砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


     2

 アイル邸の前までやってきて、カルザスとレニーは彼女に向かって小さく手を振った。
「じゃ、また明日ね」
「すみません。わたしが送るって言ったのに、逆に送り返していただいて」
「仕方ありません。今日は物騒なことがありましたから。明日からは、昼過ぎとかの明るい内にできるだけ人通りの多い道を来てくださいね。帰りはお送りしますから」
「はい。ありがとうございます」
 誘拐犯を片付けてしまった後、カルザスとレニーはホリィアンを自宅へと送り返した。誘拐犯がうろついていたのだ。当然だろう。
「あの、こういう時に不謹慎かもしれないんですけど……カルザスさんもレニーさんも本当にすごいんですね。格好良かったです」
 彼女が頬を染めて二人を見つめる。
「ホリィさんは必ず護りますって言ったでしょう?」
「ははっ。ホリィ、カルザスさんに惚れ直したんじゃない?」
 レニーが茶化すと、図星だったようで、彼女が顔を更に赤くして俯いた。
「格好いいところを見せられて良かったね、カルザスさん」
 レニーが肘でカルザスをつつく。
「あ、あの、レニーさんもすごいですよ。同じ人間なのに、あんなに軽やかに動けるなんて」
「ん、まぁね。おれは他の同年代の男と比較しても腕力ないから、ちょっと特殊な動きしないとダメなんだよね」
「腕力では僕、技術ではレニーさんですよね」
 カルザスが言うと、レニーはコクコク頷いた。
「でもすごい跳躍力でした」
「とても身軽ですものね、レニーさんは。そういえば、鐘楼から落ちても無傷でしたよね」
「ん? まぁ、教会の鐘楼程度の高さから落ちたくらいじゃ怪我すらしないけど、面白がってポンポン突き落とすのはやめてくんない?」
「落ちても何事も無かったかのように、壁を登ってきて飄々となさってるじゃないですか」
「汗水たらしてゼェゼェ言いながら登ったら、みっともないじゃん」
「それに僕はちゃんと引き上げて差し上げてますよ?」
「腕一本で、大して苦もなさげに引っ張り上げられたよね」
 カルザスとレニーが軽口を叩き合う様子を見て、ホリィアンは吹き出した。
「お二人とも、人間離れし過ぎてます!」
「ぼ、僕もですか? 僕は普通ですよ。ホリィさん、突き落とすとかそういうのは冗談ですからね。レニーさんが身軽すぎるのは普通じゃないですけど」
「あ、なにそれ? おれだけ仲間はずれ?」
 ホリィアンはおかしそうにクスクスと笑った。レニーはわざと拗ねて見せる。
「仲間はずれじゃないですよ。これからはわたし達、ずっと一緒なんですもの。だからまた、すごい技を見せてくださいね」
「そ、安心した。じゃあとびきりの手品でも用意しておくよ」
「うーん。そういう意味じゃないんですけど……じゃあ、今日はこれで失礼しますね。また明日」
「はい。さようならです」
「じゃね」
 普通という水準をかなり逸脱している男達は、芯の強い愛嬌のあるお嬢様と別れ、家路に着いた。


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