Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


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 他国の文化をあまり受け入れない、そして自国の文化もあまり国外へ流通させない。そんな閉鎖的な環境の、女王が治める国ジーン。
 そんなジーンの領土に入り、タスクの口数は極端に減っていた。暑さで参ってる……訳じゃないよね。参ってるのはジュラとコートだし。
 そういえばこいつ、魔法使いになるまでジーンには戻らない、なんて大口叩いて家出してきてるんだもんね。そりゃあ帰りづらいわ。

 女王の神殿があるという町。つまりタスクの実家がある町の入口にあたしたちは到着し、そして若い警備兵に止められた。
「これより女王の統括区になります。外部の方はお約束のある方以外、ご遠慮いただいております」
 あたしたちを見下してる訳じゃないと思うけど、とにかく「よそ者はあっち行け」って言ってる訳よね? 言葉は丁寧だけど、なんかちょっと態度が横柄。
「あたしたちは、ミサオ・カキネさんに用事があります。連絡を取ってもらえればすぐ分かるわ」
「賢者様に? 冗談を」
 警備兵の目付きが、明らかにあたしたちを見下したものへと変化した。賢者様の知り合いっていうのを嘘だとでも思ってるのかしら? きっとそうよね。
 でもミサオさんからの依頼は、あくまで秘密裏にしなきゃいけない事。まさか盗まれたタイガーパールを取り戻してきましたなんて言えないし。どうやって説明しようかしら?
「あのね。とにかく連絡してみてよ。あたしはオウカのファニィ・ラドラム。ミサオさんとはオウカで直接会った事が……」
「ファニィ、ここは任せてくれ」
 あたしたちの一番後ろで息を潜めてたタスクが、あたしを制するように前に出てきた。警備兵がタスクを見る。
「俺はタスク・カキネ。賢者ミサオ・カキネの弟です」
 警備兵の表情が訝しげなものに変わる。
「……〝カキネ家の魔術師〟……これで意味が分かりますか?」
「あの魔術師の……ッ!」
 警備兵の顔色が一瞬にして真っ青になる。ミサオさんとタスクの関係に驚いたというより、魔術師という単語に恐れ慄いてる感じ。
「ど、どうぞお通り下さい!」
「……安心していいですよ。魔術師と会話したくらいでは、あなたに何も影響はないですから。みんな、行こう。こっちだ」
 タスクは少し複雑な雰囲気の笑みを浮かべて、警備兵の隣を通り過ぎた。あたしたちは慌ててタスクの後を追う。警備兵はチラチラと横目で何度もこっちを見ていた。

 町の中心地まではまだ少しあるのか、家の数はパラパラとまばら。だから日陰になるような所もなくて、あたしはフラフラ歩いてるコートの汗をタオルで拭いてあげる。
「あ……す、すみません」
 コートはちょっと意識が朦朧としてるみたい。
「もうすぐだからね。あとちょっと頑張ろ。ジュラもね」
「ええ……」
 ジーンの暑さは前にタスクに聞いてたけど、その話以上に辛い。ジュラもいつもなら長い銀髪を背中に流してるだけだけど、今日ばかりはくるっと巻いて頭の上に結い上げている。そして日除けの薄いヴェールを被ってるわ。
「あの小さい丘を越えたらカキネ家の私道に入る。そこからまだ少し歩くが……休める所、は……その……無い、から辛抱してくれるか」
「一応町なんだし、お茶屋さんくらいありそうだけど。あ、やっぱ外国人は遠慮してくださいっていうさっきのアレ?」
 国内の人間しか近づけない地区なら、外国人にお茶や休憩場所を提供するお店がなくてもおかしくないわよね。町中だから道端に座り込んで持参の水をって訳にもいかないし。うわ、それならさっき、もっとお水飲んでおけば良かった。
「いや……茶屋くらいは、あるんだが……その……つまり……」
 タスクが言い難そうに尻すぼみに言葉を途切れさせる。そして視線を地面に落とした。長い沈黙の後に、タスクは視線を落としたままぽつりと呟いた。

「……俺が、いるから……遠回しに追い出される」

 コートがあたしの隣で息を飲むのが分かった。
「なんなの……それ? 意味……分かんない」
 そう言いながら、あたしはタスクの言いたい事を理解した。理解せざるを得なかった。

