砂の棺 if 叶わなかった未来の物語 「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、 叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。 北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。 そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。 |
5 「すっかり話し込んでしまいましたね」 「あの話をしたんだから、長くなるのは当然だろ。ホリィ、気分はもう平気? 具合悪いとか無い?」 「もう大丈夫です。お気遣いありがとうございます」 狭いキッチンに立ち、ホリィアンは全員分のお茶を淹れ直している。 「ホリィさんは、話が長くなると予測して、今日は店を休んでほしいと仰ったんですか?」 「あ、いえ」 ホリィアンは両手を振る。 「お店を休んでいただいたのは、お二人をうちへご招待するためなんです!」 「僕達を招待?」 「ホリィの家に?」 「ええ! 両親に、カルザスさんとレニーさんのお話をしたら、ぜひちゃんとお会いしたいと!」 カルザスが悲鳴染みた声をあげて、騒がしく椅子から立ち上がる。レニーもカップを盛大に引っ繰り返した。 「ど、どどど、どういった理由でお招きにあずかることにっ?」 「もちろん、昨日のプロポーズの件です。お付き合いのことは前々から話してたんですが、昨日、正式にプロポーズされたと言ったら、ぜひお話してみたいと父が」 「ちょ……ちょっ……」 カルザスは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせている。 「ホリィ! それってもしかしなくても、おれも同行しなくちゃいけないんだよねっ? そういう口振りだよねっ?」 「はい。レニーさんのことは、カルザスさんが一番大切にしているかただと説明しています」 「うわあー! む、娘を口説く男が、娘より大事にしている弟なんて、おれ、ものすっごい顔合わせ辛いじゃん!」 「レニーさんはまだマシですよ! 僕は矢面《やおもて》ですよ! あらゆる意味で僕の命運、ここに尽きたと言えます!」 「お二人とも、そこまで深刻にならなくても……」 「これが深刻でなく、何を深刻になるとっ?」 「これが深刻にならないってなら、何を深刻になるっていうのさっ?」 カルザスとレニーの声が見事に合わさった。ホリィアンが二人の剣幕に、ビクッと身を竦める。 「あのですね、ホリィさん。僕は確かにあなたにプロポーズしました。でもご両親と会うのはまた別問題で、こんな突然お邪魔して、よく思われる訳がないじゃないですか」 「おれだって気まずいよ。おれがまだ小さいガキなら、親のいない孤児でも引き取って育ててるんだな、くらいに思われるかもしれないけど、おれは見ての通り、もういい大人なんだぜ?」 「で、でも……今日、お二人をお連れしますねって言ってきちゃいました」 しゅんと肩を落とすホリィアン。 「せめて前もって知らせてください……」 カルザスは片手で目元を覆って天を仰いでいる。 「うう……おれ、どの面《つら》下げてくっついて行きゃいいのさ……」 レニーが全てを投げ出すように、カルザスの背に寄りかかる。 あまりにひどく落胆する二人の様子を見て、ホリィアンは気まずそうに口を開く。 「あの……わたしの両親、実はお二人のこと、一応知ってるんですよ? わたしがカルザスさんとお付き合いを始めた頃、こっそり雑貨屋に買い物のフリをして来たことがあるんです。それでお二人の様子を見て、そっと帰ったんですが……あっ! お二人の事情は詳しくは話していません。お二人はどうしても離ればなれになれない事情があるとだけ、言っただけですから」 「偵察済み……」 「余計に気まずいです……」 カルザスの褐色の肌が、黒く青褪めている。 「でも父も母も、言ってましたよ。カルザスさんは優しそうな人ね。だからきっとホリィを幸せにしてくれるよって。なので悪い印象は抱いてないと思うんですけど……」 カルザスは不安げな様子のホリィアンを見た。 「レニーさんのことも、事情によっては力になってもいいって言ってました」 レニーが口元を抑える。 「下調べの上では、カルザスさんは一応、ホリィの親に認められてるってことか」 「レニーさんのことも、一応は承認されているようですね」 カルザスは難しい顔をして、口元を押さえた。 「やはり嘘を吐かないといけないようですね。大変心苦しいですが……」 「はい。わたし、さっきも言ったように、お二人の理解者でありたいんです。たとえ実の両親でも、レニーさんのことを話しはしません」 ホリィアンの固い決意を再び聞き、レニーは僅かに頬を緩ませた。心から、この健気で強い少女に感謝していた。 「カルザスさんとホリィが一緒になってからも、おれが二人にくっついていく理由をでっち上げようとしてる?」 