零しつつ、経緯を説明する。
「パルはこっちまでの道、ちゃんと覚えてるのか?」
「いえ、今日初めて連れてきたので、分からないかと。あの子は基本的に内向的で、家の中に閉じこもって遊んでいることが多かったので……」
 口元に手を当て、カルザスは唸る。
「レニーさんに会いに、一人で出て行ってしまったとしか考えられないですね」
「だよな……で、きっと途中で迷ってる」
「子供がこんな時間に一人で出歩くなんて危険ですよ」
「ここで雁首揃えて無駄口叩いてる暇はねぇな。捜すぞ」
 レニーはナフキンで口元をぐいと拭い、椅子の背に引っ掛けていたショールをさっと肩に掛ける。カルザスも上着を羽織った。
「捜すといっても、パルさんがどこで迷っているのか見当もつかないんですよ?」
「それでも捜すっきゃないだろうが! ホリィはカルザスさんと一緒に、ホリィの家とこっちまでの道を脇道残らず捜してくれ。おれはとにかく手当たり次第、当たってみる」
「レニーさん一人では危険ではありませんか?」
「手分けした方が見つかる可能性が高いだろ。おれなら大丈夫だから」
 そう言い、彼は風のように裏口から飛び出して行ってしまった。
「カルザスさん、ごめんなさい。わたしの説明が悪かったばかりに……」
「ホリィさんは悪くありませんよ。一番後悔なさっているのは、パルさんの気持ちを考えずに、黙って離れようとしたレニーさん本人だと思います。だからなんとしてもパルさんを見つけないと」
「は、はい」
「行きますよ。僕から離れないでください」
 カルザスはいつもの護身用の小剣ではなく、長剣を腰のベルトに差して、ホリィアンの手を引いて裏口を出た。


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