Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


       4

 あたしの背後から、カラカラと台車を押す音が聞こえてきた。振り返ると可愛らしい二人組が、背丈ほどもある台車を二人で協力して押している。コートと、あたしを助けてくれた女の子。
「おはよ。そんなもの押してきて、高い所にある本でも欲しいの?」
「おはようございます」
 コートがぺこりと頭を下げると、女の子も慌てて、ならうように頭を下げた。

 昨日の夜、あたしは魔物化した。そしてあたしの魔物化を知らなかったタスクが、あたしの閉じ篭ってた小部屋をこじ開けてあたしを外へ解放し、ジュラ、コートを巻き込んで大騒動になったらしい。魔物化してる時、あたしはほとんど記憶がなくなるから、人伝てで聞いたんだけど。
 でもその時、どこからかやってきたこの女の子が、純白魔術とかいうものを使ってあたしの魔物化を鎮静化させてくれたらしい。
あたしは今朝、気分爽快清々しく起きてピンピンしている。いつもなら魔物化した翌日はちょっとブルーな感じなんだけど。
 女の子は喋れないらしくて、まだ名前も聞いていない。なら筆談で、とも思ったんだけど、彼女の書く文字は知識豊富なコートでも見た事もない珍しい文字で、組合の誰一人読む事ができなかった。だから身元も完全に不明。
 でも不思議な事に、こっちの言ってる言葉は理解できるらしいの。それなら標準語圏の文字も書けそうなものだけど、でも書けないみたいなのよね。

「高い所の本が取れないなら、あたしが取ってあげようか?」
「え……お、お手間ではありませんか?」
「本取るくらいお安いご用よ」
 あたしは二人の運んできた台車を図書室の隅に寄せ、コートの指し示す一番高い書棚の本を取ってあげた。ふむ、植物の図鑑ね。
「植物図鑑なんてどうしようっていうの?」
 コートに本を手渡しながら言うと、コートは女の子の方を見ながら口を開く。
「お花が見たいと……仰るので」
「喋ったの?」
「いえ、なんとなく分かりました」
 コートには不思議と、彼女の言いたい事が理解できるらしい。
 女の子は今朝、家に送り届けてあげようとしたんだけど、どうやっても家の場所を教えてくれようとしなかった。さっきのとおり筆談も無理なので、ひとまず組合で彼女を保護する事にしたの。だって自警団に任せて放り出すのは簡単だけど、でも物凄く寂しそうな顔するんだもの。あたしの恩人でもあるし、できれば最後まで面倒みてあげたかったし。
「せめて名前くらいは教えてほしいな」
 女の子は困ったように唇に指先を当てて考え込んでいたが、ふと思いついたように、コートの手の中から花の図鑑を取って広げた。そして一つの花を指差す。
「あ……あじ……あじぇり……?」
 よ、読めない……。エルト地方の文字だというのは分かるんだけど、今使われてる文字より、随分古い文字でその花の名前は書かれていた。
この図鑑、エルト地方のものだったのね。ウチの図書館、あっちこっちの国のいろんなジャンルの本がごちゃごちゃに詰め込まれてるから。
「……アイジェルフロウ、と読みます。エルト地方で、百年くらい前まで使われていた文字ですが、今の言葉に訳せばエイミィフラワーになります」
「なるほど。で、その花がどうしたの?」
 少女が図鑑の花の名前の真ん中を指先で切るようになぞり、それから自分を指差す。
「……エイミィ、と仰りたいのですか?」
 コートが聞くと、少女が嬉しそうに頬を染めてコクコクと頷いた。
「もしかしてエイミィっていう名前なの?」
 あたしも確認すると、女の子があたしを見上げてまた頷いた。
「あはっ! エイミィちゃんか! 可愛い名前だね」
「エイミィさん。素敵なお名前ですね」
 コートが言うと、エイミィは照れたように頬を染めた。
「……ええと、エイミィフラワーはこの形が、天使の輪と羽根に似ている事から天使草とも言われていて、エルト地方ではお祭り事があると、祭壇にこの花が飾られるそうです」
「なるほどなるほど。さすがコート。物知りだね」
 あたしが褒めると、コートも赤くなって俯いた。
「よし。じゃああたしは仕事に戻るね。コートもエイミィも仲良くしてるんだよ」
 あたしは両手で二人の頭を撫でてやり、図書室を出て執務室へ向かった。途中、タスクに会う。タスクはあたしを見て、申し訳なさそうに頭を下げた。

「ファニィ、昨夜は悪かった。お前があんなになるなんて知らなくて、俺が余計な事をしたばっかりに、お前にジュラさんとコートを襲わせるような事になっちまった」
「いいのいいの。二人は無事だったんだし。ま、あたしはああなっちゃうのは満月の夜だけだから、今後は気を付けてくれればいいわ」
「ああ、そうする。でも何か俺に手伝える事があるなら、何でも言ってくれ」
 タスクは酷く反省してるようだけど、でもあたしを異質な目で見るような事はしていない。ジュラやコートと同じだね。なんかちょっとだけ嬉しいかな。
「そうねー……じゃあ、今日のお昼ご飯は大盛りで」
 あたしが言うと、タスクの表情が固まった。だけど次の瞬間、いきなり盛大に吹き出した。
「……ぷはっ! お前の食い意地は緊張感のカケラもないな」
「一晩なーんにも食べないで閉じ篭るから、次の日すっごくおなかが空くのよ! いいじゃない、あんたが役に立てる唯一の方法なんだから」
「俺はお前の専属飯炊き係かよ。まぁ、いいや。絶対美味いと唸らせるモン、食わせてやる。見てろよ」
「期待してるよー」
 あたしはタスクの肩をポンと叩いた。
「あ、あの女の子の名前、分かったよ。エイミィって言うんだって。なんかエルト地方の花と同じ名前なんだって。植物図鑑見せてくれて、教えてもらったの」
「エイミィ……エイミィフラワー。天使草か。純白魔術師だし、よく似合ってる名前じゃないか」
「今、コートと一緒に図書室にいるよ」
「ああ。魔術と魔法、それから暗黒魔術と純白魔術の違いを講義してやるって約束したんでな。ちょくら先生してくるよ」
「タスク先生ねぇ? 大丈夫なの? コートは頭の回転早いよ」
「コートほどじゃないが、俺だってそこそこに勉強は得意なんだぞ。魔法方面に関してだけだけどさ」
 憤慨するようにタスクが言う。あたしはケラケラと笑ってタスクの肩を叩いた。
「じゃ、頑張って先生しておいでよ」
「おう」
 あたしはタスクと別れて、執務室へと向かった。

     6-3top6-5