砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


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「でもレニーさんに、お子さんがいたって聞いた時は、レニーさんってお幾つなんだろうって不思議に思いました。それに、そんなごく最近の辛くて大変なことを、よくこんな短期間で乗り越えられてすごいです。やっぱりカルザスさんもレニーさんもとても大人なんですね。わたし、まだまだ世間知らずな子供なんだなって、恥ずかしい限りです」
「ん? んー。まぁ、たしかに短い、かな」
「ですよねぇ。よくよく考えれば、一年と少し、ですか。僕達が出会って」
「え? そんなに短かったんですか? 短いといっても、てっきり五年とか十年とかのお付き合いだと」
 ホリィアンは驚いたように二人の顔を見比べた。
「中身が濃かったから、随分長く一緒にいたような気がしてたけど。まぁ、前世分も含めれば途方も無いんだけど」
「友情を超えた友情って、しっかり結びつくと、とても短期間で形成されるものなんですね」
 青臭い言葉だが、悪くはない。カルザスとレニーに形成された友情──たしかにそうだ。友であり、仲間であり、家族であり。
「そうみたいだね。おれ達の場合はかなり特殊だけど」
 ホリィアンは憧れの眼差しで二人を交互に見つめた。が、ふいに真顔になる。
「あれ? でも……シーアさんにはお子さんがいらして……まだあまり詳しくはないんですけど、妊娠期間って、一年近くになりますよね? レニーさんとシーアさんがお知り合いになられたのって、いつのことなんですか? なんとなく、カルザスさんと出会う前だというのは分かりますけど……少なくとも二年、三年? もっと……ですか?」
 レニーは頬杖を付き、遠い目をしてとぼけることにした。
 純粋無垢な少女に、そんなドロドロしたものは、さすがに教えられない。
「えっと、レニーさんが三十一歳って伺ったから、それを逆算してみると……」
 ズルリと、レニーの頬杖がテーブルの上を滑った。
「ちょ、ちょっと待って! なんでホリィがおれの歳、知ってんのっ?」
 レニーが赤面してホリィアンに食らいつく。彼女はビクッと一瞬体を震わせたが、すぐに柔らかな笑顔を取り戻す。
「え? 昨日カルザスさんに伺いましたけど。カルザスさんの方が七歳年下だけど、お兄さんをしてるんだって」
「……へー、ほー、そうなの? どこかの誰かさんがペラペラと。ふぅん?」
「ホリィさん! 口外しないでくださいとお願いしたじゃないですか」
 レニーが殺気を漂わせながら、カルザスに微笑みかけた。ニタリ、と。カルザスは頬を引き攣らせつつも、必死に笑顔を取り繕っている。ここは何とか、穏便に済ませたい。
「え? レニーさんにも秘密って意味だったんですか?」
「あのですね……レニーさん、結構気にしてらしてるんですよ、年齢のこと」
「誰が何を気にしてるって? ねぇ、オニイチャン?」
「ひぎっ! す、すみません痛いです手首痛いです折らないでくださいお願いします」
 レニーの手がしっかりとカルザスの手首を掴んでいる。彼は必死に早口で痛いと訴えつつ、その手を振り解こうとするが、白魚の指は糊で貼り付いたかの如く外れない。
 どうやら穏便に済ませることは不可能なようだ。無邪気な子猫は、竜の逆鱗に触れた。
「わぁ……レニーさんって、こんなに細いのに、すごく力があるんですね」
「いえ、ホリィさん。レニーさんのは力じゃなくて技術です……って、本当に痛いです!」
「ホリィ、さっきおれ、対個人なら誰にも負けないって説明したと思うけど、それ、カルザスさんにも当てはまるから。一回、本気でぶっ殺しかけたよね? それでおれの気が変わって、命助けてやったんだよね? オニイチャン」
 レニーがにっこりと微笑みながら言う。
「そういえば、カルザスさんを殺しかけたって仰ってましたね。よくご無事で……」
「そうなんです。本当に死にかけました。レニーさんの体術は、僕ごときでは到底敵わないんですよ。腕力では僕に分があるんですが、僕がどんな攻撃を繰り出しても、脊髄反射で避けて体術を叩きこまれますから……って、レニーさん、ごめんなさい許してください本気出さないでくださいお願いですから!」
「いや、ホリィに実演見せてやってもいいかなって思ってさ。人間の骨って意外と簡単に折れるって実演をね。それにまだ本気じゃねぇから、おれ」
「レ、レニーさん! カルザスさんを許してあげてください! 元はわたしの変な好奇心がいけないんですから」
 レニーは小さく舌打ちしてカルザスの手を離す。
「ホリィのおねだりには弱いからね、おれ」
 レニーが手を開く。ようやく解放された手首を、カルザスは涙目で擦っていた。
「それでさっきの質問ですけど、レニーさんとシーアさんの出会いっていつのことなんですか?」
 レニーは額を抑えて俯く。もう逃げられない。観念した。
 女の子は総じて恋愛話が好きなのだ。彼女もそれにもれなく当てはまったらしい。
「じ、十四年前……」
「十四年……え、十七歳の時ですか? シーアさんも?」
「シーアは十五だった……」
「十七歳でお子さん……わたしよりも……」
 早婚が珍しいこの地域では、ホリィアンは当然として、二十四のカルザスでも充分に早い方だと言える。早婚自体が悪い訳ではないが、子供を作ったとなると、あまり良い目で見られはしない。そういった偏見の目は、やはりどこにでもあるものだ。
「驚きました」
「言っとくけど、おれの手が早いんじゃないからね。二人で相談して決めたことだからね」
 レニーが早口で反論する。
「あ、いえ、驚いたのはお子さんのこともなんですけど、でも十四年も経った今でも、たったひとりのかたを愛してられるレニーさんの純愛に感動してのことなんです」
「え? おれ?」
「だって同じ女として、それってすごく幸せなことだと思うんです。ずっと愛してもらって、それもこんなに深く想われて……とても悲しい悲惨なお別れではありましたけど、でもこんなに長く愛されていて、きっとシーアさんは幸せなんじゃないかなって思って」
「シーアが……幸せ?」
「ええ! わたし、同じ女として羨ましいくらいです!」
 ホリィアンは両手を上気した頬に添え、幸せそうな笑みを浮かべた。羨望の眼差しで彼を見つめている。
「でもシーアはおれのせいで……殺されたようなもので……」
 紫玉の瞳に陰りが落ちる。
「それは結果であって、過程じゃありません。どれだけ愛されるかっていう過程が大事だと思うんです」
 レニーの銀髪が、薄く開いた窓から吹き込む風でふわりと揺れた。レニーは驚き、勢い良く振り返る。
「今、シーアがそこにいたような……」
「微笑んでらっしゃいます。きっと。シーアさんはいつもレニーさんの傍にいらっしゃると思います」
 ホリィアンに言われ、レニーは小さく頷いた。
「そうだ。いつも傍にいるって言ってたっけな。ごめん、忘れそうだった」
 テティスの能力で、束の間の逢瀬を体験した時のことを思い出し、レニーが薄く微笑んだ。涙が、零れそうだった。


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