砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


     3

 通りを二人で歩きながら、レニーは少々神妙な顔付きをしている。
「ねぇ、カルザスさん」
「はい? どうしました?」
 顔を彼の方へ向けると、普段ならちゃんと見返してくるはずなのだが、今日に限って、自身の緩い歩調を見つめたまま顔を動かさない。
「おれ、ずっと考えてたんだけどさ。おれ達の店、畳まない?」
「いきなり何を言い出すんですか? お店を閉めてしまったら、今後の生活はどうするんです? 商売は、飽きたからとかそんな簡単な理由で辞めたりできないものですよ!」
 カルザスが素っ頓狂な声をあげてレニーに抗議する。レニーはどうどうと息巻くカルザスを宥めながら、ずっと考えていた一つのことを提案する。
「それなんだけどさ。ここまでホリィに甘えるのはどうかとも思うんだけど、カルザスさんとおれ、二人で真剣にホリィん家《ち》の仕事に転職しないかって」
「マクソンさんのお仕事……たしかこの町の流通関係のお仕事でしたよね? 大きな商会を開いているとか」
「うん。正直、今のままあの小さい店続けてたって、まとまった金額の稼ぎは出ないじゃん? でもそれじゃ、いつまで経っても、ホリィを迎えに行けないと思うんだよね。マクソンさんだって、すぐには娘をやれないって言ったの、その辺のことも引っかかってたんじゃないかな?」
 結婚と一口に言っても、その後の生活のことは当然考えておかなければならない問題だ。彼女を幸せにするということは、つまり、それ相応のまとまった金が必要という意味だ。レニーを含め、自分達三人が食べていくには、今のままではそのうち無理が生じてくる。そう、レニーは告げているのだ。
「……仰ることはごもっともですが……」
「向こうの家に入るってことは、婿養子って形になるけど、マクソンさんの仕事を手伝って、仕事の上で認めてもらえたら、きっともっと早く結婚の許可が下りると思うんだ。それに流通の仕事って言えば単純に考えて、遠くへ物を運んだり持ってきたりってことだろ? そしたら一箇所に留まってるより、おれが奴らに発見される可能性は低くなると思うんだ。おれさえ見つからなければ、ホリィや周りの人たちに迷惑をかけることもきっと少なくなると思う……おれさえ上手く隠れ続けることができればきっと……」
 見えぬ気配に怯えるレニーは弱音を吐いた。だが言っていることは至極明解にして的確で、ミューレンの町をたびたび留守にしていれば、例の組織の者たちもここに〝彼〟はいないと、その内、諦めるかもしれない。
 傾いた陽の光によって、キラキラと輝く彼の銀髪を見つめ、カルザスは黙り込んだ。
「……そりゃね、おれだってあの店には愛着あるよ? 辛い長い旅してこの町に来て、なんにも無いところから、おれ達二人だけの力でやっと今の形に作り上げたおれ達の小さな城だもん。だけどおれの存在が消えない限り、おれを追ってくる者達も消えはしない。やっぱりまだ今でも、おれは暗い闇の中でしか生きられない」
 沈みつつある太陽を背にしたレニーの顔は逆光で影となり、カルザスからは輪郭だけがぼんやりとしか見えなくなる。だがその影の部分からはひどく弱々しい、全てに疲れ切ったような泣き笑いの表情がはっきりと見て取れた。
「……少し、考えてもいいですか? あまり多くの時間は必要ないです」
「うん」
「勝手を言いますが、すみません」
「勝手言ったのはおれだよ」
 それから二人は、一言も会話を交わさず、目線も合わせないまま帰路に着いた。

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