砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


     10

「そうなんです! 感極まって駆け出してしまう場面が、もう涙なくして見られなくて……」
「分かります。運命の再会というやつですよね」
 キッチンでは、ホリィアンが頬を染め、熱心にカルザスと語り合っている。そして彼も、彼女の言葉に何度も相槌を打ちながら、しっかりとその手を握っていた。
 そんな様子を眺めながら、レニーは自分が二人に認識されていないことに苦笑を隠しきれずにいる。仕方がないので、腕を組み、柱に寄りかかったまま、コンコンと壁を緩く叩いて自分の存在をアピールした。
「あっ、レニーさん」
「お目覚めですか?」
 つっと目を細め、レニーは唇の端をつり上げる。
「甘ったるい、いい雰囲気、邪魔しちゃった?」
「そんなことありませんよ」
「そう? でも手なんか握りしめちゃって、熱心に恋話で盛り上がってたじゃん」
 彼に指摘され、カルザスはそこで初めて気付いたかのように、慌てて彼女の手を離す。彼女も顔を真っ赤にして両頬を押さえた。
「ち、違うんです。今、わたしが読んでる恋愛小説の話をしたら、カルザスさんも知ってると仰るので、ついその話で盛り上がってしまって」
「ああ、そう。おれはそういうの、読まないからね。お邪魔虫はまた退散しようか?」
「拗ねないでくださいよ、レニーさん」
「拗ねてるんじゃないよ。おれは他人の恋路は邪魔しない主義だから。はいはい、どうぞ遠慮なくいちゃついて?」
「だからそうじゃありませんって!」
 レニーはあははと笑ってカルザスの肩をポンと叩いた。
「ま、がんばれオニイチャン」
 キッチンを通り抜けて店の方へと向かいながら、レニーは僅かに顔をホリィアンの方へと向けた。
「ね、ホリィ」
「はい?」
 彼女は体をレニーの方へと向ける。
「パルだけどさ。もうあんまりおれに近付けないように、うまくやってくれないか?」
「……パルが何か悪さでもしましたか?」
 不安そうにホリィアンが眉根を寄せる。パルが彼の機嫌を損ねてしまったのでは、と、不安に駆られたのだ。
「いや、パルは何も悪くない。ただ、おれ……ちょっとパルを見てるのが辛くなってきてさ。今も……シーアが夢の中に来てたんだ。セルトを連れて」
 あの小さな感触と、雪の冷たさを思い出す。
「おれはセルトの顔を知らない。だから余計にパルにセルトの面影を重ねてしまうのかもしれない。パルはおれをただのレニーとして慕ってくれてるのに、おれはこの先、パルをセルトとして見てしまうかもしれない。いくらチビでも、そういうのって……本人はイヤだろ。だからこれ以上、深入りしたくないんだ」
 カルザスは彼の心情を考え、口を噤む。彼がそれを選択したのなら、きっと自分が口出しすべきでない。そう結論づけた。
 レニーもそれきり口を閉ざす。
「……分かりました。言い聞かせておきます」
「パルは思いっきり泣くだろうけど……頼むな」
 ホリィアンは一度瞼を伏せ、だが気丈に顔を上げる。
 実家で預かっている幼い従兄弟は、心からこの銀髪の青年に懐いている。それが傍目にも、あまりに睦まじい様子だったので、今後も機会あらば彼と従兄弟を会わせてやろう、寂しがりな従兄弟の気持ちを優先してやれたら──そう思っていたので、まさかレニーからの拒絶があろうなどとは思ってもおらず、彼女にとっても少しショックだった。
「はい。じゃあ……パルが寝てる間にわたし、あの子を連れて帰ります」
「送りますよ」
 カルザスは空のバスケットを手にし、少し意気消沈しているホリィアンの隣に立った。


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