Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


     魔術師の帰還

       1

「相手の呼吸を読むってのがあるだろ? あれと同じように、自分の体内に魔力の流れを感じるんだ。一度出来たんだから同じ事を、もういっぺんやりゃいいんだよ。簡単じゃねぇか」
 俺は膝の上に頬杖を付いたまま言う。だがコートは今にも泣き出しそうな顔になり、両手をぶんぶん振って「えい」だの「やー」だの、不思議な踊りを踊っている。本人は至って本気で真面目なのが、傍で見ている俺としてはまた何というか……痛々しく涙を誘う。
 あまりの痛々しさに思わず顔を背けると、鍋の前で神妙な面持ちで座るファニィの姿が見えた。
「おいこらファニィ! それ塩入れ過ぎ! そんな塩っ辛いスープがあるかよ!」
 俺が素早く指摘すると、ファニィはふくれっ面で塩の袋を握り締める。こいつの場合は放っておいたら、海水より塩辛いスープを大量生産してしまう。オママゴトじゃねぇんだよ!
「ジュラさん。薪を適当な大きさに折ってくださいとは言いましたけど、そんな小さくしてどうすんですか」
 ジュラさんは指ほどの大きさに砕いた大量の木片を両手に持って、不思議そうに小首を傾げている。俺、最初に「薪を作ってください」っつったよな? 爪楊枝みたいに小さく細く砕いて何する気ですか、この人は。
「あー……ったく、お前らは俺がいないと何にもできねぇのかよ!」
 俺が組合に来るまで、こいつらはどうやって生活してたんだ? 仕事で野営する事だって一度や二度じゃなかっただろうが。
「うるさいわね! いちいち細かい事を小姑みたいにグチャグチャ言……」
「言われたくなかったら真面目にやれ!」
 俺は膝を叩いてファニィを黙らせた。できる事ならとっくに俺が全部やってるぜ!
 ジーンへのタイガーパールの輸送兼、俺の護衛としてくっ付いてきたいつもの面子。その道中、今日は一旦野営してって事になったんだが、こいつら一人として普通の事が普通にできていない。
 利き腕を折って固定しているために料理もたき火の準備もできない俺は、ファニィに飯の味付けをさせながら、ジュラさんに薪を作ってもらう。だがファニィは何でもかんでも大雑把に鍋にブチ込み過ぎな上、味付けは塩を袋ごと流し込む勢い。そしてジュラさんはちょうどいい塩梅ってのを理解してないので、薪用にと言った木の枝を木端微塵に砕いてしまっている。
 魔法の力も魔術の力も封印されて、魔法に関する事が何もできなくなった俺だが、知識だけは残っているのでコートに純白魔術のおさらいさせてるんだが、一度一人で魔術を成功させているはずなのに、こいつはわざとかそうでないのか、生来の不器用さを前面に押し出して、出鱈目な魔力循環を繰り返して魔術を不発させている。生と癒しの純白魔術だからまだ失敗しても平気だが、死と破壊の暗黒魔術だったら失敗した術が跳ね返って大惨事になってるところだ。
「だ、だって……構成紋章が崩れちゃうんですぅ……」
「泣くな鬱陶しい! 俺はもう魔力を感じ取れないし、構成紋章も見えない描けないんだっつーの! 自力でできなきゃやめちまえ!」
「ふぇ……」
 コートの目にじわっと涙が浮かぶ。
「まぁタスクさん! コートをいじめるなんて許せませんわ! メッですわよ!」
「コートの心配する前に、薪の準備はできてるんですかっ? 火が起こせなきゃ飯も食えませんよ!」
「それは困りますわね。頑張りますわ」
 ジュラさんはすごすごと引き下がり、新しい木の枝をまた〝木端微塵〟にしていた。
 はぁ……真面目にやってくれよ。頼むぜ、みんな……。
 俺は深い溜め息を吐きながら、やれやれと首を振った。そして何気なく、頬を押さえる。

 俺の右頬。魔神の呪いによって生まれた時からあった炎の形の痣。魔神を一時的に封じるための、両親によって彫られた円環の刺青。それはどちらも消えていた。コートに……封じてもらったから。
 顔にあった刺青だから、自分では鏡でも見ない限り見えないし、触れたところで感触がある訳でもない。だが何となく……喪失感のようなものを感じていた。おそらくその喪失感は、今まで体内に宿していた魔法なり魔術なりの〝魔力〟が消えてしまった事にも起因するのだと考えられる。
 ひっそりと、炎の魔法の構成紋章を頭の中に描き出す。だがそれが完成する間際、弾けるようにして消えた。一瞬で頭の中が真っ白になってしまうんだ。何を描きたかったのか、全てを忘れてしまったかのように。
「やっぱ……駄目か……」
 コートは本当に天才だと思うぜ。これだけ完璧に俺の魔力を一切合切封じてしまったんだから。
 だが理解力や応用力はあるのに、臆病さと不器用さがそれを邪魔する。だから天才なのに、他人より抜きん出る事がないんだ。
 コートはあの時、本気で俺を助けようとしてくれた。だからこそ、たった一人で俺の全てを封じる事ができたんだと思う。ジーン一の賢者である姉貴や、魔法に長けた両親ですら、複数人で行わなければ成功しないという、魔神と、そして全魔力の封印を、この魔法使いでもなんでもない小さい坊主はたった一人でやり遂げたんだ。これを天才と言わずして、何を天才とするんだ?
 そりゃあ……俺は本当に魔法使いになりたかったし、努力も勉強も人一倍やってきたという自負がある。それ故に、ほんの一瞬で全てを失ってしまった喪失感や絶望を、嘆きたいし、誰かに八つ当たりたい、と思わない事もない。だが嘆いた所で魔力が戻ってくる訳ではないし、コートに責任を押し付けてしまう事は、俺が許せない。許さない。
「んー……こんなもん?」
 ファニィがごった煮鍋を味見して首を傾げている。
「おい。不安だから俺も味見」
「うん、どうぞ」
 ファニィが差し出した玉杓子の煮汁を口に入れ、勢いよく俺は吐き出した。
「うわっ、汚なっ!」
「この馬鹿! クソアマッ! なんで唐辛子入れんだよッ! 辛くてこれじゃ誰も食えねぇだろうが!」
「隠し味よ!」
「どこが隠しだッ? 隠すどころか、火を噴きそうな痺れるような辛さが先頭ブッチギリで突っ走ってるわーッ!」
 辛い熱いを通り越して、舌がヒリヒリ痺れて痛む。こいつは今まで俺の料理をどういう舌で味わってやがったんだ? 味覚オンチにも限度ってもんがあるだろうが!

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