Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


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 無事に書類を地主さんに届けて、トールギーパパ……じゃない、元締めの意向を伝えるという任務完了。地主さんはここに冒険者組合の支部を作る事には乗り気で、あたしの話を真剣に聞いてくれた。そして前向きに検討して、改めてお返事を寄越してくれると約束してくれた。
 うん! 初任務成功だね!

 あたしは初めての仕事を無事に終えて、誇らしげにグムルフのメインストリートに戻ってきた。すぐ帰ろうかとも思ったんだけど、今から街道に向かったら、野宿なんて事になりそうなくらい、お日様が傾いていた。
 そっか。ここはもうほとんどラシナの国みたいなものだもんね。ラシナは朝も遅いし、日が暮れるのも早い。なら安全に帰宅するためにも、この町で一泊した方が安全よね。レディーが一人で野宿なんて自慢にならないわ。
 あたしはそう考えて、めぼしい宿を見つけてドアノブに手を掛けた。だけどドアはあたしが開けるより早く内側に開かれる。
「はにゃ?」
 ドアの内側に立っていたのは、目を見張る程のすっごい美人。出るトコは出て、引っ込むとこは引っ込んでて、完璧にあたしは負けている。あ、いえ別に初対面の相手に向かって、プロポーションの勝負を挑むつもりも勝ち負けを決めるつもりもないんだけど。でもこんな完璧な美人を目の前にすると、やっぱ同性としてなんかちょっと悔しい……かな?
 長い睫と宝石みたいな透き通った紫色の瞳。長い銀髪はサラサラで、それを背中に垂らしている。胸元を誇張するように大胆に襟の開いたドレスを着ていて、華美になり過ぎない程度のお化粧をしていて、こういう旅人が立ち寄るような町には不釣り合いな感じ。絵本で読むような舞踏会で踊ってるお姫様ってイメージが近いかも。そして今、気付いたけど、髪の隙間からナイフみたいな長い尖った耳が突き出ていた。この人もさっきの可愛らしい女の子と同じ、ラシナの民なんだわ。
 やっぱりラシナの民って、見目麗しい美形が多いのかも。
「まぁ、大変ですわ。わたくしったら知らない方にドアをぶつけてしまいましたのね。大丈夫でしたの? お怪我はしていませんかしら?」
 声も綺麗。しかも随分おっとりした上品な喋り方。やっぱりお嬢様?
「え? ああ……えっと。ドアが急に開いたからちょっとびっくりしたけど、でもぶつかってないから大丈夫ですよ。それにドア、内開きでしたし」
「わたくしったらコートの事を考えていると、いつも誰かにご迷惑をお掛けしてしまいますの。困りましたわね。あら、でもドアを誰かにぶつけた衝撃はありませんでしたわ。不思議ですわね」
 あたしの話を聞いてなかったのかな?
「だからドアは内開きであたしはぶつかってないから大丈夫なんですけど……」
「あら? そういえばコートはどこへ行ってしまったんですの? あなた、コートを見かけませんでしたの?」
 なんなの? 一息ごとに話題がコロコロ変わってなんだか付いていけない。
「……コートって誰? あたし、あなたとは初対面なんですけど」
 あたしかちょっと怪訝な目で彼女を見ながら答えると、彼女は指先を唇に当てて小首を傾げた。美人は何をしても様になるわね。
「まぁ大変! わたくしどなたかと勘違いしておりましたわ。コート、どうしましょう? あら? コートがいませんわね。あなた、わたくしのコートをご存知ありませんこと?」
 話題が変わったと思ったらまた元に戻る。
「だから、あたしはあなたと初対面……」
「コート、どこへ行ってしまったんですの? わたくしを置いて行ってしまうなんて酷いですわ。帰ってきたらメッですわよ」
 ……何、この人? 言ってる事が支離滅裂で、あたしと全く会話が噛み合ってない。そもそも会話する気、あるのかしら?
「コート、わたくしあなたに相談がありますのよ。わたくしったら、知らない方にドアをぶつけてしまって……」
「だからあたしはぶつかってないってば!」
 またそこに戻るの!? ちょっと苛ついて、思わず声を荒げる。
「あらそうでしたの? ではコートはどこですの? コート、出ていらっしゃいな。わたくし一人で寂しいですわ」
 あたしを無視して、ちょっと変な美人はあたしの脇を擦り抜けて外へ出て行ってしまった。一体なんだったの? ちょっと寝ぼけてるのか、頭が緩いのかもしれない。変な人だけど、放っておいて大丈夫なのかなぁ? お嬢様って事は世間知らずかもしれないでしょ? 他人事だけど何だか気になるわ。

