Light Fantasia オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、 健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー! |
3 俺の背後から、並々ならぬ殺気が発せられている。殺気の根元は……コートだ。 ファニィに言われた通りにお茶の準備をしていると、焦った様子のコートが食堂に飛び込んできた。そして組合のマスコット登場に沸き立つ観衆を余所に、いつも通りもじもじしつつも、俺に向かって満面の笑顔で、おおはしゃぎして言ったんだ。 「あ、あのっ……ぼ、僕にご用事……って……その……一生懸命、が、がんばります!」 いきなり訳の分からない事をほざくので、俺はついファニィとの約束を忘れ、口を滑らせた。 「……は? なんかよく分かんねぇけど、飯ならちょっと待ってろ。ジュラさんの客にお茶出ししてくっから」 「姉様のお客様……ですか?」 「そ。婚約者だってファニィが……あっ!」 俺が口を塞いだ時はもう遅かった。 一瞬呆けたような表情になったコートだが、次の瞬間、頭から湯気でも出そうな勢いで顔を真っ赤にし、ダンッと床を踏み鳴らした。 「ファニィさんは僕にうそを仰ったんですね!」 「い、いや、違……違う。そうじゃなくて……」 「いいえ、今はそんな事どうでもいいです! 姉様は僕の姉様なんです! 姉様を守るのは僕なんです! 僕、行きます!」 いつもは気弱に小声でボソボソ喋るコートだが、この時は子供独特の甲高い声で怒声を撒き散らしていた。 そして睨むような目付きで俺の後を着いてきたんだ。俺はもうどうしていいのか分からず、何をトチ狂ったのか、コートの分を含めたつもりのお茶を四つ用意して、のこのこ来賓室へやってきて、今に至る。 「まぁ、コート。いらっしゃい。わたくしちょうどコートを呼びに行こうと思っておりましたのよ。ほら、サヴリンさんがわざわざラシナから、わたくしたちに会いにきてくださいましたの。コートもご挨拶なさいな」 ジュラさんはコートの殺気にまるで気付いていないかの如く、ニコニコ女神の微笑みを湛えたまま、浅黒い肌の男性を紹介する。 この人がジュラさんの婚約者? 肌の色が黒いラシナの民なんて初めて見たな。おそらくは血統の中にジーンの人間が混ざってるんだろう。 「どうしてあなたがこんな所へいらっしゃっているんですか?」 コートが怒りに震える声音で問い詰める。怖ええぇ……コート、マジギレしてやがる。 「……今ならまだ許してあげます。このまま黙ってラシナへ帰ってください」 丁寧な口調ながらも、コートは明らかにジュラさんの婚約者、ええとサヴリンさん? ──に露骨なまでの敵意剥き出しで真正面から彼を睨み付けている。 俺とファニィはこの修羅場に、どう介入すればいいのか、それとも介入すべきでないのか、ビクビクと怯えながら様子を伺うしかなかった。 「コ、コートニス。わ、私はただジュラフィスに会いに……」 「その汚らしい声で気安く呼ばないでください! 名が穢れます!」 そこまで言うかーッ!? ファニィが俺の傍へ逃げてくる。俺だって逃げてぇよ! 「猶予をあげます。五秒以内に立ち去りなさい!」 そう言うが早いか、長めの袖をポンと叩いて手の中に火薬玉を転がす。 すでに完全武装済みかよ! ってか、まだ五秒経ってねぇ! 俺はとっさにカップを乗せたトレイを放り出し、ファニィの腕を引っ張ってソファの陰に飛び込んだ。刹那、頭上を火薬の熱風と、キナ臭さの混じる爆煙が通り過ぎる。 あ……危ねぇ。あと一息待避が遅てれたら、完璧に巻き添えだったぞ! ファニィは驚いて頭を抱えてしゃがみ込んでいる。俺がそっとソファの陰から顔を出すと、当然ジュラさんは無事として、サヴリンさんもすかさず向かいのソファの陰に待避していた。 その身のこなしを見て俺は、彼が相当コートに恨まれ、数々の辛酸を舐めさせられてきているのだと悟った。そうでなきゃ、コートの予告無視前置きなしの突然の発破を避け切れるはずがない。あいつ意外と素早いからな。ああ、慣れってコワイ……。 「コート、いきなり何してんのよ!」 「サヴリンさんの抹殺です!」 可愛い顔をしてサラリとえげつない事を間髪入れずに叫ぶコート。 え、あ……ま、抹殺……? 抹殺って、あの抹殺か? ファニィは口をパクパクさせて、二の句を次げなくなっている。口の達者なファニィを一言で黙らせるとは……。 「おい、コート! お前、嫉妬にしてもやりすぎぞ!」 