Light Fantasia オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、 健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー! |
3 五年ぶりに見る実家は、何も変わっていなかった。大きな門と、三階建ての屋敷。二階の一番左に見える窓が俺の部屋で隣が……いや。今は感慨にふけってる状況じゃないな。 俺は小さく深呼吸し、門を護る番兵に歩み寄る。ああ、この人もまだウチに仕えてくれてたんだ。 俺のガキの頃から番兵をしてくれてる、親父の弟子だ。 「……お久し振りです。イムラさん。タスクです。今、戻りました」 「坊? お、おお! ご無事で!」 イムラさんは俺の肩を懐かしそうに叩き、何度も両手を合わせる。 「親父たちはいますか? あと姉貴は女王の神殿ですか?」 「キミチカ師匠とレナ様、ミサオ様もご在宅ですわ。坊が帰った言うたら、大喜びしますで」 ジーンの独特の方言とアクセント。俺が家出してから長く聞かなかった話し方で、イムラさんは答える。 「そうか。ありがとう。あと後ろは俺の連れだから」 「どうぞどうぞ。みなさん、ようこそジーンへ。歓迎します」 俺はファニィたちを連れて家に入り、とりあえず客間へ三人を案内した。それから厨房に行き、家の給仕や掃除なんかをを手伝ってくれてる使用人たちへ、俺が帰った事を連絡する。出て行く前と変わらず誰も辞めてなかったし、昔からの顔触れだったからすぐに話が通じて良かった。 「じゃあ客間で待ってるから、親父たちを頼むよ」 利き手じゃないとはいえ、人数分のお茶を乗せたトレイくらいは持てる。俺はお茶を四つ用意して、ファニィたちの待つ客間に戻った。 「門の所にいたおじさん。いい感じの人だったわね」 女王の統括区に入ってから、ファニィたちにも精神的に辛い思いさせてたからな。イムラさんみたいな友好的な反応はホッとしただろう。 「あの人は親父の弟子で、俺がガキの頃からウチに仕えてくれてるんだ。使用人の人たちも全然変わってなかった」 「そうなんだ。あ、お茶さっそくもらっていい? 喉乾いちゃってさ」 「ああ、そっか。お替わりも用意してくりゃ良かったな」 冷えたお茶だから、ジーンの暑さに参ってたファニィたちにはさぞかし美味く感じるだろう。お替わりのポットも持ってくれば良かったぜ。 「ん、いいよいいよ」 ファニィが美味そうにお茶を飲む。ジュラさんも嬉しそうにグラスに口を付けていた。 だがコートはグラスを持ったまま、きょろきょろと壁の装飾を見ている。 「どうした、コート?」 「あ……す、すみません、不躾にじろじろと……その……ジーン独特の装飾建築が珍しくて……」 ははっ。こいつはどこ行っても何を見せても、研究材料の宝庫だな。 「じゃあ後でゆっくり見物するといい。案内ならあとで誰かに……」 俺がそこまで言い掛けた時だ。客間のドアが無遠慮に勢いよく開き、二つの人影が俺に突進してきた。 「痛ぇーっ!」 骨折した腕を見事にホールドされ、俺は悲鳴をあげる。 「タスク無事やったんか! 心配しとったんやで! どこほっつき歩いとってん? トーチャンに顔見せてみ!」 「タスク元気にしとったか? 生水飲んでおなか壊してへんやろね? 食べるもんちゃんと食べとったか? オカーチャン心配で心配で夜も寝られへんかってんで! 痩せたやろ!」 はぁ……やっぱきたよ、親父たちの怒涛の「心配してたんだぞ」責め……。 ある程度予想してたとはいえ、この早口での矢継ぎ早の質問責めは以前より凄まじくなってないか? これを予想してたから、ファニィたちをあまりウチへ連れてきたくなかったんだが……もう遅いな。 「え、えーと……」 さすがのファニィも、親父とお袋の異常過保護を目の当たりにして、言葉を失っている。何というか……ジュラさんのブラコンと、コートのシスコンとは、また違った意味の過保護にされてんだよな、俺……。 「親父もお袋も! 客人の前なんだから、恥ずかしい真似やめろよ!」 俺が両親に怒鳴り付けると、親父とお袋は俺を離さず、物珍しげにファニィたちを見る。 「ありゃー。これまた別嬪さんがいっぱいやね」 「タスクあかんでぇ。ジーンは一夫一妻制。別嬪さんの誰か二人諦めてもらわな」 なっ……なんでそこに思考が直結するんだ、親父! 「そうじゃねぇよっ! つか、いい加減離せ! 腕折れてんだから、俺!」 「あっ、ホンマや! どないしたんや? コケたんか? あんた昔っからそそっかしいトコあるさかい……」 「お前どないすんねん! 