Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


       4

 人の不幸を笑えるほど、俺は堕ちぶれた人間じゃない。たとえそれがどんな仇敵であっても。
 今朝、組合本部の中庭で、血を流して倒れているヒースが見つかった。組合本部の屋上から飛び降りたらしい。
 命に別状はなかったものの、打ち所が悪かったのか、まだ目を覚まさない。組合の医務室はこのところ、ベッドに空きができる余裕がない。薬剤師のイノス先輩や、医療の知識がある他の組合員は、寝る間も惜しんで交代で医務室に詰めている。
 俺の隣には鎮痛な面持ちのファニィがいる。自分の血の事に加え、ジュラさんとコートの事だけでも相当参ってるのに、ヒースの事まで抱え込んで……本気で潰れちまうぞ。
「ファニィ。ヒースは勝手に足を滑らせただけだ。お前が気に病む必要はねぇよ」
「あたしの……せいだよ……」
 前髪で目元を隠し、ファニィは肩を落としてる。
「あたしがヒースを追い詰めるような事を言わなければ、ヒースは自殺なんかしようとしなかったもの」
「何を言ったんだ?」
 ファニィは答えない。
「……ファニィ。頼むからこれ以上、自分の中に何でもかんでも抱え込まないでくれ。本気でお前……潰れちまうぞ」
 俺は心底ファニィが心配になり、手を伸ばしてファニィの頭を撫でてやる。
 あの日……サヴリンの命を、ファニィが魔物化して奪い去ってしまったあの日、おそらくファニィは〝思い出している〟んだ。自分の両親と元締めの奥さんを、幼い日の自分が殺めてしまった事。だってこいつは「知っている」「覚えている」と自ら認めたんだから。
 元締めはこの事を、ファニィが思い出したらファニィ自身が壊れてしまうと危惧していたようだが、ファニィは精神を病んだりはしていないように見える。気持ちは相当落ち込んではいるようだが、自分からも意識的に思い出さないよう、話題に触れないようにしているのかもしれない。
 更に、ジュラさんとコートを昏倒させてしまう原因となる、誤った判断をしてしまったのも自分、そしてヒースを追い詰めたのも自分だと。何もかも自分のせいだと心を追い込んで締め付けて、だが気丈に振舞おうとして、そのやせ我慢ももう限界にきていて。
 そんなやせ我慢はいつまでも続かない。誰かが手を差し伸べてやらないと、元締めが危惧していたように、本当にこいつは壊れてしまうかもしれない。
「お前が一人で背負い込まなくても、俺が半分手伝ってやるから……どんな事だって、一緒に悩んで考えてやるから。だからもう、自分だけを責めないでくれ。頼むよ、ファニィ。俺にお前の心の負担を一緒に背負わせてくれ」
 俺は心からそう願い、気持ちを、決意を口にした。
 ファニィはゆっくり顔を上げ、力無く微笑む。
「人の彼氏の病床で……口説かないでよ」
「そ、そういうつもりじゃ……」
 俺は顔を紅潮させる。そう聞こえちまっても仕方ないが、でも他に言いようがなくてだな。
「もっとも、もう……彼氏でも彼女でも、ないんだけどね。ヒースとあたし」
「え? どういう……」
 ファニィがくたりと頭を俺の肩にもたげる。俺は思わず体を強張らせた。
「あたし、ヒースに言ったの。ヒースはあたしを弱い女の子扱いしてくれない。だけど……タスクは、甘えさせてくれるって。そんな事されたら、気持ちが揺らいじゃうのは当然だよって」
 俺の顔がカァッと熱くなる。
「あたし、ヤな女の子だよね。ちょっと何かあっただけで簡単にコロコロ気持ち変えちゃって。でもまだあたしはヒースが好き。どうしても放っておけないっていう意味で、ヒースが好き」
 今ここでファニィにもう一度告白すれば、きっとファニィは俺になびいてくれると浅ましい考えが浮かんだが、すぐにその薄汚い願望を振り払った。ヒースは確かに俺の恋敵であり嫌な奴で、今の俺はどうやってもこいつを好意的に見られない。だがヒースは意識不明状態、ファニィも精神摩耗状態という、こういった正常な判断が出来かねる消耗的状況を利用してファニィを自分のものにしようとするのは、あらゆる意味でフェアじゃないし、そうしていたらきっと、俺は俺が許せないと思ったんだ。
 俺は黙って、そして何もせず、ファニィが自分から頭を上げるのを待った。
「……ごめん。タスク、混乱してる?」
「いや」
 ファニィは頭を上げ、だがすぐに再び俯いて前髪で顔を隠した。
「ごめん……ね」
「お前が何に対して謝ってんのか理解不能だな。シャキッとしろ」
 俺は軽くファニィの頭を小突いてやった。
「う、ん……混乱してるの、あたしの方だね」
 ファニィは両手で軽く、自分の額を叩いた。