「抹殺がだめなら、この世からこの人の存在自体を永久消滅させます!」 意味同じだよ! 駄目だ。コートは完全に頭に血が昇っていて、こっちの言葉に耳を貸す気配もない。この面子でおそらく唯一コートをおとなしくさせる事ができるのは……。 俺は縋るようにジュラさんを見た。ファニィも俺の隣で両手を祈りの形に組んで、コクコクと何度も頷きかけている。ジュラさんは不思議そうに首を傾げたまま、ゆっくりとコートを羽交い絞めにするように、背中から腕を回してその小さい体を持ち上げた。 「コート、少しおイタが過ぎますわ。やんちゃさんも可愛らしいですけど、事を大きくし過ぎたらメッですわよ」 悪戯だとかヤンチャだとかいうレベルをすでに越えてるんだが、今、ジュラさんに説明してる状況でもなきゃ、説明して通じるとも思えない。 だってこの部屋、もう改修工事入れなきゃ二度と使えないほどにボロボロだから。壁やら床は焼け焦げ、窓ガラスにはヒビが入って、天井の照明も今にも落ちてきそうだ。 「コ、コートニス。君が非常に姉思いなのはよく分かるが、私はただジュラフィスに会いに来ただけで……」 「気安く呼ぶなと言ったでしょう!」 コートがジュラさんの腕の中で、ジタバタもがきながら叫ぶ。そのまま掴まえといてくれよ、ジュラさん。次に爆破物投げられたら隠れる場所がない。 サヴリンさんは少しビクビクしながら、真っ向からコートと話し合いをしようと思ったのか、ソロリソロリと二人に近付く。 「お、落ち着いて話し合お……うごっ……」 「あなたなんかと話し合うことなんて何もないです」 不用意に近付いてきたサヴリンさんを、コートはジュラさんに抱えられたまま情け容赦なく蹴り飛ばしていた。サヴリンさんの顔面にコートのブーツの底がモロに入っている。 あの……さ。コートもれっきとしたラシナの資産家の血筋なんだよな。つまり家出中とはいえ、育ちがいいはずなんだ。そんないいトコ育ちの上流階級のおぼっちゃんが、真顔で土足で一切躊躇なく人の顔面、真正面から蹴飛ばすか? 普通? 最愛の姉であるジュラさんが絡むと、普段の冷静さやおとなしさが多少無くなっちまう事は認識できてたが、でも今回の一件は嫉妬と言うにはあまりにも行動が度を越してるだろう。俺はコートのまた新しい一面を発見した気分だった。 ……決して晴れやかなものとは言えないが。 「まぁまぁまぁ。コートったらヤンチャさんですわね。サヴリンさんのお顔が滑稽になってしまいましてよ?」 「ジュラフィス。君まで私を笑い者にするのか?」 サヴリンさんが蹴られた顔を押さえて、指の隙間からジュラさんを見ている。 「なぁコート。一方的に毛嫌いするんじゃなくて、三人でよく話し合ったらどうだ? ほら、まず謝りな」 俺がコートを促すと、コートはまだジュラさんに抱えられたままジタバタしている。 「姉様を利用しようとしている卑劣で下衆な人に、どうして僕が謝らなくちゃいけないんですか!」 げ、下衆とまでこき下ろすか……。 「誰も気付いてません! 『子爵』という爵位をチラ付かせて母様に取り入り、姉様との婚約を利用してグランフォートの富を狙って近付いてきたことに、誰も気付いていないんです!」 グランフォート家の資産はもうすでに底を尽いており、そして一家を建て直す程の価値ある曽祖父の遺産の秘密を握っているのがコートだけだという事実を知るのは、この中では俺とコートだけ。 コートの言う事が事実だとすれば、グランフォート家の資産がもう無いのだとサヴリンさんが知っているのなら、ジュラさんに固執するメリットは何もない。サヴリンさんは知らないんだ、おそらく。 だからこそ、純粋にジュラさんを迎えに来ただけという、彼の言葉を信用してもいいかもしれない。断定するには、まだ何か引っ掛かる嫌な予感のようなものがあるんだが……。 「グランフォートなんてあんな家、どうなっても構いませんけれど、姉様を利用するのだけは許せません! 姉様は僕が守ります!」 ファニィがクイクイと俺のショールを引っ張った。 「どういう事? 状況がよく飲み込めないんだけど」 「ええとだな……コートが言うには、サヴリンさんはグランフォート家の資産を狙ってジュラさんに近付いたんだと」 「それは違う! 私はただ純粋にジュラフィスとの婚姻を望んだ訳であって、グランフォートの富は……あぐっ!」 俺とファニィの会話に待ったを掛けようとしたサヴリンさんは、うっかりコートの間合いに入って奴の二度目のキックを顎に食らっていた。学習しろよ……。 「まぁ、コート。顎を狙うのは基本中の基本。