砂の棺 if 叶わなかった未来の物語 「砂の棺」完結後の、「誰か」が思い描いた、 叶わなかった未来の幸せな幸せな物語。 北の町・ミューレンでのカルザスとレニーの日常。 そして新しく出会う人たちとのふれあい、事件。 |
2 朝食時、カルザスはふと思い立ってレニーに告げた。 「レニーさん。急なんですが、今日、お店は休みにしちゃって、僕とデートしませんか?」 彼の突拍子もない発言に、レニーは飲んでいたミルクを吹き出した。 「あ、あーっ! もう……噎《む》せる時は口を手で覆わないと……」 「い、今、なんつった?」 カルザスはきょとんとしながら、先程の言葉を反芻する。 「……今日、僕とデートしませんか? と、言ったと思いますけど」 「ばっ……莫迦じゃねぇのっ? いくらおれが昔、男妾やってたとはいえ、カルザスさんにそういう感情は……」 「え? ああ! 言葉が悪かったですね。ただ単に、二人でゆっくり出かけましょうって意味です。デートって言葉に憧れてて、使ってみたかっただけです。あはは」 「あははじゃねぇよ! あのねぇ、デートっつーのは、異性相手に使う言葉なの。二人で出かけるってのは構わないけど、今度おれ相手に、そういう言葉使ったら、おれの過去を嘲笑ったと認識してぶん殴るぞ」 「はいはい」 カルザスは一口大に千切ったパンを口に入れ、のんびり咀嚼している。レニーの憤りをまるで気に留めていない。 「デートしたいっつーならさ、よく店に来る、あの可愛い子とかどうよ?」 「はい? どなたですか?」 「名前は知らないけど、最近よく来る、榛色の髪の子で、多分どこかのお嬢様なんだろうなって雰囲気の子がいるじゃん? 店来て、しょっちゅうカルザスさんの方を見てる子。あの子、絶対あんたに気があるって」 「うーん、どなたかよく分かりません」 カルザスは今度はスープを口にし、ゆっくりと飲み下しながら小首を傾げた。本気でレニーが誰のことを指しているのが分かっていないらしい。いや、カルザスはもともと恋愛事には、とんと無関心なのだ。実家を出てからは傭兵一筋で、恋愛らしい恋愛どころか、異性と付き合うという経験すら皆無だったのだから仕方がない。 「いずれは伴侶を、とは思いますけど、今は僕の気持ちはそちらに向いてないので。手のかかる〝弟〟がいますし」 「はいはい。おれの存在が、カルザスさんの恋愛観に水を差してるってことね。悪かったよ」 レニーは呆れたように、両手を広げた。 「それでさ。さっきの話だけど、マジで店、臨時に閉めて出かけちゃう訳?」 「はい。レニーさんの新しい姿をじっくり眺めるのも悪くないかと思いまして」 「おれは珍獣かよ」 「褒めてるんですよ」 「そういう意味に聞こえないな」 レニーは噎せて吹き出したミルクを布巾で拭きながら、長々と溜め息を吐いた。 「どうしてもって言うなら、付き合ってもいいけど?」 「じゃあ、どうしても、です」 ほんわかと微笑む。その笑顔に毒気は完全に抜かれてしまう。 「わーかった。付き合う」 こうして、この北の町ミューレンに来てから、二人はほぼ初めてでないかと思われる理由なき臨時休業をして、出かける準備を始めたのだった。 |
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