Light Fantasia オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、 健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー! |
4 あたしは来賓室の外で壁に寄り掛かったまま、まだ考え込んでいた。 あたしの判断は……正しかったんだろうか? 「ねぇタスク。あんた……ミサオさんとは仲、良かった?」 「ん? ああ……仲がいいっていうか……身内の中じゃ一番信用してた。歳が近いきょうだいって、どこもそんなもんだろ。まぁ、鬱陶しいほど口も手も出してくるが、姉貴が一番、俺の事を理解してくれたな。だから俺は姉としても、そして魔法使いの先輩としても、姉貴を尊敬してた」 「そっか……じゃあ、誰かに取られちゃうのって、弟として嫌な気持ちになる?」 タスクはふっと笑って頭を掻く。 「お前には初めて話すけど……俺もコートをとやかく言える立場じゃない。俺が十二、三の時、姉貴の婚約話を俺がブチ壊しにした」 「えっ」 「ジーンの風習で、十五を越えた女子には許婚が決められるんだよ。その話を俺が破談にした」 あたしはタスクの言葉に驚いて、だけど急におかしくなって声をたてないように笑った。タスクもあたしの様子を見て肩を竦めている。 タスクもなんだかんだ言って、結局お姉ちゃんっ子なんだ。あたしには偉そうにするくせに、なんだかおかしい。 「じゃあ弟としては、やっぱり姉を取られちゃうのはどこも嫌なものなのね。そうだとすれば、コートの行き過ぎたヤキモチも分かんなくないね」 あたしが自分の判断に太鼓判を押されたような気分になってると、タスクは急に真面目な顔になって、あたしに向き直る。 「お前はさっき突っぱねたが、これはお前も知っておくべきかもしれない話だ」 タスクはそう前置きして、グランフォート家の資産がもうほとんど残って無いって話をし始めた。そしてコートはすごく価値のある遺産の秘密を知ってて、それが原因でママに何度も誘拐されそうになってたって事も。 あたしの胸が急にザワつき始める。 「ちょっと……それって……」 「ああ。コートの話、まんざら嘘じゃないかもしれない。彼がジュラさんに固執する理由は、コートもろともラシナに連れ帰るためという推理もできる。本気でジュラさんを娶る気があるのか、グランフォートの奥方に唆されてるのか、今の段階じゃ判別できないから、できれば第三者である俺たちが介入した上で話し合いさせた方が良かったかもしれないな。ただの杞憂で終わってくれればいいんだが……」 あたしの頭から血の気が引いた。 「や、やだ……どうしてもっと早く教えてくれなかったのよ!」 「話そうとしたらお前が突っぱねたんだろうが」 「もっと早くによ! もっと前に知ってたんでしょ、タスクは!」 確かにあたしも組合も、組合員の過去やプライベートにはあまり踏み込まない方針を取ってるわよ。だけどジュラとコートの事は、あたしは知ってるべきだったでしょ! あの二人とあたしは家族みたいなものなんだから! タスクはどうしてあたしに話してくれなかったのよ! 「あんたの言う通り、あたしたちも入って話し合った方がいいかもね」 「……チッ……もう遅いかもな」 タスクが表情を硬くして来賓室のドアを見る。 「お前、中の声、聞こえるか?」 「何にも聞こえないけど……」 あたしの不安はどんどん膨らんでいく。 「あれだけ騒いでたコートの声すら聞こえないっておかしいと思わないか? そりゃいつもみたいにグスグス泣いてるだけならいいんだが、ガキの喚き声は大人の声より通りやすいだろ。それがさっきからまるで聞こえない」 更にあたしの全身から血の気が引いた。タスクの言う通り、さっきまであれだけ騒いでたコートの声が全く聞こえないのはおかしいわ。 「踏み込むわよ!」 あたしは勢いよくドアを開けた。 「ジュラ! コート!」 ビュウッと風があたしの頬を撫でる。窓が開いてるの。そして誰の姿もない。 「ジュラ、コート! どこ?」 「こっちだ!」 タスクがソファーの影に飛び込む。 