砂の棺

白い砂と高い岩山に囲まれた国ウラウロー。
傭兵を生業とする青年カルザスは、ある日、謎めいた美麗な詩人シーアと出会う。
この出会いをきっかけに、ウラウロー全土を巻き込んだ過去から連なる歴史と謎が紐解かれ、
彼らは運命に翻弄されゆく。


     2

 安宿の硬いベッドの上で、先ほどから鬱陶しい唸り声をあげているのはカルザスだ。
 依頼者であるティケネーを殺害され、その犯人も捕らえられなかったカルザスは、難を逃れたティケネーの身内から当初の予定の半額しか、金を支払ってもらえなかったのだ。いや、半額でも支払ってもらえた事はあまりにも意外で、俺としてはなぜ支払われたのかが不思議でならんくらいだ。
 警護の依頼は“依頼者が殺害される”という明らかな失敗だというのに、ティケネーの身内が半額とはいえ金を支払ったという事は、奴は身内にも煙たがられていたという事実を指すのではあるまいか?
 悲しむ素振りは世間の目を欺くためか? 人という生き物は恐ろしいものだ。
 依頼者を死なせてしまったという事実、暗殺者を取り逃がしてしまったという失態。その二つの現実にカルザスは今朝からこうして一人、不貞腐れておる。
 責任感からではない。ただ、自分の力が通用しなかった事が歯痒いのだろう。
 この男は確かに腕が立つ。人当りが良く従順で素直という部分もあるが、自分の能力をやや過信しすぎているきらいも無くはない。それだけ見えぬ部分のプライドが高いのかもしれん。
 ──いつまでも鬱陶しい。さっさと忘れて、とっとと次の仕事を見つけろ。幸い、貴様の評判はさほど悪くなっておらんのだからな。
「でも悔しいですよ。目の前で取り逃がしちゃうなんて」
 相変わらずしつこいというか、強情というか……。
 ──相手が悪かったのだ。暗殺者などという輩と初めて相対したのだろう? ティケネーの身内も、暗殺者に狙われたのだと知って、お前の失態は仕方がないと諦めたではないか。
 内心は分からんがな。なにせ金を支払ったのだから。
「それでも悔しいですよ」
 風通しの悪い部屋は少々蒸す。汗ばむ額を押さえ、カルザスは薄汚れた天井を見上げる。そして何度目かのため息を吐いた。
「せっかくシーアさんが暗殺者の行方を教えてくださったのですよ。なのに見失ってしまうなんて……」
 カルザスは苦しげにそう呟き、はっと息を飲む。
「……シーアさんは……暗殺者の姿を見ている?」
 ──顔は見ておらんと言うておったろう?
「でも暗殺者にしてみれば、正体を知られる糸口になり得る人物をみすみす放置しておくでしょうか? 口封じをしようとするのでは……」
 慌てて身支度を整えるカルザス。
 まさかあの女の護衛をしてやろうなどと言い出すのではなかろうな? そう思った俺の不安は的中した。
「シーアさんが危険です! 彼女の近くに、きっとあの暗殺者はまた現れます! 今度こそ、捕まえますからね!」
 俺は呆れて何も言えなくなった。一体どこまでお人好しなのだ、この男は!
 あの日シーアと分かれた飯屋兼宿屋。カルザスは安宿を飛び出して、慌ててシーアのいる宿へと向かったのだ。
 ……いちいち付き合う俺の身にもなれ。

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