Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


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「お前は外に出てろよ」
 タスクが迷惑そうな声音で言う。
「い、嫌よ。絶対っ……こ、ここにいる。コート、目が覚めるまで……」
 あたしは息も絶え絶えに答える。
 デリィセージはマインドシードの毒素を体内から抜く唯一の薬草であり、そして魔法使いが精神統一のために焚く香でもあるからって、タスクはコートの眠るベッドの横でデリィセージのお香を焚き、そして自分もついでに精神統一の修行をするからと、床に布を敷いて座禅を組んでいる。その隣にあたしも付き添ってるんだけど……胸はムカムカするし吐き気はするし目はショボショボするし頭は痛いし肌がピリピリ痺れるし、もうとにかく気持ち悪いし気分も体調も最悪。
 ……はふぅ……なんとなく……原因は分かるんだけど。
「むう……あのさ、ファニィ。あんまし言いたかねぇけど……デリィセージの香は魔除けの効能もあるんだ。だから……」
「それ以上言わないで!」
 あたしは両耳を抑えて頭を振る。うっ、クラクラする……。
「……あー、うん。お前もちゃんと認識できてるようだが、あえて言う。お前……思いっ切り完璧にモロに本気でマジにガチでダメージ喰らってるぞ。ほら、お前半分くらい魔物だし」
 タスクは真顔でそう口にした。
「キィッ! 分かってるわよ! だから言わないでって言ったのに!」
 あたしの中の魔物の血が、このデリィセージのお香の煙を完璧に拒絶していた。つまり……タスクが言うように、バッチリ〝魔除け〟されちゃってる訳。
 このムカムカ気持ち悪いのは、そのせいなのよ! フンッ!
「クソしぶといお前の事だし、それにデリィセージはあくまで魔除け程度の効能だから死にはしないだろうけど……相当弱ってるよな、お前さ。あと弱めの攻撃一発くらい当てれば倒せるだろうなー、みたいな?」
 タスクが神妙な面持ちで淡々と説明する。あたしは言い返そうとしたけど、すうっと血の気が引いて、バタリとその場に崩れた。うぐぅ……ダメ、もう言い返せない。そんな力残ってない。吐きそう……。
「あー……ったく。これ以上体調不良者増やすな」
 あたしはタスクに抱き上げられ、気持ち悪いお香の煙が充満した来賓室を出た。はふぅ……外の空気がこんなに美味しいなんて。
「うーん。生き返るわ」
「だったらおとなしく外で待ってろ」
「でもコートが起きるか気になるじゃない」
「中に入ってきたらまた半ゾンビ化するぞ」
 あたしはぷっと頬を膨らませた。
「降ろして。もう一人で歩けるから」
 あたしはタスクの腕から降りる。まだちょっとだけ足許ふらふらするけど、でももう大丈夫。
「じゃああたしは仕方なく外で待っててあげるから、コートの目が覚めたらすぐ呼びなさい。命令よ。呼ばなきゃあんたクビ」
「なんだよ、その上から目線の職権乱用」
 あたしが腰に拳を当て、胸を張って答えると、タスクはげんなりした様子で小さく首を振る。
「どこもおかしくないわよ。あたし、ここの補佐官だもん。あんたより偉いの」
「へいへい、そうですね。補佐官さま……うぐ」
 タスクの表情が思いっ切り歪む。苦虫を噛み潰したって言うか、口の中に無理矢理虫を突っ込まれましたって感じの顔。
「どうしたの? あんたも毒ダメージ?」
 あたしが嬉しそうにツッこむと、タスクはあたしの後ろを指差した。振り返るとそこには、癖の強い赤毛ととび色の目をした青年が──つまりヒースがこっちを見てわなないていた。
「貴様ァ! ファニィから離れろ!」
 ヒースが裏返った声で叫び、大股でこっちに近付いてくる。
 なんでヒースがここにいるの? 次の支部長会議はまだ先でしょ?
