Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


       3

 グランフォート家の別荘だと言う、オウカの外れにある屋敷に潜入した俺とファニィ、そしてジュラさんは、闇に紛れるようにして、こっそりとコートを捜していた。
 いや、こっそりしているのは俺とファニィだけで、頭に血の昇ったジュラさんは、俺たちが止める間もなく屋敷の真正面から堂々と乗り込んでいってしまった。そのお陰で俺とファニィは、裏口からこっそり秘密裏に屋敷に潜入できたとも言える。

 ジュラさんがコートに対して、病的と言うか盲目的と言うか、異常とも言えるほど溺愛し、過保護過ぎるほど過保護なのは知ってたが、いつものほほんと能天気なあの人が、ここまで露骨に怒りを露わにしてハキハキした人格に豹変するとは思っちゃいなかった。ジュラさんだってやる時はやるんだと分かった一件だった。
 日の暮れた市場でコートの帽子を見つけてからすぐにここへやってきたんで、あまり詳しく事情を聞いている暇はなかったんだが、どうやらジュラさんとコートは訳アリでグランフォート家を飛び出して来たらしい。
 道理で、俺が冒険者組合の面接でジーンの実家を家出してきたって元締めに告げた時、元締めがファニィを見てゲラゲラ笑っていたはずだ。ファニィのチームには、俺と同じく現役の家出娘と家出息子がいたんだからな。
 名家である実家が嫌で飛び出してきたという点は俺と同じ。ただその理由までは同じとは限らない。無事にコートを取り戻せたら詳しく聞いてみよう。これだけ大騒ぎに巻き込まれたんだ。俺にだって聞く権利はある。
 屋敷の中に潜入した俺はファニィと別れ、手分けしてコートを捜す事にした。
 しかしまさかあのグランフォート家の別荘に侵入して、こそこそ泥棒のような真似をする羽目になるとは思っちゃいなかった。
 俺も相当、ゴタゴタに首を突っ込むようになっちまったな。昔はこうじゃなかったはずなんだが、どうもこのオウカに来てから……いや、ファニィに絡まれてから、俺の人生の歯車が思いも寄らぬ方向へ、全力でフル回転しているような気がしてならない。事実そうだとしても、むしろ考えたら負けのような気がするから考えないでおこう。

 いくら正面玄関からジュラさんが単身乗り込んで大騒ぎになっているからと言っても、どうも警備が手ぬるい気がする。さっきから警備の人間どころか、屋敷の手入れや家人の世話をする人間の気配すらない。別宅という事だし、でかい屋敷だから、人手が足りないのだろうか?
 でもそのお陰で隠密行動が得意でない俺でも、易々と探索ができるというものだ。
 俺は耳を澄ませて物音を探った。静かな夜だから、屋敷内の小さな物音もよく聞こえる。
 足音を忍ばせて屋敷の廊下を歩いていると、廊下の突き当たりの部屋からコトリと小さな音がした。家人か?
 家人だとすれば、いきなり部屋に飛び込んで、騒がれたりすれば俺の身も危険だが、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言う。
 俺は少し迷い、意を決して部屋に入る事にした。どうせならさっと飛び込んで、用がなければさっと逃げてくればいい。
 ドアのノブを掴んで小さく深呼吸し、バッと一気にドアを開いた。そして薄暗い室内に飛び込んだ刹那、足下に転がっていた固まりに蹴躓いて派手に転倒した。
「どわっ!」
「ひゃうっ!」
 俺が蹴飛ばしたものは可愛らしい悲鳴を挙げてコロコロと床を転がる。
 イテテ……もしかして俺、いきなり見つかったとか? こうなりゃ俺が躓いた人間だかペットだかを黙らせて逃げるが勝ちだ。
 俺は床に派手に打ち付けた膝をさすりつつ、なんとか体制を整えて捕縛の暗黒魔術を放とうと、床に丸くなっているそいつに向き直った。
 まっすぐで柔らかそうなサラサラの蜂蜜色の髪と白い肌。透き通るようなまん丸い青い瞳と小さいながらも整った顔立ち。どこからどう見ても可愛い愛らしい幼女そのものだが、実はれっきとした男である。

