Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


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 コートが見つからないまま、あたしはひとまずタスクと待ち合わせてるお屋敷の外まで出てきた。
 だってあんまりにもお屋敷が広過ぎるんだもの。部屋とか廊下の作りも似てて、何だか途中で迷っちゃったみたい。あたし、空間認識力にはそこそこ強いと思ってたんだけどなぁ。お金持ちの人の家ってみんなこんな感じなのかな?
 あたしに見つけられないものがタスクに見つけられるとは思えないから、あとはジュラ任せ、かな?
 あのぽよーんのジュラだから心配と言えば心配ではあるけど、でもコートの事になったらジュラの鼻はよく利くし。
 ……あ、でもジュラは正面突破したんだっけ。お屋敷の警備の人たちと乱闘になってたら、コートを捜すどころじゃないわよね。
 うーん……やっぱりもう一度あたしが行くしかないかな?
 草むらで一人悩んでいると、すぐ側の草がガサッと鳴った。あたしは驚いて飛び上がる。声をあげなかったのは、我ながら褒めてあげたいわ。
「誰……?」
 短剣をいつでも抜けるように、柄に手を掛けてあたしは低い声で問い掛ける。
「俺だ」
「なんだ……もう、脅かさないでよ」
「悪い。遠回りして出てきたんで、ちょっとここ見つけるのに手間取った」
 タスクが髪や服に付いた葉っぱを払いながら草むらから出てきた。するとタスクの背後でその草むらがまたガサガサと揺れる。
「こ、今度は誰っ? ジュラ?」
「違う違う。そうビビるなよ。コートだから」
「えっ? あんたコート見つけたの?」
 あたしが驚いていると、草むらから葉っぱまみれになったコートが顔を庇いながらトコトコと出てきた。
「わぁ! 無事だったのね!」
「あ……ファニィさん……ご心配お掛けしてしまってすみません……」
 コートがペコリと頭を下げる。あたしはコートに抱き付いた。
「無事で良かったぁ」
「えへへ……タスクさんに……助けていただきました」
「タスクー。あんた結構やるじゃない」
「こいつ見つけたのは偶然みたいなもんだけどな」
 なんかこないだの洞窟の時といい、タスクったら大活躍じゃない。まだ組合に来て間もないのに。
 魔法使いってこんなに使える奴ばっかなの? それとも単にタスクがツイてるだけ?

 あたしはコートを離して、彼の髪や服に付いた葉っぱを払ってあげた。
「じゃあ後はジュラの回収だけど……キレて正面から突っ込んでっちゃってるしねぇ……どうする?」
「姉様も来くださってるのですか?」
「当然じゃない。ここを教えてくれたの、ジュラだし」
「姉様がよくここを覚えていらっしゃいましたね……ちょっと驚きました」
 コートがジュラにこんな言い方するなんて、このお屋敷はよほど印象薄いものだったのかも。露骨な表現はしないけどコートも、ジュラの記憶力は自分と食べ物の事以外は、ろくに覚えてられないって言うくらいだし。
「……じゃあ……こうしましょう」
 何か思い付いたのか、コートがあたしの手を引っ張る。お屋敷の方へ近付くの?
 コートに導かれてお屋敷の外壁の側へとやってきた。そしてコートが窓の明かりを指差しながら数えて小さく頷く。
「ファニィさん、あの……何か燃やせるもの、持ってませんか?」
「ハンカチくらいなら」
「燃やしてしまっても大丈夫ですか?」
「いいわよ、別に。でも燃やすって言っても火種が無いわよ? それにハンカチ燃やしてどうするの?」
 コートの事だから何か策を考えてるんだろうけど、あたしにはまだそれがよく分からない。
「タ、タスクさん……あの……魔法で火を、点けていただいても……いいでしょうか?」
「俺? 別に構わねぇが、松明か何かにするのか?」
「い、いえ……」
 コートは足下から手頃な石を拾い、あたしの渡したハンカチを括り付ける。
「ファニィさん、あの右から五つ目の窓に向かって火を付けたこれを投げられますか?」
「届くと思うけど……ちょっとズレてもいい?」
「いえ、正確に」
「難しいなぁ……」
 あたしが背伸びして、コートの指示する窓を見上げると、タスクがちょいちょいとあたしの肩を突っついてきた。
「俺がやってやろうか?」
「あんたコントロールに自信あるの?」
 なんか嘘っぽい。自信満々やらかして、失敗して「ごめん、ハハッ」てオチじゃないでしょうね。
「炎の槍の魔法を使う。あれなら狙った場所にまっすぐ飛ぶから、始めの狙いがズレてなきゃ大丈夫だ。魔法ならわざわざハンカチ燃やす必要もないし」
 うわまた大活躍だよ、この魔法使い君は。
 なに? なんかあたしやコートにわざとめちゃくちゃ格好いいところ見せようとしてる? うっわー、やらしーなぁ。わざとらしいなぁ。
「窓をぶち破る時にちょっと周りも焦げるが、それでも大丈夫か?」
 タスクがコートに問い掛けると、コートは頬を赤く染めてコクコク頷いた。
「全部燃やしますから気になさらないでください」
 ……あれ今、さらりとなんかスゴイ事、言わなかった?
 さすがのタスクも思わずえっという顔をしている。
「ぜ、全部燃やすって……何を燃やすんだ?」
「あの別荘です」
「……聞き間違いだと思うから、もう一回聞くね。コート、何を燃やすって?」
 あたしは頬を引き攣らせながらコートに再度回答を求める。聞き違いだよね、聞き違いだよね?
「屋敷を燃やします。そうしたら姉様も避難して出ていらっしゃいます」
 と、当たり前のようにスゴイ発言しちゃうコート。
 怖っ! なにこの子! マジ怖い! さらりとすっごい怖い事言っちゃってるよ! 放火だよ、放火宣言!
 まだジュラとコートが組合に来て間もない頃の悪夢が蘇る。
 あたしはあの時、ちょっとした事でコートを怒らせてしまい、コートの本気の逆襲に真の恐怖を味わった事がある。だからあの時以来、組合で本気で怒らせると一番怖いのはコートだとあたし的認定したの。コートは本気で怒るなんて事は滅多にないけど……。
 今……再認識したわ……。

