Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


       3

 酷い頭痛と気だるさ。ずっと同じ姿勢をしていて、急に体を動かした時のような全身の強張り。そういった感覚を一瞬で一度に感じて、僕は息苦しさに小さく唸りました。
 喘ぐように口を開けても、新鮮な空気はちっとも肺の中に入ってきてくれません。鼻腔からは今まで嗅いだことのないにおいがします。甘いような、すっきりするような、少し煙たいような。でも嫌なにおいではありません。
「……ート……おれの声が聞こえないか?」
 僕の頬をどなたかが撫でてくださっています。とても温かな優しい手です。でも起き上がることはもちろん、返事をすることも億劫です。
「コートニス。……コート。まだ起きられないのか?」
 僕はがんばって一生懸命目を開いてみました。するとすぐ傍に、どなたかが立っていらっしゃいます。
「……あ……れ?」
 自分の声なのに、他人の声のように遠くに聞こえます。
「……ヒース、様?」
 僕が目を開いたのを見て、ヒース様は優しく微笑まれました。
 意外かもしれませんが、ヒース様は僕と二人だけの時にはとても親切にしてくださるのです。他のかたがいらっしゃる時は、いつも虚勢を張って不遜で乱暴な態度をされます。そういった態度はよくないですって、差し出がましいとは思いつつも一度ご進言させていただいたのですけれど、聞き入れてくださらなくて。
 だから僕も、ヒース様と二人のときはファニィさんや姉様と接する時のように、気持ちを開いて少し親しくお話しさせていただいているのです。そうする事で、ヒース様もお優しいお顔になるんです。
 僕と話す事で、ヒース様のお心が少しでも安らげるなら。
「コート。変な毒にやられたと聞いたが……無事なようだな」
 あ……そう言えば、僕……。
 記憶がなんだか曖昧で、だけどサヴリンさんの嫌な顔だけはしっかりと覚えています。
「まだ苦しいか?」
「……苦しくはない、ですけれど……体が重いです」
 ヒース様の様子から、このお部屋には僕とヒース様しかいないのだと分かります。姉様はご無事なのでしょうか?
「ヒース様。あの……」
「どうした? 水か? 水差しは……っと……?」
 ヒース様が室内に水差しが無いか探されています。
「いえ、あの……」
 僕が起き上がろうとすると、ヒース様が慌てて背中を支えてくださいました。
「起きて平気なのか?」
「は、はい、少しくらいなら……」
 体はすごく重くて、ヒース様に支えていてもらわないと、またすぐ倒れてしまいそうでした。でもヒース様とお話ししたくて、僕はがんばって起き上がりました。
「あの……ヒース様はサヴリンさんを、ご存知でしょうか? あの人がどうなったか、姉様がご無事か、何か聞いていらっしゃいませんか?」
「ん? サヴリンだったか、ちょっとよく覚えてないが、ジュラフィスとお前に毒を刺したという奴なら、もういないとファニィが言ってた」
 いない? ファニィさんが追い返してくださったのでしょうか?
「……コートが毒で昏睡状態だって聞いて、すぐ見舞いに来てやりたかったんだが……いろいろ面倒があってな」
「お気持ちだけで、僕、嬉しいです」
 僕がそう言うと、ヒース様は少し寂しそうな微笑みを浮かべられました。
「あ、あの……お気を悪くされてしまったらすみません。えと……もしかして、またどなたかと言い争いを?」
 ヒース様はベッドの縁に座り、僕に背を向けられました。
「あの、その……ヒース様はいつも僕にこんなによくしてくださっているのですから、組合の他のかたにも同じように、お優しい面をお見せになってもいいと思います。ヒース様が僕以外のかたには偽りの姿しか見せないの……とても悲しいことだと思います」
 ヒース様は腕を伸ばして、僕の手にご自分の手を重ねられました。さっきの温かくて優しい手、です。
「おれは……ああでもしなきゃ、誰にも力を誇示できない」
「……力で誰かを抑え付けることは……間違いだと思います。僕の知っているヒース様なら、きっと皆さんヒース様を認めてくださいます。だからもっと自信をお持ちになってください」
 僕が言うと、ヒース様は振り返って泣き笑いの表情をなさいました。そして苦しそうに口を開かれます。
「コートは小さいのに何でもできるから、おれの気持ちは分からないだろうよ」
「ぼ、僕は何もできません。か、買い被りです……」
 少し恥ずかしくなって俯くと、ヒース様が僕の髪を撫でてくださいました。
「何もしなくても、お前は誰からも愛される。親父、ファニィ、ジュラフィス、組合のみんな。俺はお情けで、親父とファニィから声を掛けてもらえるだけだ。あとは、コートと」
「そ、そんな事はありません。僕は本当にヒース様をお慕いして……」
 今日のヒース様はいつものヒース様と違います。
 以前の雰囲気が微塵も感じられません。悪い意味であったとしても〝自分はここにいる〟と必死にご自身を誇示していたはずのヒース様は、ここにはいません。誰かに手厳しく非難され、酷く追い詰められた、疲れ果てた様子です。
「あ、あのヒース様……」
「コートニス。無理に起こして悪かったな。もう休め」
「……ヒース様……」
 ヒース様が僕を『コート』ではなく、『コートニス』と呼んだということは、もう心を閉ざしてしまったということです。ご自分の心に、何重にも鍵を掛けた分厚い扉の中に閉じ込め、誰も寄せ付けなくなってしまったとき、僕を遠ざけるようにそう呼ぶのです。
 ヒース様は僕の肩を押してベッドに寝かせてくださり、そして毛布を掛け直してくださいました。その悲しそうな眼差しに、僕は何も声を掛けることができませんでした。
「ゆっくり休んで、体を治せ。じゃあ……な。コートニス。おれは……行くから。おやすみ……」
 ヒース様は立ち上がってからしばらく無言のまま僕を見下ろしていて、そしてそのまま何も言わずに立ち去られました。体はまだ動きませんけれど、せめてお声を掛けて差し上げたかったのですが……何を言えばいいのか、どうしてもわからなかったのです。
 僕はヒース様の出て行かれたドアを見つめたまま、また深い眠りに落ちていきました。

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