砂の棺 if 叶わなかった未来の物語 「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、 叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。 北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。 そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。 |
2 カルザスとホリィアンが仮初《かりそめ》の交際を始めて、時折彼女も店を手伝いに来るようになった。 突然の手伝いの申し出に、カルザスは当初、人を雇う余裕はないと生真面目に断ったのだが、レニーがうまく丸め込み、そしてホリィアンも給料はいらないと告げたこともあって、たまになら手伝ってもいいと、カルザスは渋々折れた。たとえ自分の恋人になったとはいえ、彼女と店のことは別に考えたかったのだ。 しかし予想に反して、もともと常連客だったこともあってか彼女はすぐに仕事を覚え、たちまち店の看板娘といえるような働きぶりを見せるようになっていた。 今では美麗のレニーと並んで、愛嬌のあるお嬢さんだと、すっかり名物二大看板となっている。 今日は昼から彼女がやってきた。しかし店は大繁盛しており、ホリィアンは二人に挨拶もそこそこに、急いで接客へと回った。 「わ、混んでる!」 ふらりとやってきた旅人風の男女が、店の入り口を開けるなり驚いたように顔を見合わせる。 カルザスは二人の客人に申し訳ない、と、会釈だけで詫びつつ、別の客の応対をしていた。 「ではお会計いたしますね」 カルザスは買い物の決まった客の会計をしながら、ふと、視界の隅に引っかかったレニーに気付いた。 彼の持ち場であるアクセサリーケースに、たった今やってきた旅人風の二人が張り付いているというのに、レニーはその二人の接客をせず、壁の作り付け棚の整理を黙々とこなしているのだ。そしてカルザスの視線に気付いたのか、顔を僅かにこちらに向け、小さく首を振る。カルザスはレニーの意図していることを悟り、会計用の引き出しから、数枚の紙幣を取り出した。 「アイセルさん! すみませんが、ちょっと両替をお願いします。お釣り用の銅貨を切らしてしまいました」 「分かったよ、アーネスさん」 ふいに知らない名で呼び合うカルザスとレニーを見て、ホリィアンは驚いたようにカルザスを見つめる。カルザスは柔和な笑みを浮かべたまま、彼女に紙幣を渡した。 「申し訳ありませんが、アイセルさんと一緒に両替をしてきていただけますか?」 そう告げ、そっと彼女の耳元に口を寄せる。 「しばらく何も喋らないでください」 訳が分からないまま、ホリィアンは頷き、レニーと一緒に店を出た。 ホリィアンは通りに出てからも、黙ってレニーに着いてゆく。そんな彼女の様子を見て、彼は肩をすくめて苦笑した。 「カルザスさんに、しばらく黙ってろって言われたの?」 「は、はい……あの……」 レニーはゆっくり周囲を見回してから、カルザスの箝口令を解いてやった。 「もう普通に喋っていいよ。驚かせたよね、ごめん」 「あ、はい。あの……理由を聞く訳にはいきませんか? なんだか訳が分からなくて、気持ち悪いです」 レニーはしばらく考え込み、ホリィアンの目を見た。 「ホリィは口は固い?」 「ちょっとお喋りなタイプですけど、でも口外しないって約束したら必ず守ります」 「うん。じゃあ、ちょっとだけ教えるよ」 レニーは歩調を緩め、人の波を避けるように、左右に立ち並ぶ建物寄りにホリィアンの肩を押した。 「おれね……ウラウローのある組織から追われてるんだ」 ホリィアンが訝しげに顔を上げる。 「こんなことを言うと、ホリィはおれを怖がるかもしれないけど、おれはあっちの国では、ちょっと名の知られた悪党だったんだ。あ、でももう改心はしてるんだよ。カルザスさんに諭されて、足洗ったから。でもその元いた組織の連中に、いまでもずっと付け狙われてるんだ」 「レニーさんは……悪い人だったんですか? その……詐欺とか泥棒とか、そういうの……ですか?」 ホリィアンの気配に怯えが交じる。当然だと思いながら、レニーは首を振る。 「ごめん。これ以上は言わせないでほしいな。でもこれだけは絶対約束する。おれは昔みたいなことはもうしないし、当然カルザスさんやホリィを傷付けるようなことはしない。おれの犯した罪は一生消えないけど……でもカルザスさんと一緒に生きることで、おれはその罪を少しずつ償ってるんだ」 「……あ、の……カルザスさんも……悪い人の仲間だったんでしょうか?」 「違うよ。あの人はいい人。道を間違っていたおれを正してくれた人。ホリィの惚れた相手は、絶対に間違ったことはしない人。何があろうとこれだけは揺るがないし、信じてほしい」 ホリィアンは口元に手を当てて考え込んでいたが、思考がまとまったのか、うんと頷いてレニーを見上げた。 「信じます。カルザスさんもレニーさんも、信じます」 「ありがと、ホリィ」 レニーは小さく微笑むが、ホリィアンにはそれがとても辛そうに見えた。 「それでさっきの店のやり取りは、おれを追ってきた組織の息のかかった連中が店にいたからなんだ。ウラウローでは別の偽名を使ってたし、おれの人相を詳しく知る奴は少ないんだけど、念には念を入れて、そういう連中と鉢合わせたら、おれとカルザスさんは偽名で名乗り合うようにしてるんだ。おれはアイセル、カルザスさんはアーネスね。だから今後はホリィも、ちょっと気を付けてほしいかな」 「そうだったんですか。でもそんな怖い人が来たようには見えなかったんですけど」 「うん。連中は全くの一般人を装うことに長《た》けてるから、ホリィじゃ分からないと思うよ。傭兵やってたカルザスさんだって分からない。でもおれは特殊な訓練を受けて育ったから、奴らの気配というか、きな臭いニオイが勘で分かるんだ」 彼女は難しそうに眉間に皺を寄せる。そして彼を見上げたまま、再び疑問を口にする。 「じゃあ、わたしはこれからも、お店の中では迂闊なことを言わないように、静かにしていた方がいいですか?」 「あ、それは大丈夫。連中はおれ達を完璧にマークできてる訳じゃないし、店にそういう連中が来るなんて滅多にないことだから。もし何か起こっても、ホリィはカルザスさんが全力で護ってくれるよ。もちろんおれだって、ホリィに危険が及ぶような真似を連中にさせるつもりはない。おれもカルザスさんも、やる時は結構やるんだぜ」 ホリィアンがはっとして、両手で口元を覆った。 「もしかして、さっきわたしたちをお店から追い出したのって、わたしとレニーさんを庇うためですか? お店、あんなに混んでるのに、一人で大丈夫かなって心配だったんですけど」 「確かに今、店はカルザスさん一人でてんてこ舞いだろうね。だけど連中におれの存在が気付かれたら、もっと厄介なことになって、大変だとか心配だとか言ってられないよ」 レニーはホリィアンの頭を撫で、目を細める。 「ホリィ、巻き込んでごめんな」 「あ、いえ! ちょっとびっくりしたけど平気です。これくらいで逃げ出してちゃ、誰かを好きになったりできないですもの」 「ホリィは強いな。でも強くなりすぎちゃダメだぞ」 「はい?」 その意味は分からなかったが、彼女は、どこか淋しげなレニーをただ黙って見つめていた。 |
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