「ちょっ……マジか、お前!」
「本気です」
 コートがにっこりタスクに笑い掛ける。いやいやいやちょっと! コート、全然目が笑ってない!
 タスクが唖然としてコートを見下ろしている。
「お、俺の魔法だけじゃ、こんなでかい屋敷丸ごとは燃えないぞ。ほ、ほら俺、まだ修行中だし」
 タスクが賢明にコートを引き止めようと、自分の無能っぷりアピールしてるけど、それは無駄な努力だよ。やるって決めたコートは絶対やっちゃうから。さっき自分から魔法使うって言ったからには、コートが今更計画を変更するはずはない。そういうトコ、頑固だからね。
 そういえばコート、さっきから妙にハキハキ喋ってる。なんか凄く楽しそうに。別荘といえど、自分の家を放火するのがそんなに楽しいのかしら? 火遊びが楽しい年頃……っていうのは、コートには当てはまらないと思うし。
「大丈夫です。僕、捕まっている間に、屋敷のあちこちに、一か所が燃えれば次々誘爆するよう火薬を設置してきましたから」
「火薬って……そんなモンどこから調達したんだよっ?」
「え……常に持ち歩いてますけど……」
 と、コートは長めの袖の中から小さな火薬玉を取り出してタスクに見せる。
 ああ、そういえば火薬玉はコートのメイン武器だったわね。あたし、もう驚くの疲れちゃった。これから何を言われても、何を見せられても驚かないもんねー。
「さあ、やってしまってください。タスクさん」
 コートの微笑みの裏側に黒いものが見えた気がした。うう、やっぱりあたし、絶対にコートを敵に回すような事はしない。
「だ、だって燃やしちまったら俺、犯罪者……」
「やってくださいますよね、タスクさん?」
「……犯罪……者は、ちょっと俺……」
「お役人さんの調書は僕が後で細工しておきますから。と言うより、先手を打ちますし、調書を取られるようなミスはしません、僕。だから安心してやってください。タスクさん」
 いつも控え目なコートの圧力……じゃなくて、脅しだね、もうこれは。
「……う……分かった……」
 コートならやる。絶対やっちゃう。自警団やら役人やらの裏からの根回し、絶対簡単にやれちゃう。
 有無を言わせぬコートの迫力に、タスクも根負けしたらしい。全て諦めて承諾をした。
「うう……ジーンの両親や姉貴に合わす顔ねぇ……うぐっ」
 コートがきゅっとタスクのショールの端を掴んだ。タスクは慄いてコートを見る。そして慌てて両手をお屋敷の方へと向けた。
「ど、どうにでもなれ! 槍よ!」
 周囲の空気がもわっとあったかくなり、タスクの手の先に炎が灯った。そして次の瞬間、それは細長い槍の形となって、お屋敷の窓へと一直線に飛んでいった。
 パリンと右から五つ目の窓が割れ、少しして小さい爆発音が聞こえた。それは次々小さい爆発を誘爆し、そして……お屋敷が一瞬で炎に包まれた。