腕折っとったら包丁握られへんやろが!」 いや、そこは魔法が使えないとか言うのが、魔法使いの親じゃねぇのかよ。まぁ……本当に使えなくなってるんだけど……。 「コートニス君、元気やったぁ?」 「はい、ミサオお師匠様。ご無沙汰しています」 姉貴はマイペースでコートの傍にしゃがみ込んで、奴の手を握ってニコニコヘラヘラ。 「ジュラフィスさんも相変わらず綺麗でお元気そうで。ファニィちゃんも元気やったぁ?」 姉貴、挨拶はいいからこの親どもをどうにかしてくれ……。 「……タスク……お前……」 親父が急に真顔になって俺の右頬に触れる。お袋も気付いたらしく、先までの過保護馬鹿親っぷりな様子が消えていた。 「オトウチャン……タスクから何も感じひんよ、ウチ」 「ワシもやで。タスク……どういう事や?」 何も感じないとは、魔力を感じないという事だ。 そうだよな。親父たちほどの魔法使いなら、俺の魔力が失われた事なんか、いとも容易く見抜けるはずだ。 「それは……」 俺はチラリとコートを見る。コートはビクッと体を強張らせ、俯いてしまう。それに気付いた姉貴は神妙な顔付きになって、やや動揺した視線を俺に向けた。 「……封じたんか?」 姉貴の言葉に、俺は無言で頷いた。 「封じた? ミサオ、タスク。どういう事や?」 「順番に話するよ。ファニィ、まずそっちの用事から片付けよう」 「へっ? あ、うん」 ファニィは大事に背負っていた鞄を降ろし、中を探った。 「親父もお袋も姉貴も、とりあえず座ろうぜ」 家長席に親父、そしてその両サイドの長椅子に、俺たちは腰を下ろした。 「ミサオさんから、オウカの冒険者組合に依頼いただいた件。無事完了しました事をご報告に上がりました」 ファニィが形式に乗っ取った言葉を紡ぎ出す。 「タイガーパール、見つかったん?」 「はい、ご確認お願いします」 ファニィは厳重に保護した箱を開き、中から布にくるまれたタイガーパールを取り出す。 「間違いあらへん。これやわ!」 「ありがとう、おおきに! 冒険者組合の……ええと」 「あ、すみません。名乗ってませんでしたね。失礼しました。あたしは補佐官のファニィ・ラドラムです。こちらはジュラフィス・グランフォート、こちらはコートニス・グランフォート。ご紹介が遅れました事をお詫びします」 ファニィに倣い、ジュラさんとコートが少し腰を浮かせて頭を下げる。 「ミサオが冒険者組合に捜索依頼出すて言うた時は、どないしょうかホンマ迷いましたわ。けど任せて良かった。もっぺんお礼言わせてください。ありがとうございます。ホンマおおきに」 「ありがとう、お嬢さん方」 親父とお袋が両手を合わせて何度も頭を下げる。タイガーパールが無事に戻って、俺もホッとしたよ。 「おとん、おかん。ウチ、これ宝物庫にしもてくるわ」 「頼むで。それでタスクの話はしててええんか?」 「そやな……」 姉貴はタイガーパールの台座を持ったまま、口元に指を添える。 「ウチ戻るまで待っててくれるか。ウチもちょっと話に噛んどるから」 「わかった。オカアチャン。ファニィさんらのお茶、冷やこいの淹れ直しといで」 お袋は親父に言われた通り、トレイにグラスを集めて客間を出て行った。 「しっかし大きゅうなったなぁ、タスク」 「そりゃあ……成長期の五年、会ってなけりゃな。図体だってでかくなるさ」 俺は少し照れ臭く、頭を掻く。 「魔法もろくに使われへんお前が家出してしもて、ワシらもう二度とお前に会われへんと思てたわ」 「それなりに苦労もしたけど、ま、何とかな」 「絶対どっかで野垂れ死んどる思てたわ。魔物の餌になってると思うて、近場の魔物の巣穴、見に行ったりしてなぁ」 「簡単に息子を殺すなよ!」 この親父は息子が可愛いのか殺したいのかどっちなんだ? でもまぁ……口じゃこういう事を言うが、俺をずっと〝守って〟きてくれた両親だ。 忌まわしき血の〝魔術師〟を庇っていると、俺の知らない所でもきっと、罵声を浴びせられても石を投げ付けられても、懸命に俺を守って育ててくれていたんだろう。俺の前で馬鹿親みたいな振りをしておちゃらけて見せるのは、そういったものを悟らせないように気を使ってくれてるんだ。昔はそういったものがうざったらしく感じていたものだが、今になって思えば、親が子を守ろうとする無償の愛情だと理解できる。今更、面と向かってありがとうなんて照れ臭いが、何かの形で返せればな、とは思う。 そうこうしている内に、お袋と姉貴が戻ってきた。いよいよ、俺の話、か。 |
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