 あたしはタスクじゃないのに、魔術師じゃないのに、魔法使いじゃないのに、全身が怒りと悔しさで震えてくる。
 タスクが〝魔術師〟だから、お店に入っても追い出されるって事なのよね? タスクは何もしてなくても、ただ〝魔術師である〟ってだけで、みんなに嫌煙されて、怪訝な顔されて、突き放される訳よね?
 あたしはこの時になってようやく、タスクが〝魔法使いになる〟という事にやたら執着している意味を悟った。
 生まれつきの、こんな本人の意思でどうにもならない理由で、誰からも避けられて、疎まれて、突き放される、多数対一人の、卑劣ないじめのような迫害を、タスクはずっと受けてきてたの? だから魔法使いになって、自分を認めてもらおうと躍起になっていたの?

「……あ、ああ……そうか。全員で固まってる必要はないんだよな。お前らだけで店に入って休憩すればいいさ。俺はどこか見えない場所で待ってるから」
 タスクが無理やり笑顔を作って片手をヒラヒラ振って見せる。その笑顔は凄く無理してるのがはっきり分かる。あたしたちに余計な気を使わせまいとしてるんだと思うけど、でもそれが全て逆効果になってる。そんな顔見せられたら、あたしたち……どうすればいいのか分かんないじゃない。何て答えたらいいのか分かんないじゃない。
 あたしは拳を握り締めて、黙って自分の中にある怒りと悔しさを堪える事しかできなかった。
「……あ……えと……えと、あのっ……あの! ぼ、僕まだ元気です。ね、姉様も平気ですよね? 早くミサオお師匠様の……あ、違う。タスクさんのお家に行きましょう。僕、久しぶりにミサオお師匠様とお話ししたいです」
 コートがジュラとあたしの手を取り、にこっと可愛らしい笑みを浮かべる。コートもタスクの事、気付いたんだ。だからこんな明るく笑って見せて。
「あ、ああ。じゃあ、こっちな。こっちの道なら少し遠回りになるが、日陰もあるから」
 タスクが包帯を巻いた腕を庇いながら、表の道から外れた細い道を指差す。
「なぁんだ。日陰があるならもっと早く言ってくれればいいのに」
 あたしは軽口を叩きながらタスクの顔を見ないようにして、さっさとタスクの指差す細い道に入る。駄目……タスクの顔、見られない。見たらあたし、自分の感情、抑えられなくなっちゃう。
「ほーら。ジュラ、コート。早く行こう。タスクもさっさと道案内しなさいよね」
 早口に言い、あたしはコートの手を握る。コートも必死に泣くまいと我慢してるような表情だった。
「……わたくし、まだまだへっちゃらさんですのよ」
 いつもマイペースなジュラまでもが、十中八九、自分の本当に言いたい事と真逆の言葉を口にしていた。
「……ごめん、な……みんな……」
 あたしの横を通り過ぎながら、タスクは小声で呟いた。あたしたちに聞こえないように言ったつもりなんだろうけど、あいにくとあたしの聴力は魔物並、そしてジュラとコートは耳のいいラシナの民だから、ばっちり聞こえてちゃったのよね。
 いいわ。タスクがそういうつもりなら、あたしたちは極力今まで通りに振る舞うまでよ。タスクだってそうしてほしいんでしょ?

 横道とは言え、昼間だもの。人通りがゼロって訳じゃない。あたしたちは〝ジーンでは珍しい外国人〟っていう異質な者として、道行く人から注目を浴びていた。タスクは自分の顔が見えないようにしたいのか、日除けの布を深く被って俯いて歩いている。
「もっと外交に盛んっていうか、他の国に対して友好的になれば、こういうイヤーな視線ってなくなると思わない?」
「ジーンは確かに閉鎖的な国ではありますけれど、で、でも中立国として……成り立っています。ま、魔法……という特殊な文化も……構成を理解すれば誰でも簡単に悪用できることを考えれば、あまり派手に流通させて国家資産として運用する訳にもいきません、から……こういった閉鎖的な手段をとるといった状況も仕方ないのでは……ないでしょうか?」
 コートと政治的な話題で話をしながら、でもさすがにコートの知識にあたしが勝てる訳もなく、あたしはすっかりコートに言い負かされてしまった。ちょっと悔しい……。