「コート!」
「……っあ……タスク、さ……ん」
 俺の面を見るなり、みるみる紅潮していく顔。そして今にも声をあげて騒ぎ出しそうになっているコートの口を押さえてその小さな体を抱え込み、俺は急いでドアを閉めた。そのまま気配を殺して廊下の様子を伺う。
 外は……静かだな……よし、誰にも気付かれなかったみたいだ。
 俺は腕の中のコートをまじまじと観察した。どうやら怪我もしていないし、体調が悪いという事もなさそうだ。
「おい、コート。大丈夫か?」
 声を掛けてからふと疑問が浮かぶ。誘拐されたはずのコートが、監禁されているはずの屋敷で、一人で自由に動き回れるものか? こんな屋敷の隅の突き当たりの薄暗い部屋で何をやっていたんだ? 誘拐されたのなら拘束されててもおかしくないだろう。
「お前、何やってたんだ?」
 真っ赤な顔をしたまま、コートは緊張で硬直したままだ。俺はコートを離してペチペチと軽く頬を叩いてやった。はっと我に返ったかのように、コートが両手で口元を押さえて俺を前髪の隙間から見上げてくる。
「ほら。とりあえずゆっくり深呼吸して落ち着け。落ち着いたか?」
 コートは胸を押さえて数回息を吸い込み、俺に向かって小さくこくんと頷いた。
「よし。お前、今現在、自分が置かれている状況は分かってるな?」
「は、はい……きゅ、急に抱擁されてしま、しまって……驚いて、います……」
 断じて違う。
「殴るぞ」
「す、すみません。あの……き、着替えていました」
 コートが脱ぎ捨てたらしい仕立てのいい子供服が床に散らばっている。仕立てはいいが……正直趣味は悪い。こんな絵本の中の馬鹿王子が着るような服、何かのコスチュームプレイか?
 俺が求める答えとは違うが、まぁ良しとしよう。落ち着いたようだし。
「お前、誘拐されたんだって聞いたけど。お袋さんに」
「はっ、はい……母様の雇った人たちに……えと、市場で捕まってしまって……」
「自分の親が自分の子供を誘拐する理由が分からねぇ。順序立てて説明しろ。ただしあんまりゆっくりはしてられないぞ。ちゃんと喋れよ。俺はこの誘拐騒ぎに巻き込まれた被害者なんだから、真実を知る権利はあるはずだ」
「は、はいっ……」
 コートは水色のケープの乱れを直し、もう一度深呼吸する。そしていつものように、緊張で言葉を詰まらせながら説明を始めた。
「あ、あの……グランフォートの先祖の遺産に関する情報を……僕に喋らせるために、僕、捕まってしまったのです」
「先祖の遺産?」
 いきなり訳分かんねぇし、胡散臭い事この上ない単語が出てきたな。
 なんで誘拐の理由を聞いて『先祖の遺産』なんて単語が飛び出てくるんだ?
「えと……グランフォート家はラシナでは、古い名家として名が通っていますけれど……その……実は由緒あるのはもう家名だけで、家にお金がないのです。だから……母様は当面の資金繰りのため、遺産の唯一の相続人である僕に目を付けたみたいです」
 確かにコートは天才児だが、遺産の相続人というのはおかしいだろう。本当にそういった類のものがあるとしても、普通ならば当主や長子に伝えられるものじゃないか? コートにはジュラさんという、歳の離れた姉もいるんだし。今どき『女だから駄目』とかいう、時代錯誤のふざけた理由じゃないだろうな?
「姉を差し置いて弟が遺産相続人というのはおかしくないか?」
「えっ、と……それは……」
 コートが口籠もる。そして目を泳がせ、言葉を濁す。
「言いにくい事なら言わなくてもいい。気にはなるが、他人の家の財産がどうとかいう問題は、俺が首を突っ込んでいい話題じゃないしな」
「……い、いえ……言います。あの、でも……ここだけのお話という事で……」
「ああ、分かった」
 ジュラさんとコートが家を飛び出してきた理由が分かるだろうか?
「僕と……姉様、ジュラ姉様の間には、あと二人、姉がいます。ルミエス姉様とレティス姉様……」
「男はお前一人だから、末弟でも後継者って事か?」
「い、いえ、そういう事ではなく……その……ごめんなさい……」
 話を急ぎ過ぎたようだ。どうもコートとの会話はまどろっこしくて面倒臭いな。仕方ないっちゃ、仕方ないんだが。
 コートは口元に指先を当て、細い眉をしかめる。
「あの……僕とジュラ姉様、母様は同じですけれど……父様が違うんです。他の姉様方も、全て父様が違っていて……」
「初代当主が亡くなったのか? その次もその次も」
「いえ、健在です。でも……家にはいません。母様が追い出しました。今いるグランフォート家の……名目上の当主は僕たちきょうだいの誰の父様でもありません。それどころか、家柄も……よく分からない人です」
 正直かなり驚いた。きょうだい毎に父親が違って、今はどこの馬の骨とも分からない男が当主だと? コートが言葉を濁したくなる理由がなんとなく分かった。