「ええ、そのつもりです。わたしもできれば両親に隠し事はしたくなかったんですけど、こればかりは、わたしの中だけに留めておくべき問題だと判断しましたので」 「突き進むのみですか……」 「腹を括った女の子って、男より強いのかもしれないね」 ほんの微かに、ホリィアンとシーアの姿が重なって見える。レニーは苦笑して、カルザスを見やった。 「ね、カルザスさん」 「はい、何でしょう?」 「一緒にぶん殴られに行く? ホリィの親父さんにさ」 「な、殴るなんてそんな乱暴なことは……っ!」 ホリィアンが両手を振りながら声を荒らげる。 「あはは、ホリィさん。これは比喩であって、本当に手を挙げられるとは思っていませんから。まぁ、そうですね。それしかなさそうです。これ以上、ホリィさんに無様な姿は見せたくありませんし」 カルザスは椅子から立ち上がった。 「では身支度を整えて、それから……」 「いや、先に口裏合わせの相談だろ。ホリィ、私刑執行の時間は大丈夫?」 「し、私刑? もうっ、レニーさんまた比喩ですか? ええ。夕暮れまでにはお二人をお呼びしてきますって言ってきました」 窓から外を覗くと、太陽はかなり高い位置に昇っているが、まだまだ時間の余裕はあるだろう。 「なーんか、何にも知らない善人を騙すような伝承とか詩《うた》でもあれば参考にしたいんだけど……なんかあったかな」 「伝承? 詩?」 レニーの呟きに、彼女が不思議そうに小首を傾げる。 「ああ、おれね。暗殺者って正体隠すために、詩人やってたんだよ。ウラウローはカルザスさんみたいな褐色肌の人種が多いから、おれみたいな容姿の奴はすごく目立ってさ。無理にコソコソ隠れるより、逆に姿を現した方が、裏の顔はバレにくいと思ってね。ま、純粋に歌うこととかハープの演奏とか、そういうのが好きだったってのもあるけど」 「わぁ、初耳です」 ホリィアンは感心したように、レニーを改めて見つめ直す。確かに、こんな華奢で儚げな容姿の詩人が、闇夜に紛れて人を殺す非道な暗殺者であるとは思えないだろう。今でもまだ、彼が人の命を殺《あや》める暗殺者だったなどと、信じられないくらいなのだから。 「レニーさんはそれはそれはお見事に変装してらしたんですよ。僕も完全に騙されてましたから」 「そうですよね。レニーさんはとても綺麗ですもの」 「僕だけでなく、いろんな男性に色目使われてましたよね? 痴漢に遭われたりもしてましたっけ」 「はい? 色目? 痴漢? それってどういう意味ですか? あ、いえ、言葉の意味は分かりますけど、そんなのまるで女の人みたいな……」 レニーを見る彼女の目が疑惑の眼差しに変わる。 「カルザスさん……あのさ……」 「ええ。とてもお綺麗な〝女性〟でしたから」 ガタンと、レニーがテーブルに手を付き、椅子から乱暴に立ち上がった。引き攣った笑みを浮かべつつ、ゆっくりカルザスに手を伸ばす。 「あんたさぁ……さっきからホリィに対してやたら饒舌じゃねぇか? ペラペラと余計なことばっか口走ってんなら、その口、マジで塞ぐぞ?」 「べ、別に今更構わないじゃないですか? 昔、女装なさっていたことくらい……って、あの、その手は……」 「ええーっ!」 ホリィアンが叫ぶのと、レニーの手がカルザスの喉を掴んだのはほぼ同時だった。 「レニーさん、女装って……女の人の格好なさってたんですかっ?」 ホリィアンがレニーに詰め寄り、好奇心に満ち溢れた熱い眼差しを向けてくる。レニーは渋い顔をし、カルザスから手を離して、その手で自分の目元を覆って天を仰いだ。 「……はぁ……やっぱりこの話題、食い付いてきたね……してたよ。女装。血も涙もない〝男〟の暗殺者が〝女〟の詩人やってるなんて、誰も思わないだろ」 「あ、たしかに! 以前の長い髪のままなら、女の人の格好してても違和感なさそうですよね! むしろすっごく綺麗だったかも!」 追い打ちをかける無邪気な言葉。 「とてもお綺麗な、というより、妖艶な美人さんでしたよ」 「わぁ……ぜひ見てみたいです」 ホリィアンがうっとりした視線をレニーに投げかけると、レニーはペチッとホリィアンの額を小突いた。 「そーゆーことに興味持つんじゃないの。年頃の女の子なんだから、ホリィは」 「えー、でもー……」 「ダメったらダメ。もう暗殺者も詩人も女装も引退したの、おれは」 「残念ですぅ……」 心底残念そうに、ホリィアンは肩を落とす。彼女のこういったおねだりに弱いレニーとカルザスではあるが、さすがにこればかりは譲らなかった。 「さ、そろそろ真面目に、口裏合わせの相談しようぜ」 話題をさっさと払拭したいのか、レニーがパンパンと両手を打ち鳴らす。カルザスもコクコクと頷いた。 「そうですね」 「あんたがもともと蒔いた種なんだから、反省しろっての」 「あはは。すみません」 レニーとカルザスに促され、ホリィアンは定位置である折りたたみの簡易椅子へと腰を下ろした。 |
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