「ねぇファニィさん」
 ジュラが指先を唇に当てて首を傾げながら問い掛けてくる。
「なに? ジュラもあたしたちの会話に加わりたいの?」
「わたくし難しいお話は苦手ですわ」
「なら何か用?」
 ジュラがにこりと微笑む。
「ジーンには一体どんな名物のお料理がありますの? わたくし今夜の夕食が待ち遠しくていますの」
「また食べる事ぉ?」
 あたしは苦笑して肩を竦める。
「コート。ジーン特産の食材は?」
「え、ええと……」
 コートが頭の中の引き出しを引っ張り出すより早く、タスクが口を開いた。
「ジーンは山岳方面で良質な米や麦が収穫されるから、前に出したようなライス系のものと麺類だな。あと海も近いから魚介類も。多分今夜は、親父が作ってくれると思うぜ」
 そこはお母さんって答える所なんじゃないかしらね? タスクの家って、男が厨房に立つ家なの?
 あたしはおかしくなってくすっと笑った。
「それはそれで楽しみね」
「ああ。親父の料理は俺なんかより……っと……」
 振り返りながら話していたタスクは、対向からやってきた人にぶつかった。その反動で頭から日除けの布が落ちる。
「すみません。よそ見していて……」
「カキネ家の魔術師!」
 ぶつかった人が、タスクを指差して声を張り上げた。途端に周囲の人が、クモの子を散らすようにさっと身を引き、遠目にあたしたちの様子を伺うようになる。そしてタスクがぶつかって声をあげた人は、魔物にでも出くわしたかのように悲鳴をあげて逃げ出した。
「……。」
 タスクの表情に陰りが落ちる。黙って落ちた布を拾い、そして顔を隠すように被り直す。そのままただ、じっと立ち竦んでいた。
 またなの? またさっきと同じなの? せっかくタスクの気持ちも実家に近付いて穏やかになってきてたのに、また同じ事を言われて、同じ事をされて、同じように避けられるの?
「魔術師が戻ってきよった……」
「禍が……」
「名家の恥晒しが……」
「忌まわしい……」
 聞こえるようにわざとなのか、あたしたちを取り囲んでいる人々が、タスクをチラチラ見ながら陰口を叩く。あたしの中に収まっていた怒りの炎が、またメラメラと燃え上がった。
 本人が抗えない欠点を直接言うのも卑怯だけど、聞こえるように陰口を叩くのはもっと卑怯だわ! タスクは自分の生い立ちを負い目と感じてるから何も言い返せないのを知ってて、こんな卑怯で卑劣な事をして……ッ!
 奥歯をギリッと噛み締めたあたしは、思い切り大地を踏み締めて叫んだ。
「今、他人の陰に隠れていやらしい陰口言った奴! 出て来なさい! タスクは何もしてないじゃない! ただ道を歩いてただけじゃない! なのになんでそんな事言われなきゃ……」
「ファニィ! いい、黙れ!」
 タスクがあたしの腕を引っ張って震えた声で叫ぶ。
「……いいから……黙ってくれ。姉貴や親父やお袋たちの名を……これ以上穢したくないんだ。頼むから……何も言わないでくれ」
 掴まれたあたしの腕に、震えが伝わってくる。
「……タスクだって言い返せばいいじゃない。こんな事されて、なんであんた黙ってるのよ? あたし、我慢できないよ」
「お前だって一人で耐えてるだろ。俺も同じだよ」
 タスクはあたしの腕を離した。

 あ……。

 そう、か……そうなんだ。あたしと同じなのね。あたしも魔物との混血だと蔑まれ……じっと一人で耐えてた。誰にも理解してもらえないからって、ただ耐えるしかなかった。
 同じ……なんだね……。
 タスクに諭され、あたしの怒りがすぅっと急速に収まった。でも代わりにこの上なく悔しくて、やり切れない気持ちがあたしの胸を押し潰しそうになる。
「……っう……ぐすっ……」
 コートがジュラにしがみ付き、しゃくり上げ始めた。辛いよね。こんなの、辛過ぎるよね。
「行こう……」
 あたしが三人を促すと、タスクは俯いたまま歩き出した。するとまるで人垣が割れるように道が作られる。タスクを……避けてるんだ。
 それからタスクの実家に着くまで、誰も口を開こうとしなかった。

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