 その時だ。入口が控えめにノックされ、ファニィは小首を傾げて返事した。
「どうぞ。誰? イノス君?」
 ドアが開き、蜂蜜色のさらさらの髪と透き通るような白い肌の、愛くるしい顔をした幼女が入ってくる。いや、幼女じゃなくてコートだ。
「コート!」
「お前! もう起き上がれるのか?」
 俺とファニィが同時に椅子から立ち上がる。コートは一瞬怯えるように首を竦め、そして両手を胸の上で合わせてぺこりと頭を下げる。
「あ、あの……ご心配、お掛けしました。その……も、もう大丈夫……です」
 大丈夫とは言うものの、まだ少し顔色も悪く、足許がふらついている。素足でタイル張りの床はさぞ冷たかろうに。
 ……素足?
「お、お前! 起きたそのまんまで出歩いてたのかっ? 体冷やして余計に容態悪化するぞ!」
「ひゃっ……ご、ごめんなさい……あの……あの……」
 コートは両手で頭を庇って俺の怒声に怯える仕種をする。
 コートが身に付けている物は、イノス先輩や町から呼んできた医者が診察しやすいように、丈の長い薄手のシャツ一枚。そして足許は裸足。そんな薄着で冷たい廊下を歩いてきたら、本当に体調悪化させちまうぞ。
「ああ…ったく、とりあえずコレ羽織っとけ」
「す、すみませ、ん……」
 俺はショールを外してコートの肩に引っ掻ける。ファニィは慌てて余りのベッドから毛布を引っ張り出して椅子の上に敷いて、そこへコートを座らせた。
「ジュラを探しにきたの?」
「そ、それもありますけど……その……ヒース様がお怪我なさったと聞いて……」
 ヒース……〝様〟? ああ、そうか、そういやコートはヒースをなぜか様付けで呼んでいたっけな。でもなんでこいつにそんな敬称を? 奴が元締めの実の息子だからか?
「誰がそんな事を言ってたの?」
「ぼ、僕の休ませていただいていたお部屋の外で、どなたかがお話されているのを聞きました。だから僕……心配でヒース様を捜していたんです」
 コートは椅子から降り、ヒースの眠るベッドに歩み寄る。そして悲しそうな顔をした。
「……ご自分に……自信を持ってくださいと、申し上げましたのに……」
 ヒースに同情か? 自分の容態も芳しくないというのに、ヒースの自殺未遂を聞いて飛んでやってくるなんて、一体どういう事なんだ?
「ヒースに同情してるのか?」
「……ヒース様はいつも強がっておられますが、とてもお優しくて……脆いかたなんです。ずっとお一人で、苦しんでおられたんです」
 ファニィは口元に手を当て、コートを見下ろす。
「僕なんかでは少しもヒース様のお力にはなれないかもしれませんけれど……でも僕、ここにいていいでしょうか?」
「無茶言うな。お前だってまだ起きたばかりで……」
「お願いできる?」
 ファニィがとんでもない事を言い出した。
「おい、ファニィ!」
「……あたしじゃ……もう、ヒースの力になってあげられない。あたしの存在が余計にヒースを追い詰めちゃうから」
「はい。僕、一生懸命ヒース様を……」
「でも」
 ファニィは優しくコートの頭を撫でる。
「コートも着替えてからね。ちゃんとあったかい恰好で、それからコートも休めるように、こっちにベッド持ってくるから一緒に寝ててあげて」
 コートは素直にコクリと頷く。
「タスク。コートに何かあったかくて食べやすいもの作ってあげて。あたしは誰かにベッドの用意してもらってくる」
「……分かった。コート、お前も絶対無理するなよ」
「はい」
 俺とファニィは医務室を出た。
「……ファニィ。なんで病み上がりのコートにあいつを任せた?」
「さっきも言ったでしょ。あたしじゃもう、ヒースの負担にしかならないからだって。じゃあ早めに食事の用意、お願いね」
 ファニィは一度も振り返らずに走り去った。
 ファニィ……本当に潰れちまわないだろうか。迷惑がられても様子を見に行った方がいいな。
 俺はひとまずコートの飯の準備のため、食堂へと向かった。

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