「ジュラさん? しっかりしてください、ジュラさん!」 意識のないジュラの肩を抱いて、タスクは緩くジュラの頬を叩いている。だけどジュラが目を覚ます気配はない。 「まさ、か……」 「いや……意識がないだけだ。ファニィ、コート捜せ」 あたしは開きっぱなしの窓に駆け寄り、身を乗り出した。すると中庭のずっと向こう、組合の裏門へ通じる植え込みに沿うように、走り去る人影が見えた。 銀髪と褐色の肌。間違いない、サヴリンさんだ! そして彼は小脇に小さなものを抱いている。 「コート!」 サヴリンさんが抱えてるのはコートだわ。 「逃がさない! タスク、ジュラお願い!」 「分かった! 俺もすぐ追う!」 あたしは窓から飛び出して、全速力でサヴリンさんを追った。 サヴリンさんは知ってたんだわ、グランフォートの資産の事。だからコートを連れ去った。ジュラに言い寄ってたのは、コートをおびき出すため。あたしはまんまと騙されたのよ。 「許せない……ジュラとコートを……ッ!」 あたしの体が怒りで震える。 「見つけた! コートを返しなさい!」 「チィッ!」 さっきまでの貴族然とした優雅な立ち居振る舞いはどこへやら、サヴリンさん……いえ、サヴリンは舌打ちして振り返る。その手には大振りのダガーが握られていた。 「それ以上近付かないように。大事な獲物に傷を付けたくはないので」 ダガーの切っ先を意識のないコートのうなじに当てる。 「あんたの声には揺らぎが無かった! だから信用したのに!」 「経験の浅い、汚れる事を知らないお嬢ちゃんが相手で、こちらとしても大助かりだよ」 あたしの胸がチクリとする。 この組合で、あたしは誰より修羅場をくぐってきてると思ってた。だけどそれはあたしだけの手柄じゃなくて、みんなに助けられて培ってきたものだと思い知らされた。あたしはサヴリンが言うように……自分が汚れる事を知らない、まだまだ経験の浅い子供だった。 「あんたは知ってるの? グランフォート家の資産の事」 「ああ、知っている。だからコートニスが必要なんだ。私のような爵位だけの貧乏貴族に、グランフォート家の富……おっと、コートニスの持つ遺産の金は、喉から手が出る程欲しいものなのでね」 この人もお金……二人のママもお金。友達や家族、他人を陥れてまで、奪う必要のあるものなの、お金なんて? あたしの考え方も、子供の戯言だっていうの? 「あんたは最初、ジュラに会いに来ただけって言ったのに!」 「そうだとも。私の計画がコートニスにバレているのは事実。だから真正面からぶつかっても、コートニスは口を割らないだろうから、コートニスが最も信頼を置くジュラフィスを利用したまでだ」 コートの言葉は事実だった。 ごめんね……ごめんね、コート。あんたを信用してあげられなくて、本当にごめんね。 「そのままコートを連れ去っても、コートは絶対に喋らないわよ。守ってあげなきゃならないくらい弱い子だけど、でも誰も敵わないくらい強い子だもの」 サヴリンがふっと笑い、ダガーを持つ手で自らの服の襟を大きく開く。そこには幾何学模様の刺青があった。まさかその刺青……。 「祖母が魔法使いだと言わなかったかな?」 魔法でコートを無理矢理喋らせる気だわ! 魔法については詳しく分からないけど、多分タスクが使えない炎の元素系統以外の魔法! 「コート目を覚まして! そこから逃げ出して!」 「無駄だよ。マインドシードで眠らせてある」 「マインド……シード?」 聞いた事のない名前。薬? 「ジーンでしか取れない特殊な麻薬だ。ごく微量で簡単に人を廃人にできる。『入れ物』が壊れていても、深層心理に働きかける魔法を使えば、コートニスの意思は関係なく情報が手に入る」 あたしは両手で口元を押さえて息を飲んだ。じゃあジュラやコートの意識がないのって……。 ゾワゾワと、あたしの全身を何かが逆流してくる。でも凄く、神経が五感が、鋭敏に研ぎ澄まされていく。 「入れ物……って……コートの事を言ってるの?」 自分の声じゃないほど、自分の声が遠くに聞こえた。 サヴリンがダガーの腹で、ペタペタとコートの白い首筋を叩く。 「入れ物、さ。