「ジュラ姉様の父様は正当なグランフォート家の血筋なのですけれど……姉様が幼い頃に家を追い出されたそうです。その……つまり……母様はグランフォートという家名と財産をジュラ姉様の父様から奪って、ご自分の気に入ったかたと次々関係を持たれて……家のお金をどんどん食い潰していく狡猾で醜い害虫なんです」
 吐き気がした。
 名家と言われる名のある家庭には、何か色々と揉め事があるというのが常だが、こんな十歳やそこらのガキに、害虫とまで言わしめるような性根の腐り切った母親がいるとは。
 つまりだ。
 グランフォートの奥方は、初代当主に上手く取り入り、そしてジュラさんという子をもうけた後、正当なる初代当主を家から追い出した。その後、自分の気に入った男を取っ替え引っ替え好き放題し、莫大であったであろうグランフォートの財産を食い潰してきた訳だ。
「お前のお袋さんの腐敗根性はよく分かった。遺産とかって話はどうした?」
「ええ、それなん……ですけど……母様がグランフォートの財産を食い潰して、先ほども言いましたとおり、今その地位は古い由緒ある名前だけなのです。でも……えっと……姉様の父様のお祖父様がとても価値のある研究をされていて、その秘密を遺産として隠しているんです。その秘密を知っていて理解しているのは、今のグランフォートの家では僕、だけ……なんです」
 なるほどね。だからコートを誘拐して、その遺産の場所を吐かせるつもりだったのか。金のために我が子まで利用しようとするなんて、とんでもない母親がいたもんだ。
 でも、あれ? コートしか遺産の場所を知らないって……ジュラさんの親父さんの祖父さんなんだろ? それってコートはまだ生まれてないんじゃ……。
「おい。ジュラさんの親父さんの祖父さんが生きてた頃って、お前まだ生まれてないだろ?」
「は、はい。お会いした事はありませんけれど……研究資料を読んで解読しました」
「は? それってお前が何歳の時の話だ? つい最近か?」
「……えと……姉様を連れて家を出る時ですから……僕が四歳で、姉様が二十歳の時……です」
 天才児だという事は分かってたが、とんでもないガキだな、コートは。組合が年齢制限に引っかかろうとも、特例としてでも欲しがるだけの頭脳は持ってるという事だ。もしかしたら、ジーン一の賢者として名を馳せる姉貴を凌ぐ知識を持っているのかもしれない。知識だけなら。
 俺の四歳の頃っつったら、鼻たらして家の中を我が物顔で駆け回ってたぞ。
 しかし四歳のガキが成人してる姉を唆して家出なんか企てるものか? その辺がまた新たな謎だな。
「遺産を渡すまいとして家を飛び出して来たのか?」
「……そういう訳では……ないですけど……遺産の資料なんて僕、興味が持てなかったですし……」
 解読したという研究資料は、コートの食指が動くような内容じゃなかったらしいな。
「僕、母様も他の姉様たちも嫌いです。でもジュラ姉様だけは大好きなんです。僕が小さい頃から、姉様は僕に優しくしてくださいましたし。姉様を守るために、僕は姉様を連れてグランフォートを出ました。これが一番の理由です」
 普段は極度のあがり症と内向的な性格のために、物事をはっきり口にできないコートが、この時ばかりはきっぱりと言い切った。
 だが身内が嫌いだとか、その程度で家出なんて考えつくか? 四歳だぞ? 反抗期だとしても早過ぎるし、行動的過ぎるだろう。
「でもさ、コート。お前が口を割らない限りは実家にいても身の安全は保証されるだろ? そればかりか、お前の頭なら母親を言いくるめて逆にグランフォート家を乗っ取れるんじゃないのか? 命の危険が伴うような冒険者なんかやってるより、ずっと安全で快適な生活ができるんじゃないのか?」
 コートはもどかしそうに首を振り、俺を見上げてもう一度はっきりと言った。
「あんな家や家名に縛られるなんて嫌です。それにあの家に残れば、姉様は母様に利用されて切り売りされるだけです。姉様を守る事が僕の幸せなんです」
 ジュラさんの弟過保護っぷりも相当だと思ったが、コートのジュラさんに対するシスコンっぷりも相当なものらしい。もしかしたら俺に対する同性偏愛思考よりもジュラさんの方が大切なんじゃないか?
「じゃあ遺産とやらをくれてやって、きっぱり縁を切ってもらうのは駄目なのか?」
「僕自身は……あの研究に興味はありませけれど、あんな人にひい祖父様の大切な研究を渡したくはありません。然るべき時がくるまで僕が管理します」
 頭の良すぎるガキは、人によってはこまっしゃくれて可愛げがないと感じるものだが、俺はこういうの、嫌いじゃないぜ。むしろ、あの内気なコートにも、こういう強い意志があるという点は好印象だ。