「薄汚い手を離せと言ってるんだ!」
 ヒースの言葉を聞いて、その時初めて、あたしはまだタスクに背中を支えてもらってた事に気付いた。デリィセージのせいかなぁ、なんかちょっと体の感覚が鈍いみたい。
「ヒース、あんたいつ戻ってきたの? なんか用?」
「たった今戻ったんだ。理由は親父に聞け」
 なるほど、元締めが呼び付けたらしいわね。さては支部でなんかやらかしたな、ヒース。
「ファニィ、この男に何をされたんだ?」
「別になにも?」
 あたしは両手を広げて見せる。
「顔色が悪い。何かされたに決まってる」
「理由も聞かずに俺は一方的に悪者かよ」
「当然だ。貴様なんぞ、ろくでもない事しか企まないに決まってる。劣等な宿無しだろ」
 あ、タスクが家出中ってのはヒース、知ってるんだ。また勝手に元締めの引き出し見たんだろう。息子だからって、何してもいい訳じゃないのになぁ。
 でもヒースは知らないんだよね。今でこそ家出中で帰る家がないとはいえ、タスクはこれでも、ジーンの名家の息子。社会的に見たらヒースより格上。組合での立場は下だけど。
 まぁここで身分どうこうって押し問答してても時間の無駄か。この水と油の二人を一緒にしておくと、いつまでもいつまでもうるさいからなぁ。あたしがどうにかするしかないか。
「タスク。コートをお願い。ヒースはあたしが構ってやらないと拗ねるから」
「誰が拗ねるんだ!」
「あんたがよ!」
 あたしがすかさず言い返すと、ヒースは顔を真っ赤にして口籠る。もう前みたいにあたしが何でも言いなりになると思わないことね。
「コートニス……あのクソガキがどうかしたのか?」
「歩きながら説明してあげる。じゃあ、タスク。あとよろしく」
 あたしはヒースの腕を掴んで執務室へ向かって歩き出した。タスクが小さく舌打ちして、コートのいる来賓室へと戻るのが見えた。

 さてどう説明しようかな。
 あたしはヒースにジュラとコートの事を、簡単に掻い摘んで説明した。あと、あの嫌なデリィセージのお香でフラフラになっちゃう事もね。
「あんな男に任せておいていいのか? コートニスはお前のチームメイトだろう?」
「そりゃあ心配だよ。だけどあたしはあのお香を体が受け付けないんだから、無理に一緒にいたって邪魔にしかなんないじゃない」
 悔しいけど、あの〝魔除け〟はどう頑張ってもあたしの体が受け付けない。ずっと息を止めてる訳にもいかないし。
 魔物との混血による死なない体って便利な時も多いけど、でもこうして不便な事も多々あるのよね。教会とか絶対に入れないし、聖水で火傷したりする。あたしの場合はすぐ治るけど。
「お前は補佐官なんだし、役に立たなくなった奴なんてどんどん切り捨てて、また新しい奴と組めばいいじゃないか。もうあのチビは使えないんだろ。なら……」
 ヒースの言葉に、あたしは思わず立ち止まる。そして彼を睨み付けた。
「ジュラとコートはあたしのチームメイトって以上に大切な存在なの。今度そんな言い方したら、いくらあんただって許さないから」
「フ、フン……勝手にしろ」
 ヒースは強がるものの、少し怯えた目を泳がせる。
「あたしのチームメイト、ジュラとコートとタスクは、誰一人欠けちゃいけないの。あたしは三人を守ってみせるし、タスクたちもあたしを守ってくれるわ」
 ヒースが訝しげにあたしを見る。
「タスクって……さっきの奴だよな? あいつはまだ新人だって言ってたじゃないか。お前のチームで引き取ったのか?」
「え? ああ、ヒースには言ってなかったわよね。タスクはあれでいて結構頼りになるのよ。あたしも何度か助けられてるし。だから正式にあたしのチームに入れたわ」
 ヒースは痛いくらいの力で、あたしの肩を掴んだ。
「駄目だ! あいつだけは絶対に駄目だ! 今すぐ外せ!」
「なんであんたに命令されなきゃなんないのよ?」
 あたしはヒースの手を振り払おうとしたけど、ヒースは全然力を緩めてくれない。
「ちょっと、痛いってば」
「なんなんだよ、お前は! 意味が分からない!」
「意味分かんないのはこっちよ。なんなの、急に?」
「あ、あいつはお前の事、変な目で見てるだろ!」
 ヒースの頬がうっすら赤くなる。なんだ、妬いてるのか。あたしはおかしくなって笑う。
「なーに妬いてんのよ。あたしはあんたの事が好きだって、みんなに宣言したでしょ。タスクはただのチームメイト。向こうがどう思ってようが、あたしがあんたしか見てなかったら関係な……」
「お前だってあいつを見てるじゃないか!」
 ヒースが悲痛な声で叫ぶ。あたしは思わず口籠る。
「ファニィは変わった! あいつが来るまでそんなじゃなかった! おれは絶対に認めない!」
 ヒースはあたしの肩を突き飛ばし、突然、あたしの頬を打った。その瞬間、あたしの頭に一気に血が昇る。キッとヒースを睨み付け、床を踏み鳴らす。
 この程度の力で殴られたくらいじゃ腫れもしないけど、でも女の顔をぶつなんて最低ッ!
