Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


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「まあ簡単に言えば、炎、水、風、土という象徴が四大元素と言われるもので、これらを様々な形で具現化した力が魔法だ。炎の槍とか水鏡の映写とかだな。この魔法というものは、古代魔法紋章と言われる刻印を刺青として体のどこかに刻んでおけば、ごく初歩的なものなら訓練と勉強次第で誰でも使えるようになる。ジーンでは生まれた時から魔法使いとして育てられる事が常とされるから、一番目立つ顔に刺青を彫る風習があるんだ。俺のコレがそうだな」
 と、タスクさんはご自身の右頬を指差します。炎と円環を象った抽象的なものです。これが古代魔法紋章というものらしいです。

 僕とエイミィさんは、午後の空いた時間を利用して、タスクさんに魔法の講義をしていただく事になりました。
 僕もタスクさんと出会ってから、魔法というものに以前より強く関心を抱くようになっていましたし、昨夜の事件の事もあって、とても緊張しましたけれど魔法の事を教えてくださいとお願いしたんです。僕に魔法は使えなくても、知識として身に付けておけば、いつか何かの役に立つと思ったんです。
「……あ、あの……体のどこかに刺青を彫れば、い、いいと仰いましたが……タスクさん、は……見やすい所……お顔に刺青を彫る事で……えと……魔法の威力が強くなったりするの、でしょうか?」
「んあ? ああ、それはないな。顔に彫るのは、ただ単にジーンの昔ながらの風習ってだけだ。俺も詳しい由来は知らないが、元を辿ったら『ジーンは魔法国家だ!』とか、相手に主張するためだったとか、結構単純な理由だったりするのかもな。初歩の基本的な魔法が使いたいなら、腕でも足でも、とにかく体のどこかに古代魔法紋章を刻み付ければいい」
 なるほど、よく分かりました。
「で、では……えと……僕もタスクさんと同じ刺青を彫ったら……炎の魔法が使えるようになるのでしょうか?」
 僕は自分の右頬を指先でぎゅっと押してみました。刺青って……なんだかちょっと痛そうですけれど……。
「はぁ? やめとけやめとけ。お前の可愛い面を、わざわざ刺青なんかで傷付ける必要はないさ。な、エイミィもそう思うだろ?」
 僕の隣でエイミィさんが強く頷かれています。
 タスクさんに可愛いなんて言われて……ちょっと恥ずかしいですけれど……でも、僕もタスクさんと同じ刺青、ちょっとだけ興味あります。魔法を使うって、どういった感覚なのでしょう? 興味もありますし憧れます。
「ま、とにかくだ。魔法はこういった理由から、誰でも使える可能性はあるんだが、魔術は違う」
 タスクさんはご自分の服の襟に指を差し込み、ぐいと引き下げられました。
 あっ……タスクさんの鎖骨……。
「ここンとこ。赤い逆三角形の痣があるだろ。俺の頬の炎の部分もまぁ似たような赤なんだけど。この痣が魔術を扱える者の証『黒印』(こくいん)だ」
 そう仰いながら、タスクさんは襟を正しました。ど、どうしましょう。どきどきしてきました。タスクさんがあんな事をなさるから……。
 僕は顔が火照るのを隠すように顔を伏せます。
「魔術ってのは、魔法使いがどんな努力をしたって使えない。生まれながら魔術師としての才能がなければ、何をどうやったって絶対に行使する事ができないんだ。俺が使える暗黒魔術は、俺だけが持つ特殊技能みたいなもんだな。大雑把に言えば、ファニィの不死身の体と同じようなもんだ。個性って言い方をすりゃ聞こえがいいかな」
 タスクさんが手を伸ばしてきて、エイミィさんの頭を撫でました。タスクさんはこうやってよく頭を撫でてくださるんです。僕もそうやって褒められるの、恥ずかしいけど嬉しいです。
「エイミィの純白魔術もそうだ。生まれながらに純白魔術師であるという才能がなければ絶対に誰にも使えない。エイミィ、お前も体のどこかに痣があるだろ? 純白魔術師の証『聖刻』が?」
 エイミィさんにそう尋ねるタスクさん。エイミィさんは顔を真っ赤にして俯いてしまいました。

