砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


     4

 昼過ぎになって、二人は町中へ戻ってきた。そして適当に見繕った飯屋へと入る。あいにくこの時間帯でも、店内は食事や酒を求める客でごった返していた。
 相席でもいいなら、と、通された四人掛けのテーブルで、カルザスは鳥の照り焼きを、レニーは温野菜のサラダと木の実入りのパンを注文する。
 先客はターバンを巻いた商人風の男達だ。
「相席、すみません」
 カルザスが詫びると、男達は気さくに、構わないと手を振った。
「兄さんはウラウローの人かい?」
「ええ、そうです」
「そっちの兄さんはえらく綺麗な顔だね。地の人かい?」
「いえ、この方は……」
「アイセルのこと? おれはここからちょっと西に行った小さな村からきたんだ。この人とは偶然出会って、話が合うから一緒にいるだけ。ね、アーネスさん」
 レニーはニコリとカルザスに微笑みかけ、万が一の時に使おうと決めていた〝偽名〟を、わざとらしく名乗る。カルザスは態度や表情に違和を出さないよう意識しつつ、瞬時に頭の中を警戒色に塗り替えた。
 レニーはウラウローの暗殺者組織に、未だ追われている身である。カルザスに感じ取ることはできないが、その組織の中に長く居たレニーには、同業者の気配を過敏に察知することができる。
 レニーを護ることこそ、カルザスがこれからの人生、彼と共にあろうと決めた本来の目的。依頼主は何があろうと護る──それがカルザスの信念であり、生涯をかけて誓った使命だ。
 カルザスは柔和にええと答え、両手を絡めてその上に顎を乗せた。
「奇遇ですね。まさかこんなところで同郷のかたとお会いするなんて」
 レニーとの必要以上の親密な会話は危険だと悟り、かといって黙っているのも妙である。カルザスは男達にのんびりした口調で話しかけた。
「それはこっちも同じだよ。兄さんは商人って感じじゃないけど、どうしてミューレンへ?」
「単に気持ちの変化ですね。ウラウローの砂漠に飽き飽きだったので、こちらへ移住してきたんですよ」
 前々から用意していた嘘を言の葉に乗せる。男たちはそれを容易く信じた。
「向こうに長くいたんなら……じゃあウラウローの有名な悪党のことも知ってるかい?」
「悪党?」
 男たちが声を潜め、身を乗り出してくる。
「血も涙もない暗殺者で、殺した相手の肉を食うとか身の毛もよだつような噂の有名な奴がいるんだよ。だからかもしれないが、普段は向こうじゃ高級品である、生の野菜や木の実を好んで食べてたらしい」
 男の一人が、レニーのサラダとパンを見ながらそっと告げる。
 レニーは迷惑そうな表情を浮かべ、パンを小さく千切って口へと放り込む。
「おれはただ単に少食なだけ。偏食も多くて食べられるものが少ないから、こういう食事になるんだよ。もしかしてあんたら、おれがその暗殺者だとか思ってる?」
「まさか。あんたが人を殺せるようには見えないけど、たまたま食べてるものがそういうものだから、奴の噂を思い出しただけさぁ」
「あー怖い怖い。おれ、きっとそいつに出会ったら簡単に殺されちゃうような軟弱者だからね。アーネスさん、守ってくれる?」
「冗談言わないでください。そんな恐ろしい人、僕だって逃げますよ」
 カルザスとレニーは、そうとぼけつつ他人事のように笑い合った。男たちもつられて笑う。
「いや、飯時に妙な話しちゃって悪かったね」
「悪いと思うなら、パン代の銅貨一枚くらい置いてくとかしてくれると嬉しいなぁ?」
「こら、アイセルさん。調子に乗らない」
 レニーはぺろりと舌を出し、苦笑して見せた。男達はガハハと笑い、テーブルを叩いた。


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