「なんであんたにとやかく言われなきゃなんないのよ! あたしはヒースの事、いろいろ心配してやってるのに、ヒースはあたしを全然大事にしてくれないじゃない! タスクは表面的な文句を言いながらでも、あたしをちゃんと気遣ってくれるわ! 普通の女の子扱いしてくれるもの! だけどあんたは違う! あたしに甘える一方で、あたしが挫けそうな時に手の一つだって握ってくれない! そんな一方通行の気持ちを押し付けられてばかりで、あたしの気をずっと惹いておけるって思ってるの? あたしはあんたのママでも保護者でもないわよ!」
 あたしは一気にまくし立てる。ずっとわだかまっていた不満が吹き出すみたいに。
「それはお前の秘密を知らないからじゃないのか? お前が魔物との混血だと知れば……」
「タスクは知ってるわ。それどころか、魔物化したあたしをたった一人で必死に抑えてくれようとしたのよ。魔物化して人を襲って、人を殺したあたしを抱き締めて、あたしが悪いはずなのに『何も怯えなくていい』って、あたしを人間扱いして、女の子扱いして、あたしを庇ってくれるの。ヒースは……あたしが魔物化した時、一度でも手を握ってくれた事、ある? 怖がらずに近付いてきてくれた事、ある?」
 ヒースを責めるような口調で問い掛けながら、あたしは自分の胸がチクチク痛むのを感じていた。ヒースにこんな事、言いたい訳じゃないのに。ただ分かってもらいたいだけなのに。
ヒースは雷に打たれたみたいにビクッと体を強張らせる。
「お、前は……強い、から……おれなんか……強い、から……ファニィは……」
 震える声音でうわ言のように囁き、ゆっくりとあたしに手を伸ばしてくる。だけどその手は小刻みに震えてて、あたしに触れるか触れないかという距離になって、熱い物にでも触ったかのように引っ込められた。あたしは唇を噛み、ずっと心に秘めていた思いをヒースにぶつけた。
「……ヒースはあたしの事、怖いんでしょ? あたしの本当の両親が半分ずつの魔物だから。あんたはそれでも構わないって言える? そんなの問題じゃないって言える? ヒースも組合のみんなも、心の底であたしを怖がってる。だけどタスクは……あたしの全部を受け入れてくれるの。あたしの気持ちが揺らぐの、当然じゃない。あたしはヒースが思ってるほど強くないよ。いつでも怖いの。怯えてるの。自分が怖くて恐ろしくて仕方ないの」
 あたしは込み上げてきたものを抑えきれず、俯いて目元を拭う。
「いつかまたあたしの大切な人を襲うんじゃないかって、自分で自分が一番信用できない。護符を取ったあたしを見て、ヒースはまだあたしを好きって言える?」
 あたしは目を涙でいっぱいにしたまま、バンダナを外した。
 あたしの見える世界が変わる。普段なら見えない程の遠くの物がすぐ目の前のように見え、全身の神経が研ぎ澄まされ、ヒースの鼓動や震えまではっきりと感じ取れるほどになる。
 バンダナ……あたしのバンダナは……護符なの。これを外したら、外見がより魔物に近付く。感覚も魔物みたいに研ぎ澄まされて鋭くなり、あきらかに〝人でないモノ〟として、外的認識が出来る容姿になる。
 この容姿の事を知ってるのは、元締めとヒース、そしてジュラとコートだけ。あ……タスクも知ってるんだっけ?
 じりっと、ヒースが一歩後退する。あたしはそれを見て、ヒースの答えを悟った。
 視線を落としながら、あたしはバンダナを締め直した。予測できてた事なのに、改めてその答えを突き付けられ……ただ悲しい。
「……分かったよ……ヒースの答え」
 護符の効力は即効性のものじゃないから、あたしの声はまだ少し、ザラザラしたノイズが混じる。
「お、れは……」
「無理しないでいいよ。ヒースが怖がる〝赤い目の魔物〟が怖いのは……あたしも一緒だから」
 あたしの言葉を最後に、しばらく沈黙が続いた。先に口を開いたのはヒースだった。
「その……姿。見せたのか?」
「自主的にはまだだけど……でも……でも、もっと酷い姿を見られたわ。あたしの意思を持ってない時のあたしが〝食事〟してる姿。だけど、それでも彼は受け入れてくれた。まだ完全に自我が戻ってなくて、あたしは彼も〝食べた〟わ。服で隠してるけど、喉や肩にまだあたしの歯形が残ってるはずよ。でも何一つ文句言わず、あたしを受け入れてくれた」
 ヒースが呻く。その呻き声は徐々に、嗚咽に変わった。
「……おれは、弱い。ずっと、ずっと弱い」
「その弱さを、あたしは守ってあげようと思ってたんだよ? ヒースはあたしのたった一人の幼馴染だから。たった一人の兄だから。でもあたし、恨んだりしないよ。ヒースが今教えてくれた気持ちは本物だもの。ヒースはあたしに初めてホントの姿を見せてくれたんだよ。ずっと、それを待ってた。ヒースの本音を教えてほしかったの」
 子供みたいにポタポタと大粒の涙を零しながら、ヒースは初めてあたしに対して心から謝ってくれた。すごく……すごく嬉しくて、あたしも鼻の奥がツンとした。

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