砂の棺 if 叶わなかった未来の物語 「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、 叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。 北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。 そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。 |
6 レニーは店の隅に置かれた丸テーブルで、販売用のアクセサリーの細工に勤しんでいる。カルザスはカウンターで帳簿を付け、遠い異国の計算道具である算盤《そろばん》の玉をパチパチと弾く。 珍しく今日は暇だった。 「たまにはこんな日もあるとは分かってるんですけど、お客さんが皆無というのは気が気じゃないですね。なにせ生活がかかってますから」 芳しくない帳簿に並ぶ数字を見ながら、カルザスは苦笑した。 「まー、そうだねー」 手作りアクセサリーの一番厄介な部分を、丁寧に繋ぎ合わせながら、レニーは上の空で返事をする。今は重要な部分の細工中なのだ。会話に気を取られてはいられない。これらの細工品も売り物──二人の生活費に直結しているのだから。 その時だった。店の入り口が開き、妙齢の少女が入ってきた。カルザスより片手分ほど年下くらいか。 「いらっしゃいませ」 カルザスがにこやかに応対すると、少女は手提げバックから、何かを取り出した。 「あ、あのっ……今日はお客さんじゃなくて……」 少女は榛色の少し癖のある髪を、赤いリボンでまとめている。そして、ゆるりとしたシルエットの薄紅色のワンピースが、彼女の醸し出すふんわりした雰囲気と相まってよく似合っていた。 「よ、読んでくださるだけでいいので受け取ってください。よろしくお願いします!」 少女が頬を真っ赤に染めて、早口でそれだけ言うと、カルザスに白い封筒を手渡してきた。カルザスは、「はぁ、承知しました」と定形の言葉を返しながら受け取る。 少女はカルザスが封筒を手にしているのを確認すると、大きく頭を下げて店を飛び出していった。 つつっとレニーがカルザスに歩み寄り、肘で脇腹をつつく。その表情はニヤニヤと、まるで彼を揶揄するような、冷やかすような笑みだ。 「やったじゃん、カルザスさん」 「はぁ……やっちゃいましたか。ええと、やはりクレームの投書でしょうねぇ」 困惑した眼差して、手元の封筒を見つめているカルザス。そんな彼の様子を、レニーは呆れたように見返した。 「……えー……それ、本気で言ってる?」 レニーが腰に手を当て、カルザスの顔を覗き込むと、カルザスは素直にコクリと頷いた。 「あのさ、おれ、こないだ言ったよね? カルザスさんに気があるっぽい女の子のこと。それが今の子。で、カルザスさんが受け取ったソレは、十中八九、恋文だよ」 「ええっ! ぼ、僕にですかっ?」 カルザスが素っ頓狂な声をあげて慌てふためく。 「レニーさん! ちょっとすみません。これ、お返ししてきますので、しばらく店をお願いします!」 「ちょ、ちょっと待った、カルザスさん!」 店を飛び出そうとするカルザスを、レニーは慌てて引き止めた。 「ちょっとそれは残酷じゃねぇの?」 「どうしてですか? 僕にその気がないのに、こういうものを安易に受け取ってしまう方が酷いじゃないですか」 「うわ……マジで言ってる、それ? まぁ、そういうのも一理あるけどさ。でも勇気出して手紙渡したその場で突き返される方が惨《むご》いって」 カルザスはほとほと困り果てて、手の中の封筒を見下ろした。 「あの子にとっては、それが今できる精一杯のアピールな訳だし、とりあえず中身読むだけでも読んでやれば? で、別にきちんと返事すりゃいいと思うけどね」 「それは困ります。こういうものをいただいた経験がないので、どういったお返事を書けばいいのか分かりません」 レニーはクシャリと髪を掻き上げ、小さく唸って彼の手の中の手紙を見つめる。 「んー、カルザスさんとしてはどう思う?」 「何がですか?」 「今の子、結構可愛かったじゃん? おれとしては、カルザスさんがちゃんと女の子と付き合うことに反対はしないよ。むしろ応援したいかな」 「さっきも言ったじゃないですか。