 むっ……僕、ちょっとだけ苛立ちました。
 エイミィさんは僕と同年代でまだ子供ですけど、でも女性なんです。なのに体のどこかに、とか、そんな失礼な質問をするなんて、タスクさん、無遠慮すぎます!
「タ、タスクさんっ! あのっ……じっ、女性にそ、そういうこと、を言う、言うなん、て……エイミィさんに、し、失礼ですっ!」
 僕は精一杯タスクさんに抗議しました。何も言えないおとなしいエイミィさんの代弁です。
「あ……ああ、ええと……悪かったよ。謝る……」
 タスクさんは少し驚いた表情で僕を見ていました。ぼ、僕を見ている暇があるなら、エイミィさんにきちんと謝っていただきたいです。
 僕がムッとしていると、僕の袖をエイミィさんが小さく引っ張りました。首をそちらへ向けると、エイミィさんは少し笑って小さく頷かれました。僕にお礼を言ってくださっているんですね。そんな大したことはできませんでしたけど……。
「あー、うん。とにかくすまなかった。じゃあ聖刻の事は置いておいて、話を戻すぞ」
 タスクさんは無意識になのか、ご自身の右頬を指先で擦ります。

「暗黒魔術は死を司り、純白魔術は生を司る。全く正反対の性質を持っているから、両方を同時に行使できる魔術師はいない。俺がいくら純白魔術の知識や構成紋章を覚えたとしても、暗黒魔術師である俺に純白魔法は使えない。逆にエイミィも、暗黒魔術の知識や構成紋章を覚えたとしても、暗黒魔術を行使する事はできない。こればかりは素質がモノを言うんだ」
 魔法は誰にでも使うことが可能な能力のことを指し、魔術は素質に左右される特殊な能力、ということですね。タスクさんがご自分を魔法使いにして魔術師でもある、と仰る意味がようやく理解できた気がします。
「ここまでで質問は?」
「あ……ええと……で、では、タスクさんは炎の魔法、しか使えない、と仰っていましたけれど……そ、その……ほ、他の系統の、魔法紋章は彫られていない、から使えないのでしょうか?」
 僕の質問に、タスクさんの頬が引き攣りました。こめかみに青筋が浮かんでいます。
 も、もしかして僕、触れてはいけない話題に触れてしまったのでしょうか。
「……彫ってるよ、全部。悪かったな……未熟者の不出来な魔法使いで……」
 タスクさんが低い声で吐き捨てるように呟かれました。
「あっ、あのっ……す、すみません……悪気はなくて……あの……その……」
「はいはい。俺は未熟者ですよ。ミソッカスですよ。カキネ家の恥さらしですよ。風も水も土も、どの系統の魔法も死ぬほど勉強してきたさ。構成紋章だってそこいらの中級魔法使い以上に頭に入ってるよ。だけど行使できねぇんだよ。いくら努力しても、炎以外はまったく具現化できない不器用なヘタレ魔法使いなんだよ。悪かったな、未熟者の魔法使いが偉そうに魔法講義なんかして」
 タスクさんが子供のように不平を漏らしながら拗ねてしまいました。タスクさんの機嫌を完全に損ねてしまったんです。僕の不用意な一言で。
 僕のつまらない好奇心から出た質問が、僕の大好きな人を愚弄して困らせてしまう結果になってしまうなんて……僕はなんて浅はかで愚かなんでしょう。僕、最低な人間です。タスクさんを傷付けてしまうなんて僕……僕は……。
 激しく後悔した僕は耐えられなくなり、つい泣いてしまいました。涙が止まらなくなってしまって、僕は声を詰まらせて泣き出してしまったんです。
 泣き虫だと、ファニィさんにもよく言われます。でも悲しくなって涙が出てしまうのは仕方ないじゃないですか。
「わっ! コート、泣くなよ! 逆切れした俺が悪かったよ。図星刺されてつい苛々してお前に当たっちまって……泣かすつもりじゃなかったんだよ」
「僕……タスクさん……怒らせて……」
「怒ってない。もう怒っちゃいないから泣くなって」
 タスクさん、僕の心配をしてくださってます。あまり泣いてばかりいたら、本当に嫌われてしまうかもしれません。
 僕はそう思って一生懸命泣き止もうと目を擦りました。そしてゆっくり顔を上げようとすると、パチンと乾いた音が響き渡りました。
 驚いて目を開くと、テーブルの上に膝立ちになったエイミィさんが、ぷっと頬を膨らませてタスクさんの頬を叩いていました。今度はエイミィさんが僕を庇ってくださったの、ですか?
「あっ……」
 エイミィさんはテーブルから降り、僕の腕を引っ張って椅子から降ろしてくださいました。そして僕の手を引いて図書室を出て行こうとしました。そのまま振り返ってタスクさんに思いっきり舌を突き出します。
 エイミィさんが僕を庇ってくださったのは嬉しいですけど、でも僕、ちょっとだけ情けないです。
 すっかりタスクさんを敵視したエイミィさんに連れられて、僕たちは図書室を出ました。タスクさんは頭を掻きながら、僕たちを見送ってくださってました。

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