遺産の秘密が隠された『入れ物』だよ」 コートは……入れ物なんかじゃない! コートは人間で、あたしの仲間で、あたしの大切な家族なの! 入れ物なんて言い方、物扱いするなんて、絶対に許せない! 「許、せない……」 コートを物扱いしたサヴリンも、コートの事を信じてあげられなかった自分も許せない。許せないよ、何もかも。許せない許せないゆるせない……ユルセナイ……。 全身の血が一気に逆流したような気がした。 サヴリンとコートの姿が、出来の悪い不透明なレンズ越しに見ているような錯覚に陥った。 あたしは怒りと自己嫌悪でその場に蹲った……ような気がしていた。 何も、考えられなくなっていた。 何も、分からなくなっていた。 あたしがあたしでなくなっているような……気がした。 「……ッ!」 恐怖に歪んだ青い瞳に、爛々と赤い瞳を輝かせた何かの影が映り込んでいる。 赤い……瞳……赤い目の、魔物……は……あたし? あたしはあたしの意思で動いていなかった。おなかの底から突き動かされる本能に従って、動いていただけ。 嫌、だ……やだ……あたしの意思じゃない。こんなのあたしじゃない! あたしは見たくない! あたしは知らない! あたしのせいじゃない! あたしは何もしてない! 褐色の肌の、人型の『モノ』が、断末魔の絶叫をあげながらゆっくり壊されていく。『赤い目の魔物』より大きな体の『モノ』を、大した苦も無く、躊躇もなく、『赤い目の魔物』はへし折り、引き裂き、『それ』から吹き出した生暖かい液体啜り、零れ落ちた血肉色の塊を貪り、『食べ物』をただただ喰(は)む。本能のままに、『食べたい』という衝動に逆らわず、目の前の『食べ物』を無感情に喰らう。 ……あ、ああ……そうだ……知って……る。知ってるよ。あたし。これと同じ光景、あたし……ずっと前に見たの。あたしが……食べたの。味を覚えてる。舌の先が、心の奥が、覚えてる。だから……知ってる……。 知らないって言ったけど……覚えてないつもりだったけど、あたし、知ってたの。覚えてたの。本能が、この味を求めていたの。 「ファニ……ッ!」 誰かが駆けてくる足音。それがあたしの少し後ろで止まる。 ……邪魔、しないで。あたしは今、『食事』してるの。もっと食べたいの。 「……ファニィ! やめろ! もう終わってる!」 何が『終わってる』の? あたしの『食事』はまだ終わってないわ。 あたしから『食べ物』を取り上げ、誰かはあたしの体を強く抱き締めた。 どうして邪魔するの? あたしは渇きを、飢えを、満たしたいだけ。あたしの本能が求めるものに従いたいだけ。だから……あっちがダメならこっちでもいい。 あたしは目の前にある喉笛に噛み付いた。口の中を潤す『美味しい蜜』が広がる。温かくて、甘くて、しょっぱくて、活力に満ちた、あたしの乾きを潤してくれるモノ。すると誰かは何も言わず、悲鳴もあげず、更に強くあたしを抱き締めてくる。 「……気は、済んだか?」 あたしの頭を誰かが優しく撫でてくる。あたしは噛み付くのをやめて、ゆっくりと顔を上げた。 黒い瞳が、優しい顔であたしを見つめてる。あたしの『本能』が消えた。 「……タ、ス……ク……」 あたしの体が急に震え始めた。怖くて恐ろしくて不安で、どうしても誰かに縋りたくて、あたしは目の前のタスクの服をぎゅっと掴んで不安な気持ちを素直に打ち明けた。 「……タスク、怖い、よ……あたし、怖いよ!」 「大丈夫だ。お前が落ち着くまで、そうしてていいから」 あたしはこくりと頷き、状況を把握しようと振り返る。だけどタスクはさっとあたしの目を片手で押さえた。 「お前は見るな。目を瞑ってろ」 「……うん」 あたしはタスクに言われた通り、素直に目を閉じた。 あたしの体を抱えたまま、タスクがゆっくり歩き出す。あたしは目を瞑ってるからちょっと歩くにも足許が覚束なくて、怖くて、だけどタスクがいるから安心して彼に付いていく。少し歩いた所で、タスクは屈み込んだ。 「コート、起きろ。コート」 タスクがコートを揺さ振ってるのか、少し体が揺れた。 「……あ……」 あたしはサヴリンの言葉を思い出して声をあげる。 「タスク。マインドシードって知ってる? それ使ったって、あいつ言ってた」 「なっ……」 タスクが喉の奥で唸る。 