砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


     4

 何事もわりとすぐに決断するカルザスが、もう四日も悩んでいた。悩みとは当然、レニーの提案したマクソンの経営する商会への転職だ。
 今朝、カルザスは一人で少々考えたいと、朝早くから散歩に出かけてしまった。レニーは一人で朝食を摂る。
「おはようございます」
 キッチンにある裏口から、ホリィアンがやってきた。
「よ、ホリィ。一足遅かったね。カルザスさんは今、ちょっと散歩中」
「そうなんですか」
 レニーが思っていたより、ホリィアンの落胆は少なかった。
「待たせていただいてもいいですか?」
「もちろん。カルザスさんがいないと、おれ一人じゃ店も開けられないんだよね」
 苦笑しながらレニーは、食事に使った食器を洗い場へと持ってゆく。
「あの、レニーさん」
「ん?」
 食器を洗いながら、首だけを彼女の方へと向け、レニーは問い掛けに短く反応する。
「父が、よければ今夜、夕食会でもどうですかって」
「夕食会? 今夜ねぇ……」
 レニーは淡い紫玉の瞳を天井へと向ける。それからうんと頷いた。
「おれは大丈夫だよ。カルザスさんもいいって言うと思うけど、帰ってきたらもう一度、ホリィから誘ってみてよ」
「はい、そうします」
 ホリィアンはホッと胸を撫で下ろした。
「気合入れてお洒落してかないとねぇ」
「普段着で構いませんよ?」
「そういう訳にはいかないの。お呼ばれしてんのに、みっともない格好はダメだろうが」
 レニーは苦笑する。やはり、ホリィアンは少々浮世離れしたお嬢様なのだと、改めて実感する。
「……? そういうものですか?」
「そういうものなの」
 レニーが言い含めると、ホリィアンは納得したような、していないような、曖昧な返事をした。
「あ、お洒落で思い出したんですけど」
 ホリィアンが目を輝かせて身を乗り出してくる。
「レニーさんって昔は、カルザスさんが綺麗っておっしゃるほど、美人な女の人になりきってたんですよね?」
「あ、嫌な予感」
「今のレニーさんも素敵ですけど……ぜひ見てみたいです! 前は断られちゃったけど、やっぱり諦めきれなくて」
「ダメ」
「えー、少しでいいですから!」
「ダメなものはダメ」
「……どうしてもですか?」
 しゅんと肩を落とすホリィアンは、わずかに濡れたような上目遣いで見つめてくる。
 この上目遣いには、レニーもカルザスも弱かった。レニーは額を押さえて小さく唸り、散々悩んだ挙句、首を縦に振った。
「……一回きりだぞ」
「ありがとうございます!」
 ホリィアンの表情がパッと華やいだ。やはり素直で純粋で可愛らしい少女だ。
「女の人の服とか持ってるんですか? お化粧とかもするんですよね? 言葉遣いとかも変えないとおかしいですよね? 静かにしてますから、横で見てていいですか?」
「こーら。調子に乗るな。婚約者のいる女の子が、他の男の着替えを覗くんじゃないの」
 矢継ぎ早に質問を投げかけ、最後にはあらぬ要望まで突き付けてきた彼女を、彼は額を小突いてピシッとたしなめる。
「うーん……分かりました。見学させていただくのは諦めて、おとなしく待ってます」
「髪切っちゃったし体型も多少変化してるし、昔ほどの色気はもう無いからな。化粧も軽くしかしないから、あとで予想と違うーなんて文句は無しだぞ」
「はーい」
 返事だけは良い。レニーはため息を吐いて、不承不承立ち上がった。


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