砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


     4

 雑貨屋を店じまいするためのセールを行っている間、ハンナや常連客達が次々と挨拶に来た。カルザスとレニーは接客をこなしつつも、彼女らの応対に大忙しだ。
「こういう日に限って、ホリィが手伝いに来てくれないんだよね」
「ホリィさんばかり宛てにするのは良くないですよ。彼女にだって、ご予定やご都合があるのですから、贅沢は言えません。ああ、でももし今、彼女が手伝いに来てくださったら、まさに救世主か女神のようですね。あっ、で、でもやはりご無理は言えませんよ。ご自宅でお勉強や他のご用事をなされているでしょうし、パルさんの相手でお疲れかもしれません」
 カルザスに小さく愚痴を零したレニーは、彼の態度に僅かな違和感を抱いた。
 以前より、彼女を気遣う言葉が増えていて、やや口調も軽い。これは〝落ち〟かけてるな、と、レニーは心の中でほくそ笑むのだった。
 彼女との〝約束〟を果たすために、外堀はしっかり埋めていかねばならない。じわじわと、気付かれぬように。
「でももう昼だぜ? さすがに腹減ったから、一旦店閉めようよ」
「仕方ないですねぇ。では、次のお客さんが入ってこないように、いつもの札を出しておいてください」
「お、いいの? よし」
 レニーはすぐさま表へと出て閉店《クローズ》の札を入り口に引っ掛け、よし、と腰に手を当てる。その瞬間。
「わーい! レーニー!」
「うぐっ!」
 背中に向かって何かが勢い良く突進してきた。その反動で彼は入り口のドアにガツンと顔面をぶつける。完全に油断していた。
「だ、大丈夫ですか?」
 咄嗟のことで防御しきれずに打ち付けた鼻を押さえて振り返ると、カルザスの女神が降臨──いや、ホリィアンが両手で口元を押さえていた。そしてレニーの腰には、小さな物体が絡みついている。
「お前かー! パールー、もっと落ち着いて行動しろよ。鼻打っただろ」
「レニー! パルあそびきたー!」
 彼の反論などまるで聞いておらず、パルが満面の笑みを浮かべて自らの要求を口にする。
「すみません、レニーさん。パルの腕を掴み損なってしまって……」
「このすばしっこさだからなぁ……まぁ、ちょっと鼻打っただけだけど……でもなんでパルが一緒なのさ?」
 わずかに赤くなった鼻を擦りながら問いかける。
「ええ、それがお店のお手伝いに行こうとした時、パルがしつこくじゃれてきて。それでつい口を滑らせてしまったんです。カルザスさんとレニーさんが待ってるからって」
「なるほど。それでホリィは今までパルの説得を試みるも、パルはそれに応じなかったために、連れてくる羽目になったと」
「そのとおりです。本当にすみません」
 ホリィアンは重そうなバスケットを抱え直し、ペコリと頭を下げた。
「手伝いに来てくれたのは嬉しいけど、今、ちょうど休憩しようって思ってたトコ。一足遅かったね」
「うふふ。だと思って、お昼ご飯を作ってきました」
「お、気が利くね。さっすが女神」
「女神? なんのことですか?」
「ああ、こっちのこと。気にしないでいいよ」
「そうですか? 朝、出遅れちゃったし、それならお昼をご一緒しようかと、はりきって作ってきました」
 ホリィアンは重そうなバスケットを胸の高さに掲げてニコリと微笑んだ。
「パルもね! パルもつくったの!」
「そうかそうか。じゃあ、パルの作ったやつ、一番におれにくれよな」
「うん!」
「ホリィ、中でカルザスさんが最後のお客さんの相手してるから、手伝ってやって。おれはもう動けなくなっちまったから」
「くすっ。そうですね。ではパルをお願いします」
 パルに絡みつかれたまま、行動不能を告げたレニーを見て、ホリィアンは小さく笑った。
「バスケットはキッチンに運んどくよ」
「はい、お願いします。あ、重いですよ」
「これくらいなら平気平気。ほれ、パルはこっちでおれの手伝いな」
「うん!」
 入り口のドアを開けると、ホリィアンは素早くカルザスの補助に入る。レニーは腰に絡む荷物《パル》を指差しつつ、会計カウンターの脇を通って店の奥の住居部分にあるキッチンへと向かった。


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