その時、複数の足音が近付いてきた。あたしはビクッと体を強張らせる。 「大丈夫だ。お前を追ってくる前に呼んできた組合の人たちだから、お前に危害を加えるような人たちじゃない」 「おい、こっちか!」 誰かの声。 「これ……ウッ!」 複数の足音が途切れる。 「誰か、イノス先輩に連絡を取ってください。あの人確か薬師でしたよね?」 「そ、そうだが……それ……し、死んでるのか? それにお前も……」 『死』 という言葉に、あたしはまた恐怖で慄え出す。 「コートは眠らされてるだけです。イノス先輩に、マインドシードという麻薬の解毒をお願いしてください。多分ジュラさんも同じ麻薬を使われたはずです」 「わ、分かった。その……補佐官、は?」 みんなの動揺が手に取るように分かる。あたし、きっと汚れて……。 「ファニィは落ち着くまで俺が見てます。俺のコレはただの返り血ですから」 「一人で大丈夫か? じゃあコートニスを連れて行くぞ。も、元締め様にも連絡しておく」 「お願いします」 足音が来た道を戻っていく。あたしはタスクにしがみ付いたまま、後ろが見えないように顔をタスクの肩に押し付けてそっと目を開いた。そこには、真っ赤に染まったあたしの手と、タスクの服。彼の首筋には、あたしが噛み切った傷跡。あたしが引き裂いた服の皺のたるみに、まだまだ溢れ出る血が溜まっている。 あたしの体の慄えが酷くなる。血の臭いで息が詰まりそう。ついさっきまで、こんなのを満足そうに飲み、食べてただなんて……。 そういえば、さっきからサヴリンの声がしない。気配もない。 ……当然、だよね。だってあたしが……殺した、から。 「……タスク……知ってるよ、あたし」 「何を?」 脳裏に蘇る、あの日の記憶。知らないって思い込んでた、パパたちがいなくなった日の記憶。 「知らないって思ってたけど、覚えてないって思ってたけど……あたし、知ってるの。覚えてるの」 目から熱いものが零れてくる。 「……あた、しが……やったの。あたし……が……パパとママと、ヒースのママを殺……」 「ファニィ、ごめんな」 タスクがあたしの言葉を遮るように詫びの言葉を口にする。そしてあたしの体をもっと強く抱き締めてくる。 「辛い『作業』お前一人に任せてごめんな」 「……タスク?」 「お前がやらなきゃ、俺がやるはずの『作業』だった。俺の代わりをお前一人に押し付けちまって、本当にごめんな」 違う……それ、違う。あたしが……あたしの中にある、魔物の血の本能が……。 だけどあたしの考えは声にならず、あたしは身じろぎも出来ずに、タスクにしがみ付いている。タスクはただの仲間の一人のはずなのに、ただそれだけの存在のはずなのに、あたし今、タスクがいないと一人で立ってる事もできない。息苦しくて、体に力が入らなくて、支えてもらわないと、あたしがあたしの形を留めている事もできないような、そんな……錯覚に陥ってる。 「お前は知らなくていいから。だからもう、何も言わなくていい。何も思い出さなくていい。全部忘れていい。ファニィ、本当にごめんな。すまなかった」 なんで……タスクが謝るの? なんであたしのした事を責めないの? なんであたしが事実を知る事を拒むの? なんで……何も、思い出さなくて……いいなんて言うの? あんたが謝る事なんて……なにも、ない、のに……っ! 「……うく……ひぐっ……っ!」 涙が込み上げてきて、あたしはそれを抑える事ができなかった。誰かの前で泣いた事なんてなかったのに、誰かに縋るなんてあたしの柄じゃないのに、あたしは声をあげて、泣きじゃくった。 肉を千切り取って血で汚れた手で、血を啜って肉を貪った顔で、タスクにしがみ付いて、あたしは泣いた。だけどタスクは自分の服が汚れても嫌な顔一つせず、むしろパパみたいに優しく何度もあたしの頭を撫でながら、「もう怖がらなくていい。泣いていい」そう言ってあたしが泣きやむまでずっと、温かく抱き締めていてくれた。 泣いていいんだ……あたし、ここで泣いてていいんだ……。 |
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