砂の棺 if 叶わなかった未来の物語

「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、
叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。
北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。
そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。


   ホリィアン

     1

 カルザスは小さく唸り、体を起こす。肩にかけられていた毛布が落ちた。
「あれ? 僕、眠っちゃってたんですね」
 ベッドにレニーの姿はない。きっと起きてどこかへ行ったのだろう。
 カルザスは凝り固まった体の節々を伸ばしながら、心に傷を抱えた同居人を探して寝室を出る。
 彼は洗面台で顔を洗っていた。
「こちらでしたか。レニーさん。あの……シーアさんとは……?」
「ん。逢えたよ。ちゃんと別れも言えた。もうおれは迷わないよ」
「そうですか。良かっ……」
 カルザスの言葉は最後まで続かなかった。
 レニーはニッと笑い、短い銀髪をクシャリと掻き上げた。
「ん? 自分で切ったからやっぱり変かな? あとで床屋行ってくる」
「ちょっ……か、髪っ! き、切ったって……!」
「あはは。けじめみたいなもんかな? 潔くバッサリいってやったよ。あー、なんかスッキリした」
 手鏡で自分の顔を眺めながら、レニーは鼻歌混じりで悠長に髪をいじっている。ずっと長く伸ばしていたため、手鏡の中の自身の変化が面白いらしい。
「もったいないじゃないですか! あんなに綺麗な髪だったのに!」
「なんだよ。じゃあ、カルザスさんにあげる」
 レニーは切り落とした長い銀髪を、ぐいとカルザスに押し付けた。
 手渡された銀糸の束を見て、カルザスは改めて嘆息する。自分とさほど変わらない背丈の彼の、腰まであった髪だ。切り取られたとはいえ、その長さは相当なものだ。
 上等な絹糸のように美しい髪の束を、カルザスはレニーの顔の横に垂らしてみた。
「やっぱりもったいないです」
 彼は苦笑しつつ、その手と髪束を押し退ける。
「考えてみればさ。確かにおれ、シーアの幻影にずっと引き摺られてたんだよね。髪を伸ばしてたのもあいつが綺麗だって喜ぶからだったし。おれね、向こうでシーアにちゃんとさよなら言ってきたから。だったらおれも、いつまでもシーアに縋ってばかりじゃダメだなって思ってさ。そしたらなんかこう、気持ちが高揚して、ざっくり切ってた」
「はぁ……なんと言いましょうか、随分思い切りましたねぇ。これだけ長かったのですし、相当な覚悟が必要だったのではないですか?」
「別に? もう未練はないよ。あ、でも気持ち切り替えたって言ったけど、あいつを忘れるって意味じゃないからね。おれの人生の再出発だと思ってほしいな。ふふ。カルザスさんに諭されてやり直す宣言、これで何回目かな?」
「そういうことでしたら……でも……はぁ……」
 カルザスはいつまでも未練がましく、手の中の銀色の髪束をさすっていた。


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