「マ、マジかっ? ちょっと火が激しすぎるんじゃないかっ?」
「そ、そうねぇ……さすがにジュラでもちょっと燃えちゃうんじゃないかしら?」
 さっきはもう驚かないって言ったけど、撤回するわ。お屋敷の予想以上の爆発にかなり驚いた。
「大丈夫です。走って逃げられるよう、順次引火するように、火薬を設置する位置と量には気を配りましたから。あ、ほら姉様です」
 コートが嬉しそうに両手を胸の前で合わせて、燃え盛るお屋敷から出てきた人影を見つめる。だけどその可愛らしい顔が不愉快そうに歪んだ。
「あれ? ジュラさんと……誰だ?」
 煤で汚れたドレスの裾を片手で掴み、ジュラが誰かに向かって鋭い踵落としを食らわせる。だけど相手はそれを両腕で防御して、ジュラの体を押し戻した。ジュラはトンと軽く地面を蹴って、あたしたちの方へと近付いてくる。そのすぐ背後でまた爆発が起こった。
 爆発にも驚いたけど、ジュラの攻撃を受け流せる人がいるなんて……。
「姉様っ!」
「まぁコート、捜しまし……少しお待ちなさいね!」
 ジュラがコートを放置したまま、再び相手との間合いを詰める。そしてその勢いを利用して、相手の喉元に肘打ちを叩きこむ。さすがに今度は、相手の人はジュラの攻撃をまともに食らって吹っ飛ばされる。そのまま蹲って激しく咳き込んでいた。
「ちょ……ちょっとジュラ! ジュラの本気の攻撃食らったら、その人死んじゃうんじゃ……」
「忌々しいですけれど無傷ですよ、母様は」
 コートが低く唸る。え、母様って……ジュラとコートのママ?
 ジュラは相手を吹っ飛ばしてまた間合いを取り、急いでこっちへと駆けてきた。
 うわ! あのジュラが体中に打ち身やら切り傷作ってるよ! 今までどんな危ない場所に行っても、危険な相手と戦っても、ホントにかすり傷一つしなかったジュラがよ?
「コート、いらっしゃい! ファニィさん、タスクさん、走りますわよ!」
 ジュラがコートを素早く抱き上げ、あたしとタスクの間を走り抜けた。あたしとタスクは慌ててジュラを追う。
「な、何がどうなってんの?」
「姉様に体術を教えたのは母様です」
 すごく納得した。
 ジュラの人間離れした技と怪力は母親譲りって訳ね。そしてあそこで吹っ飛ばされてフラフラしてるのが、ジュラとコートのママ。師匠に当たるママが、弟子であるジュラを技において上回る事はないって訳ね。でもジュラの怪力は天性のもので、ママにもそれがあるっていうの? っていうか、そんなの遺伝する?
 あたしが疑問に思っていると、背後から野太いおばさんの声が聞こえてきた。
「ジュラフィス! こんな真似をしてタダで済むと思わない事ね!」
「今度わたくしからコートを引き離そうとしたら、腕を折るだけでは済ましませんわよ!」
「うぇっ! ちょ……ジュラさん! お袋さんの腕、折っちゃったんですか?」
 タスクがジュラの顔を覗き込む。
「次こそは首の骨を砕いて差し上げますわ」
「ジュラそれ駄目! 死んじゃう!」
 ジュラの怪力で首折ったら、ホントに死んじゃうってば。あたしでも死ぬかもよ?
「あの女はこの程度では死にませんわ!」
「姉様。次は僕も加勢します」
「まぁコートはお利口さんね。期待してますわ」
 やーんっ! この姉弟、あたしの予想以上に怖い姉弟だったんだわ! これが本当に普通の人間なの? あたしより魔物の血が濃いんじゃないの? もう何を信じていいのか分かんない。
 あたしたちはジュラとコートのママの追跡を逃れるべく、とにかく必死に夜の森を駆け抜けた。

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