僕にその気はありませんって。僕はずっとレニーさんと一緒にいられれば、それで満足です」 レニーが僅かに頬を染める。他意はないが、直球で真顔で言われると、さすがに照れる。 「いや、それは嬉しいんだけどね。カルザスさんのそういう気持ちは嬉しいし、ありがたいし、おれもそれを望んではいるんだけど、でもやっぱりずっとそれじゃダメだと思うんだよね。少しでも気になる女の子がいるんなら、何よりおれ優先ってのじゃなく、その子のことも、もう少し考えてやらなきゃダメだと思うよ」 レニーはそう言い、そして胸に手を置いた。 「おれとカルザスさんって、前世がどうとか、過去がどうとか、まぁ外におおっぴらに言えない問題も抱えてる訳だけど、でもカルザスさんだっていっぱしの男だし、歳相応の考え方してもいいんじゃないかな」 カルザスは少し拗ねたように唇を尖らせる。 「僕は何度も言うように、レニーさんから離れる気はありません」 「だから、それは分かってる。おれだって、カルザスさんから離れられないって自覚してるから。でもね、〝レニー《おれ》〟の意見じゃなく、一般的な〝弟〟の意見として聞いてもらいたいんだけど、兄貴として、人間として、普通の男の幸せとか、ちゃんとした恋人とかを見つけるのも、生きてくからには大事じゃないかなって思うんだ」 カルザスはレニーをじっと見据える。 「どうなのさ?」 「……分かりません」 「じゃあ率直に聞くけど、さっきの子、カルザスさんとしてはどう見えた?」 真っ赤になって、手紙を渡してきた少女。その姿を思い起こし、カルザスは口元に手を当てる。そして手紙に書かれた名前を心の中で読み上げる。 ──ホリィアン・アイル── 「純粋そうで、とてもいい子に見えました」 「可愛いとか可愛くないとか、好きなタイプとか嫌いなタイプとか、そういう基準では?」 「ええと……可愛い、とは思いましたけど、彼女に対して恋愛感情を抱くかと言われると、まだ少し難しいかと思います。だってまだあのお嬢さんとは、まともに会話をしたことすらありませんし」 「それでいいんじゃない?」 レニーの言葉に、カルザスは首を傾げる。 「最初は、相手を好きになれるかなれないかなんて、誰にも分からない訳だしさ。可愛いって思ったんなら、とりあえずお試しで付き合ってみればいいんじゃないかな?」 「そんな! とりあえずとか、お試しとか、相手のかたに失礼じゃないですか!」 「ああ、言葉は悪いけどね。でも誰だって、こういう出会い方した相手と付き合いはじめるのって、とりあえず、なんじゃないかな」 レニーの紫玉の瞳が、目下の者を包み込むような色に変化する。実際そうなのだ。レニーには恋愛経験があり、このような問題の良き相談相手として、充分な知識や経験を持ち得ている。 「嫌々付き合うならすっぱり断るのもありだろうけど、でもカルザスさんがあの子に多少でも好意的なものを感じてるなら、お試し期間設けて友達からでも付き合うべきだと思うよ」 「あの……それだと、レニーさんがイヤになりませんか?」 「なんで?」 カルザスはカウンターの裏に立てかけてある長剣を手にし、カチャリと僅かに鞘から抜いて見せる。 ウラウローを出てから、手にする機会は格段に減ったが、手入れは欠かしていない。いつでも実戦に使える逸品であり、長年の相棒だ。 「だって僕はレニーさんの護衛を勤めている訳ですし、もし仮に僕が彼女と正式にお付き合いするなんてことになったら、レニーさんの傍を離れる事態もあり得るということになりませんか?」 「だからおれは、カルザスさんがちゃんと女の子と付き合うようになったら応援するって言ってんじゃん」 レニーはおかしそうに笑った。 「でもそう考えるってことは、カルザスさんもさっきの子、まんざらじゃないってことだ?」 「え? あ……はぁ……そう、なのでしょうか」 「そうだって!」 レニーがカルザスの背をどんと叩く。 「よし、じゃあマジにお試し期間設けて、実際に付き合ってみなよ? おれがフォローできる所は、全力でフォローすっからさ」 「……ううん……分かりました……仰るとおり、とりあえず、からですが……」 レニーに背中を押されるがまま、カルザスは複雑な心境のまま頷いた。 |
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