砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


     6

「すみません。遅くなりました」
 カルザスは額に浮いた汗を拭いながら、裏口から帰って来た。そしてキッチンにレニーの姿が無いことを不審に思い、奥の部屋へと向かう。
「レニーさん、もしかしてまだお休み中ですか?」
 彼がまた盛大な寝坊を仕出かしているのかと思い、奥の部屋の扉を開けると、銀髪の美女が立っていた。一瞬呆けたようにその姿を見つめていたが、カルザスは苦笑して両手を広げる。
「今日はその姿でお店に立つ気ですか? またうんざりする程、ナンパされちゃいますよ?」
「そうねぇ、今日は男のお客さんが増えちゃうかも。だって美人が二人もいるんですものね」
 女を装っていた時の声音で、レニーはおかしそうに笑う。
「二人?」
 レニーが扉の影に隠れていた少女の腕を引っ張った。ホリィアンだ。だが彼女は、カルザスの知る彼女ではなかった。
 榛色の髪に、ふわふわになるまで櫛を入れられ、レニーの持ち物である女物の服を、少し幼めにアレンジされて着せられている。彼女の素材の良さを引き出すようなごく自然な化粧もほどこされていた。彼女は戸惑ったような困ったような表情で、カルザスをおずおずと見つめている。
「カルザスさん……わたし、やっぱり変ですよね?」
「ホリィさん!」
 カルザスが慌ててホリィアンの肩を掴む。彼女はビクッと体を震わせて硬直した。
「ちっとも変じゃないです! あまりにお綺麗なので、一瞬どなたか分からなくて。その……ドキドキします」
「わ、わたしが、ですか?」
ホリィアンはレニーの方を見やる。
「どう、おれの腕前?」
「レニーさん! こういう悪戯は困ります! 悪い虫が寄ってきたらどうなさるんですか!」
「ホリィ、通訳するとね。ホリィがあーんまりにも可愛いから、他の奴らに見せたくないって憤慨してるんだよ」
「レニーさん! 曲解しないでください!」
「曲解じゃなくて、直訳しただけ」
「う、うう……とにかくホリィさん、元に戻ってください。こ、これじゃ、僕があなたに気を取られてしまって、まるで仕事になりません」
 レニーがおかしそうに笑った。ホリィアンも照れくさそうに微笑んでいる。
「ホリィ、今のを通訳すると……」
「しなくていいですっ!」
 謎の美女は、腹を抱えて大笑いしていた。
「ね、ホリィ。今のホリィなら、微笑み一つでカルザスさんを落とせるよ? やってみな」
「落とす? って、どういう意味ですか」
「あー、こういうのは分かんないのか。お嬢様だもんなぁ……じゃあお遊びはこれで終わり。名残惜しいけど、カルザスさんの弱み握れたから良しってことでね」
「はい。じゃあ、あの、カルザスさん。外に出ててもらえますか? 着替えとかするので……」
「レニーさん……こういうのはこれっきりにしてくださいよ……本当に……」
 榛色の髪をした魅惑的な美少女の婚約者は、頬を染め、唇を尖らせて部屋を出ていった。


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