 俺は手を伸ばしてコートの頭をくしゃりと撫でてやり、目を細めて笑い掛けてやった。
「分かった。グランフォートなんて家柄に縛り付けられてるお前よりも、確かにジュラさんの膝の上で一緒にのほほんとお茶してる方がお前らしいよ。だったらこんな所、さっさと抜け出すぞ」
「はい!」
 コートは頬を染めて嬉しそうに微笑む。
 ぐ……思わず頬ずりしたくなるような天使の微笑みだぞ、これ。可愛いなんてモンじゃない。ファニィがいつもしてるように勢いでハグでもしようものなら、コートが調子に乗りかねないから絶対に手を出したりしないが。
 落ち着けー、俺ー!
「じゃあ俺に着いてこ……」
「あっ……タスク、さ……ん……」
 コートが遠慮気味に俺のショールの端を掴む。いつもの内気な調子に戻っちまってる。
「どうした? とっとと抜け出さないと、もし誰かに見つかりでもしたら……」
「あ、いえ……その……秘密の抜け道、こっちです……」
 コートが俯き加減の上目遣いで、奥の暖炉を指差す。
「……よく抜け道なんて知ってたな」
「あ、え……は、はい……あの……えと……ラシナの本宅と、オウカ、エスタの別荘の間取り図は……全部覚えてます……」
 俺は苦虫を噛み潰したような表情になって、無言でポリポリと頭を掻いた。気まずい……。
「……案内しろ……」
「は、はい……」
 くそっ……これじゃどっちが助けに来たのか分かりゃしねぇ。
 ……そういやコートは、昼間の市場での身勝手な嫉妬の事、もう忘れてるみたいだな。このままにしておこう。ややこしいのは御免だからな。

     4-2top4-4