砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


   告白

     1

 キッチンに戻り、カルザスは椅子に座ってテーブルに両手を重ねる。視線を落としたまま。
「ホリィさん、すみませんが、お茶を淹れていただけませんか」
「はい。ではキッチン、お借りしますね」
 ホリィアンは棚からカップを三つ取り出したが、少し迷って一つを戻した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 カルザスは熱いお茶を口に含み、胸につかえていたものを、その液体と一緒に飲み下す。
「人を愛するということは、同時にこれだけ自分を傷付けてしまうことなんですね」
「えっ?」
 突然の独白に、ホリィアンは戸惑う。
「僕に……僕にできるでしょうか? その身を削ってまで、ホリィさんを愛することが」
 ホリィアンの頭にかぁっと血が昇る。そして胸を押さえて黙り込んだ。カルザスは苦笑しながら彼女を見つめる。
「こんな時にすみません。でも言います」
 カルザスがまたお茶を一口、飲み込んだ。
「正直、自分でも少し戸惑っています。こんな僕が、未来のあるまだお若いかたをこれほど愛しく想う日が来るなんて、考えてもいませんでした。レニーさんを生涯護るという僕の意思は変わりませんが、僕が護る対象の中に、ホリィさん、あなたも加わりました」
 カルザスの真摯な眼差しに、ホリィアンの胸が高鳴る。
「ホリィさん、あなたが好きです。僕の気持ちを受け取っていただけますか?」
 ホリィアンは黙り込んだまま、カルザスを凝視している。彼は苦笑して、肩を竦めて見せた。
「答えはすぐには必要ないです。僕とレニーさんは、まだあなたに隠していることが沢山ありますし、あなたはまだお若いですし。ゆっくり考えてくださって結構ですから」
「……あ、あのっ……わたし……」
 ホリィアンは言葉を詰まらせる。
「今日、い、いっぱいいろんなことがあって……それが全部わたしの想像を遥かに超えていて……その……うまく頭の中で整理できなくて……」
「そうだと思います。僕でもきっと混乱しますよ。ですから今日はもう帰って、ゆっくり休まれてください。僕のプロポーズの件はじっくり時間をかけて考えてくだされば結構ですから」
「は、はい。あ……あのっ! わたし今、すごく混乱してますけど、ひとつだけ、ちゃんとした答えはあります!」
 ホリィアンは意を決したように立ち上がり、大きく胸を張る。
「わたし……わたし……」
 カルザスは彼女の言葉をのんびりと待つ。
「わたしっ……レニーさんが好きですっ!」
 予想外の答えが返ってきて、カルザスは一瞬、頭の中が真っ白になったが、すぐに我を取り戻す。そして乾いた笑いを漏らした。
「はは……ちょっと想定外でしたが、レニーさんはとても魅力的なかたですからね。心変わりされるのは無理もありません。でも……ちょっと……ショックですね。僕、フラれちゃいましたか」
「え? あっ! 違うんです! そういう意味じゃなくて! わたしが本当に好きなのはカルザスさんで、レニーさんじゃないんです。言葉が足りなくてすみません!」
 ホリィアンは真っ赤になって頭を勢いよく下げる。
「わたしがレニーさんを好きっていうのは、カルザスさんに対する好きと違って、お兄さんみたいで好きって意味なんです。さっきレニーさんに抱き締められてる時に、わたし、レニーさんのためになることなら、なんでもしようって強く思ったんです。ずっとこの人の支えになってあげたいっていうか、そう言うの、すごくおこがましいんですけど、カルザスさんの傍にいたいのと、レニーさんの傍にいたいのは意味が違っていて……ああ、もうっ! 自分でも支離滅裂なんですけど、お二人に対して違う好きって感情を分かっていただけませんか?」
 ホリィアンは困ったように、混乱した頭で適切な言葉を探し始める。カルザスはきょとんとしていたが、ふいにくすくすと笑い出した。
「つまり、ホリィさんにも、僕がレニーさんに抱いているような保護欲に似た感情が芽生えたということでしょうか?」
「あ、はい。たぶんそうです」
「この人を放っておけないな、とか?」
「そうですね」
「目を離すと危ない子供みたいな人だな、とか?」
「それもあります」
「自分が護ってあげなくちゃ、とか?」
「ええ、それははっきりと」
「でしたら……」
 カルザスがニコリと微笑む。
「お兄さんみたい、ではなく、手のかかる弟みたい、ですね。あのかたは、本当に世話の焼ける人ですから」
「え? ええっ? 弟だなんんて、違いますよ! カルザスさんと違って、レニーさんはわたしよりずっと年上ですし!」
 ホリィアンの言葉に、カルザスは悪戯っぽく笑って見せる。
「おや。あのかたは、実際は僕より年上ですよ」
「そうなんですかぁ……って、ええっ?」
 ホリィアンが悲鳴滲みた声をあげる。そしてあっと、慌てて声量を落とした。
「で、でもカルザスさんがレニーさんのお兄さんなんですよね? なのに年上って……」
 ホリィアンの声が裏返っている。カルザスは苦笑しつつ、またお茶を飲んだ。
「確かに僕はレニーさんの兄代わりを名乗っていますが、実際はあのかたの方が、僕より七つ年上なんですよ」
「七つ……も? あ、あの……お二人って一体お幾つなんですか? てっきりわたしより年上でも、三つ四つくらいしか違わないと思ってました……」
 若い視線からだと、自分より年上の者の見た目から実年齢は分かり辛いらしい。なにせ彼女はまだ、十九年しかこの世に生きていないのだから、当然かもしれないが。
「レニーさんの外見はお若いですからねぇ」
 目の前で目を丸くしているホリィアンに、カルザスは微笑みかけた。年長者のそれで。
「僕が二十四、レニーさんが三十一です。ふふ。レニーさんって年齢不詳でしょう?」
「さっ……」
 ホリィアンのイメージしていた三十代というものが、まるで違うのだと、カルザスには容易に分かった。カルザスは人差し指を口元に当て、シッと唇をすぼめる。
「僕達の年齢も口外禁止ですよ」
「は、はぁ……」
 カルザスは腰に挿した小剣に触れ、椅子から立ち上がった。
「少し回り道しましたけど、ホリィさんにフラれたのでないと分かって安心しました。それでは、あなたをお家まで、お送りしますね」
「あ、だ、大丈夫ですよ? まだ明るいですし、人通りもありますし」
「送らせてください。ご迷惑でなければ」
「は、はい。ではよろしくお願いします」
 ホリィアンは頬を染めて俯いた。


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