 あたしは軽い脱力感に見舞われつつも、宿の受付カウンターまで進む。カウンターの奥では別のお客さんと、備え付けの家具がどうのこうのとクレームを付けられている宿主のオジサマが一人でいた。
 クレームを言っていたお客さんは不服そうにカウンターを離れて二階へと上がっていく。あたしはそれを見送って、宿主のオジサマに宿泊手配をしてもらえるよう伝えた。
「一泊で。あと明日の朝、モーニングコールもお願いします」
「はいはい、ありがとうございます。では宿帳に記名をお願いします。あ、代金は前金になりますので」
 あたしは宿帳に丁寧に名前を書き、鞄からお財布を取り出した。
 すると入口のドアがゆっくりと開き、大きな鞄がロビーに入ってきた。あ、いえ、鞄じゃなくて、大きな鞄に隠れるくらい小さい子供が一人。
「……あれ? さっきの子、だよね?」
 大きな鞄を抱えてたのは、さっきあたしが蹴飛ばした物凄く可愛い女の子。彼女もあたしに気付いて、顔を真っ赤にして小さくペコリと頭を下げてきた。
 うーん、やっぱりこの子、可愛いなぁ。仕種がいちいち可愛くて、本当にお人形さんみたい。
「あ、コートニスちゃん。おじさん、止める暇がなかったんだけど、ついさっきお姉さんが出てっちゃったんだ。大丈夫かな?」
 宿主のオジサマが彼女に声を掛ける。すると彼女はいきなり狼狽しだして、慌ててドアを開けて外をキョロキョロと見渡す。
 ん? コートニスちゃんって、この子の名前よね? コートニス……コート、ニス……お姉さん……ラシナの民……。
 もしかしてさっきのちょっと変な美人、この子のお姉さん? それにしては随分年齢が離れてるみたいだけど……。
 彼女は外に目的のお姉さんの姿を見つけられなかったのか、不安そうにオジサマの方を振り返る。
「コートニスちゃんを捜すみたいな事を言ってたようだけど、おじさん、他のお客さんと話しててちゃんと見てなかったんだ。ごめんよ」
 あの子が何も言わなくても、そこそこ意思の疎通ができるんだ、このオジサマ。さすが客商売ね。
「ねぇ、オジサマ。あの子のお姉さんってどんな人?」
 あたしは気になって聞いてみる。
「え? さっき君とドアの所でちょっと話してた、背の高い銀髪の美人がいたろ? あの人だよ」
「やっぱり。でもさっきの人とあの子じゃ、親子くらい歳が離れてるんじゃないの?」
「お姉さんとコートニスちゃんとは十六歳離れてるんだって。コートニスちゃんは幼く見えるけど、あれでももう六歳だよ。春には七歳になるんじゃなかったかな。お誕生日会をしてあげる約束をしたから」
 えっ、あの子が六歳? どう見ても三歳か四歳の幼児そのものじゃない。
これにはちょっと驚いたけど、でも十六歳も歳の離れた姉がいるっていうのも珍しいわよね。ご両親が再婚同士なのかしら?
「お姉さんはかなりおおらかでマイペースな人でね。小さいけどしっかり者のコートニスちゃんが面倒見てるんだよ。ちょっと恥ずかしがり屋だけどね、いい子だよ」
 あたしとオジサマが話してると、コートニスは今にも泣き出しそうな顔のまま、大きな鞄を抱えてそのまま外へと出て行ってしまった。お姉さんを捜しに行く気かもしれない。
「あの子、一人で出て行っちゃったよ? 大丈夫なの?」
「この町には結構長い事いるから、道は大丈夫だと思うけど……」
 ああもうっ! なんだかもどかしい! あの二人が妙に気になるし。
「二人の親は何してるのよ! ちょっとぽよーんなお姉さんと、あんな小っちゃい子を放ったらかしにするなんて!」
「お姉さんと二人で旅行中なんだよ。ウチに長期滞在してくれてて」
 無責任な親ね! 頭の中がお花畑な姉と幼児の二人だけで旅行させるなんて、一体なに考えてんのよ! 危ないじゃないの!
「あたしあの子を追い掛けるわ! オジサマ、部屋に荷物、お願い!」
 あたしは自分の鞄をオジサマに預け、急いで宿を飛び出した。
 あーあ、あたしもお節介だなぁ。

 コートニスの姿を捜すと、幸いまだすぐ近くにいた。夕方の買い物客でごった返すメインストリートの人の波を、逆流できずにあっちの人にぶつかり、こっちの人にぶつかりして、建物の隙間に追いやられていた。そして極め付けに太ったおばさんにぶつかられ、そのまま転んで蹲ってグスグスと泣き出してしまっていた。どうやら心が挫けちゃったらしいわね。
 あー、全くもう……黙って見てらんないわ。
「コートニス。あたしがお姉さん捜すの手伝ってあげるから、もう泣かないの。可愛い顔が台無しになっちゃうよ?」
 ポケットからハンカチを取り出し、あたしはコートニスの涙を拭ってあげる。コートニスは真っ赤になって、あたしをじっと凝視している。
「一人じゃ危ないから。ね?」
「……でも……ご迷惑……から……一人で……」
「迷惑じゃないよ。あなたみたいに小さい子、放っておけないもん。手伝っちゃダメ?」
 コートニスはまん丸い目を更にまん丸くして、あたしをじっと見上げてきた。かっ、可愛い……。
「ありが……う……ござ……ます」
 モジモジしながら何回もペコペコと頭を下げるコートニス。よし、照れて耳の先まで真っ赤になってるけど、コートニスの許可が下りた。
 これってあたしが自分で見つけた人探しの初依頼って事になるのかな?
「あたしはファニィ。オウカの冒険者組合の補佐官見習いなの。だからコートニスはあたしの依頼主ね。あ、これはあたしのお節介だから、報酬はいらないから安心してね」
「……冒険者……組合……」
 あたしの言葉をオウム返しに繰り返すコートニス。
「コートニス……です。よろしくお願……します……」
 物凄く引っ込み思案なんだよね。声が小さいし、あたしの方を見ながらちゃんとお話しできないみたい。でもそういう仕種もこれまた可愛らしい事この上ない。
「あ……姉様……ジュラフィス……です。お顔……は……」
「さっき見たから覚えてるよ。お姉さんの名前はジュラフィスさんね。了解」
 あたしは片手でコートニスの手を引いた。コートニスも小さい手で、あたしの手をぎゅっと握り返してくる。
「あんな美人は滅多にいないから、きっとすぐ見つかるよ。安心してね」
 コートニスがコクコクと頷く。
 あたしはコートニスの手を引いて、ジュラフィスさんを捜し始めた。

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