Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


     三者三様事始

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 お使いって一口に言っても、出発地から目的地までの『お使いレベル』の距離には限度ってものがあるわよね。なんだってこんなオウカの外れの、そのまた外れの、ほぼラシナ国境沿いとまで言える程の辺境の地に、わざわざこのあたしが、たかが紙切れ一枚届けなきゃならないっていうのよ。荷物配達専門をウリにしてる組織があるんだから、その人たちに頼めばいいのにさ。
これはすでに『お使い』を通り越して『配達』ってレベルだわ。
 まぁ……大事な文書だからって言うのは分かるよ。町の地主さんに確実に届けなきゃならない、冒険者組合の新規支部所設営の嘆願書だから。それに二つ返事で引き受けたのはあたしだし。
 あたしはちょっと安請け合いし過ぎたかなーなんて、自分の安直さに文句を言いつつ、街道をてくてく歩いていた。嫌ではないんだけど……めんどくさい。
街道に沿うように植えられた木々には、春を告げる花の蕾がそりゃもう、こぼれそうなくらいたくさん芽吹いている。春の訪れが遅いラシナが、一年で一番綺麗に輝く季節はもうすぐね。

 あたしはファニィ・ラドラム。物流の橋渡しで栄えたオウカの国で、ちょうど中心の町ある、冒険者組合の補佐官見習い。総元締めであるトールギー・ドルソーはあたしの実父の親友であり、あたしの養父でもある。
今年十五歳になったあたしも、いつまでもタダ飯食らいの子供でいる訳にはいかないって思って、養父の運営する冒険者組合で働く事にしたの。
冒険者組合っていうのは、冒険者とか何でも屋とか言われる、とにかく報酬をもらってどんな仕事でも請け負いますっていうシステムのアレ。そこで元締めの手伝いをしつつ、冒険者としてもやってこうかなーと、去年から勉強と実習を始めたばかり。
でもなんだかあたし、この仕事が向いてたみたい。自然と体も頭も思い通りに動くんだもの。元締めの娘であり、主に事務作業をこなしているせいか、まだ見習いとはいえ、補佐官なんてお偉そうな肩書きももらっちゃった。
よーし、これからも頑張るぞー!
 他の熟練者とチームを組んでとか、そういうのはまだ無理だからと、やっと単独でできる初めての仕事をもらったんだけど、それがこの新規支部所設営嘆願書をオウカとラシナの国境沿いの町を治めてる地主さんに届けるという、非常に単純かつ、つまんないもの。
 そりゃあ……いきなり盗賊の捕縛をしろとか、魔物を退治しろとか、そういう危険な仕事を望んでた訳じゃないけどさ。でもこう、もうちょっと刺激がほしいというか何というか。
 うー、ダメダメ! こういう小さい事からコツコツ経験を積み重ねる事が大切なのよね! あたしの冒険者としての経験値はまだゼロだもの!
 あたしは自分に言い聞かせて、書類の入った鞄をしっかりと担ぎ直した。

 オウカの町を出てから三日、街道を歩き続け、あたしはようやく目的の町である『グムルフ』というところに着いた。発音のしにくい名前の町だけど、北方のラシナでは標準的な発音域らしい。
 ラシナというのは、透き通るような真っ白い肌と、ナイフみたいにとんがった長い耳が特徴の人種が多くいる国。日照時間が他の国より短いから、肌や髪の色の色素が全体的に薄いらしい。組合にもラシナ出身者はいるけど、結構美形が多い。そういうのも民族的な特徴なのかしら?

 町に入って、メモを見ながら目的の住所を探す。とりあえずメインストリートの方まで出てきたんだけど、ラシナの文字ってちょっと特殊で、あたしはあんまりきっちりとは読めないんだよね。発音も特殊だし、形も標準文字をフニャッと崩したみたいだし、もっと外国人にも親切な作りにならなかったのかしらね?
 なんとかたどたどしくも、ラシナ文字の看板を辿りつつ地主さんの家を探して歩いていると、あたしは何かに躓いて転んだ。あたしの足が引っ掛けたものが、キーだかキャーだか、悲鳴染みた声を上げる。
 看板辿って、上向いてキョロキョロしながら歩いてたあたしの、完全な足元不注意。
「ごめんごめん。大丈夫?」
 ぷにゅっとした感触だったから、小さい子供か野良犬か。とりあえず謝るあたし。
 立ち上がりながらお尻の砂を叩いて落としていると、あたしが躓いたのは物凄く小柄でほっそりした子供だった。
 持っていた荷物をぶちまけたのか、辺りにお菓子やら文房具やら本やらよく分からないものやらが散乱している。
「よそ見してて蹴飛ばしちゃったけど、怪我とかしてない?」
 あたしはその子の荷物を拾い集めながら声を掛ける。その子は両手で顔を覆ってヒックヒックとしゃくりあげていた。
 体型が小柄というより、小さすぎて発育不良気味というか、もうとにかく小さいから年齢不詳! だからって訳じゃないかもだけど、すっごい泣き虫なのかも。転んだくらいで泣かれても困るわ。
「ホントごめんねー。もう泣かないで。お姉ちゃん謝るから」
 一生懸命なだめていると、その子は目元をぐしぐしと擦りながらゆっくり顔を上げた。
 うっわぁ……めちゃくちゃ可愛い!
 雪みたいに真っ白い肌と、細くてサラサラの蜂蜜色の髪。透き通った淡いブルーの瞳は宝石みたいに丸くて大きくて、ピンク色に染まった頬は柔らかそうで、思わずプニプニ突っつきたくなっちゃう。幼児ってくらいの年頃だから俯いてる時は気付かなかったけど、髪の隙間からナイフみたいに尖った耳の先が見える。ラシナの子なのかぁ。
 ラシナってやっぱり美形が多いんだね。こんな小っちゃな子でも、凄く整った顔立ちなんだもの。うーん、このお人形みたいな子、持って帰って部屋に飾っておきたい! ……なんてね。
「落としたものはこれで全部かな? ホントごめんね」
 あたしが彼女の荷物を差し出すと、彼女は両手を口元に当てたまま、ボソボソと何かを呟く。あたしが訝しげに首を傾げると、彼女はちょっとだけ声を大きく張り上げた。でもまだ蚊の鳴くような小さな細い声で、周りの雑踏に揉み消されちゃう。
「……あ……の……こちらこ、そ……ってしま……ごめ……なさい……」
「あなたもゴメンナサイなの? じゃあお互い様だね。でもこれからはもっと周りよく見て歩くようにするね。あなたも小っちゃいんだから、周りの大人に踏まれちゃわないように気を付けてね」
 彼女はあたしから受け取った荷物を大きな鞄の中へとぎゅっと押し込む。そして鞄を重そうに抱えて立ち上がった。
「重そうだけど大丈夫?」
 彼女はコクコクと頷き、ペコリと頭を下げてあたしに背を向けて走って行ってしまった。あんな小さい子もお使いなのかな?
 ちょっと気になったけど、あたしは彼女の姿が見えなくなるまで見送り、自分の用事へ戻る事にした。

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