砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


   追われる者

     1

「レニーさんって、とても素敵なかたなのに、彼女さんっていらっしゃらないんですか? あっ、もしかしてカルザスさんと同じ理由でしょうか?」
 料理が得意だというホリィアンの作ってきたランチを広げ、三人は町外れの湖畔──以前、カルザスとレニーが二人で来た例の湖──で、少し早い昼食を摂っていた。
「おれ?」
 ホリィアンの問いかけに、サンドイッチの中のハムを取り除きながら、レニーは彼女の方を向く。そして器用に片目を瞑った。
「ああ、おれね。一応過去に嫁……っていうか、生涯を誓った相手がいたんだわ。あと、子供も」
「えっ? じゃあどうして今はカルザスさんとお二人だけで……?」
「あのっ! ホリィアンさん!」
 カルザスが慌てて二人の会話を止めようと声を張り上げる。だがレニーは面倒くさそうに、手にしていたサンドイッチを彼の口に突っ込んで黙らせた。
 そして目を細めて口元を弓形にし、軽い口調で答えた。
「死んだんだ、二人とも」
「……っ! ……ごめん、なさい……」
 無知からの疑問だったとはいえ、迂闊に口にしてはいけない話題だったのだと、ホリィアンは深く後悔する。
「謝る必要ないって。あいつがいたからこそ、おれはカルザスさんに出会えて救われたみたいなものだし」
 軽い口調の割に、やや難解な言い回し。ホリィアンは小首を傾げる。
「ちょっとねー、おれの方に問題があって、正式な結婚はしてなかったけど、でもおれは彼女と生涯を添い遂げるって誓い合った仲だったんだ。で、彼女と、彼女の子供と、二人同時に失って、自棄になって無茶苦茶やってたところを、カルザスさんに諭されて救われたって訳。それ以来、すっかりカルザスさんに心酔してるんだよ」
「……大切な人を……お辛くありませんか?」
 おずおずと問いかけてくるホリィアン。
「辛くないって言えば嘘になるけど、でもいつまでも嘆いてたって、あいつが生き返る訳じゃないし、あいつだっておれがそんなじゃ、いつまでも成仏出来ないしね」
「お強いんですね」
「ははっ。ここまで達観できるようになるまで、色々あったからかな。あいつに操を立てるとかそういう理由じゃねぇけど、おれは新しい彼女は作らないって決めたんだ。それがおれの生きる道で、罪滅ぼしみたいなものかなって」
「……つみ、ほろぼし……?」
「ああ、なんでもないよ。なんでもない」
 レニーは新しいサンドイッチを手にし、再び挟んであるハムを抜き取って、カルザスの前の小皿に移し替えた。
「でもレニーさん、とても綺麗だし素敵だから、すごくモテたりしませんか?」
 ピクリとレニーの片方の頬が引き攣る。
「……モテるよ……男ばっかに……」
「あ、あはは。ほら、レニーさんって中性的なお顔立ちじゃないですか? だからもう、男性のお客さんからひっきりなしに声をかけられて……」
「カルザスさん、フォローになってねぇよ」
 レニーは再び、手にしていたサンドイッチを、カルザスの口にねじ込んだ。カルザスは目を白黒させて、口いっぱいに押し込まれたサンドイッチを何とか咀嚼し、飲み込む。
「髪切ったら、多少マシになったけどね」
「そういえばレニーさんはちょっと前まで、髪がすごく長くて魅力的でした。あっ、今ももちろん素敵ですよ?」
 密かな常連客だったらしい言葉が返ってくる。
「わたしも最初、この綺麗なかたがカルザスさんの彼女さんなのかなって思っちゃってました」
 ホリィアンがはにかむように笑う。
「そうなんですか? そういう風に見られちゃってたんですねぇ、僕達」
「ミューレンに来てからは、ずっとオトコのつもりだったのに……」
 苦笑するカルザスと、小さく落ち込むレニー。二人を見て、ホリィアンはくすくすと笑った。
「あ、そうだ」
 ホリィアンが両手を胸に置き、にこやかに口を開く。
「わたしの名前、ホリィアンって、ちょっと言いにくくありませんか? これからはホリィでいいですよ。友達も両親も、そう呼んでますから」
 気を使ってか、話題を変えてきれくれた。
「ホリィね。うん、確かにそっちのが呼びやすいかな」
「ええと……僕はそういうの、あまり得意じゃないんですが……」
「呼んでやりなよ。せっかく出来た彼女なんだしさ」
「茶化さないでください。じゃあ……その……ホリィさん、で……?」
「はい!」
 ホリィアンは嬉しそうに返事をした。
 まだどことなくギクシャクしてはいるが、カルザスとホリィアンを見ていると、レニーも心なしか胸が温かくなる。健気なホリィアンと、まんざらでもなさそうなカルザスは、いつか一緒になるだろう。レニーは漠然とそんな予感を抱いていた。そしてその時、自分はどうなるのか、小さな不安がないとも言い切れない。が、あえて表情には出さず、胸の内に秘めた。


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