砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


     5

 少し遠回りをして住居兼店舗に戻ってきたレニーは、はぁっと大きく息を吐き出してカルザスにしがみついた。カルザスは突然のことに、たたらを踏む。
「やっぱりさっきの、例の人たちでした?」
「焦ったよぉー……下っ端の偵察班くらいの奴らだったみたいだけど、マジで奴らだよ。おれ、姿変えといて良かったぁ」
「普段は詩人さんの格好をなさっていたと知られてるんですか?」
 レニーはコクコクと頷いた。
「女装してるってバレてたから、前のまんまじゃ、もっと探り入れられてたかも」
「まさに危機一髪でしたね」
「うんうん。カルザスさんが偽名に気付いてくれて良かったよ。すっとぼけられたらどうしようかと思ったし」
「さすがにそこまで鈍感じゃないですからね。でも偵察班ということは、実働隊が来ているという可能性も捨てきれませんね……」
 カルザスは後ろ腰に挿している小剣に触れた。
 普段は護身用に小剣だけ持ち歩いているが、いざとなれば、長剣に持ち換える。そしてレニーを護るためならば、少々の犠牲はいとわないと思っている。それが、レニーに対して誓った生涯の護衛という使命だから。
「カルザスさん、マジで頼りにしてるから」
「任せてください」
 純粋な対個人戦ならば、レニーは無敵とも言える強さを誇る。しなやかな体から繰り出される手刀や蹴りを主体とした体術、そして毒を用いた短剣での攻撃は、まともに戦《や》りあったカルザスに一度、生死を彷徨うほどの手傷を負わせた。
 その後の有事の際は、露骨に手を抜きつつ対しているのだが、長く培ってきた癖はなかなか抜けないためか手加減が一切できないのだ。よって、戦った相手は、ほぼ確実に殺してしまう。カルザスとの、シーアとの約束に、『もう誰も殺さない』というものがあった。ゆえにレニーは自身の体術と短剣術は一切封印して、カルザスの護衛に絶対的な信頼を置いて、自分は手出ししないようにしているのだ。
「当分様子見として、不審者には警戒しておいた方がよさそうですね……」
 カルザスはよしよしとレニーの背を擦りながら、窓から見える通りを歩く人影をぼんやりと見つめていた。その視界の中に、奴らの仲間がいるやもしれぬから。


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