お見事ですわ」 「はい姉様」 コートはジュラさんに向かってにっこり。変わり身早いな! でも火に油を注がないでくださいよ、ジュラさん。 「んー……ねぇコート。誰も気付いてないってあんた言うけど、じゃあなんで、あんたはそれを知ってるの? 証拠とかあるの?」 ファニィの問い掛けに、いつも用意周到なコートが珍しく一瞬言い淀む。 「し、証拠なんてありませんけれど、僕ははっきり聞きました。サヴリンさんが母様と密談していて、姉様と婚姻関係を結ぶ事によって、グランフォートの資産をトヴォイ家へ、トヴォイ家の爵位をグランフォート家へと共有できるって……僕ははっきり聞いたんです! 信じてください、ファニィさん!」 コートの悲痛な訴え。 「補佐官様。もしコートニスの戯言を信じると仰るなら、それはコートニスが幾つの時の話ですか? コートニスがジュラフィスと家を出て行ったのは、コートニスが四歳の時ですよ。そんな『幼児が聞き違えた寝言のような話』に、真実味がありますか?」 「僕は一度見聞きしたことは忘れません!」 四歳と言えど、コートニスの場合は一般的な四歳児じゃないからなぁ。なんせ曽祖父の遺産の謎を解いたのも四歳でだぞ。普通の子供なら、読み書きすら覚束ない年頃だ。 ファニィは親指の爪を噛みながら、コートとサヴリンさんの話を自分の頭の中で天秤に掛けているようだ。 こんな事になるのなら、ファニィにもグランフォート家の資産と曽祖父の遺産の話、ちゃんとしておくんだった。俺だけが悩まなくちゃならないなんて、あまりに荷が重い。ひとまず今、簡単に説明しておくか。 「ファニィ、ちょっと聞け」 「あとにして」 俺がグランフォートの事を打ち明けようとすると、ファニィは素っ気なく俺を突っぱねる。ファニィにはファニィなりの考えがあるんだろうが、判断材料になる話を聞かないでおく事は、誤った決断を下し兼ねない。 「ファニィ、いいから聞け」 「うるさいわよ! ちょっと黙ってて!」 ファニィは俺を睨み付けてくる。 「ねぇ、コート。さっきからコートは、どうしてサヴリンさんにおイタばかりしますの? サヴリンさんはいつもお土産をくださったし、わたくしやコートの事をいつでも気遣ってくださったでしょう?」 「あんな人に騙されないでください、姉様!」 コートは肩越しに振り返ってジュラさんを説得に掛かる。 「姉様は騙されやすい人だから、僕が姉様を守るんです! 姉様は僕の言葉だけを信じてくださったらいいんです! 姉様は僕とサヴリンさんのどちらを信用してるんですか?」 返答に困っているのか、それとも意味が理解できなかったのか、ジュラさんは黙ってコートを見つめている。そしてサヴリンさんも二度のキックを食らってようやく学習したのか、コートに近付かないようにしつつも、ジュラさんに何か言おうとまごまごしている。 果たしてコートの言っている事は事実なんだろうか? それともサヴリンさんの言葉を信じるべきなんだろうか? 俺も少し考える。 「……サヴリンさん。あたしの目を見て、コートの言葉がウソだと言えますか?」 ファニィが思考を巡らせた末に出した結論なんだろう。全ての答えを、彼に委ねる事。 なぁ、ファニィ。それは危険なんじゃないか? それをするくらいなら、俺やお前も交えて話し合った方がいいんじゃないか? 「もちろん言えますよ。コートニスの言葉は虚言です」 「うそつきはあなたです!」 ファニィはどちらかと言えば、サヴリンさん側に付いたんだろう。そしてジュラさんはどちらでもない中立。俺はどちらも選べない中立。コートだけが……この小さなコートだけが、必死にジュラさんからサヴリンさんを遠ざけようと躍起になってるんだ。 「コートニス。私に話をさせてくれないか? 君は私を勘違いしている。ちゃんと話し合えば理解が深まるだろう?」 コートが唇を強く噛んで、キッとサヴリンさんを睨み付ける。手足の届かない範囲だから、コートができる事といえば睨むくらいか。 「……決めた。コート、こっち見て」 ファニィがコートに呼びかけると、コートは今にも泣き出しそうな顔になって、それでも必死に涙を堪えてファニィを見た。 「ジュラとサヴリンさんと、静かに穏やかにキチンと話し合いしなさい。一切の手出し暴力行為は無用。これは補佐官命令です」 「ファニィさん!」 「命令です」 ファニィは、今までたった一人で必死に頑張ってきたコートにとって、一番無情な結論を出した。 「コートの言葉に後ろ暗い事があるなら、サヴリンさんの声には揺らぎが生じるはずよ。だけどそんなの感じなかった。コート。あんたにだって、聞き違いや誤解があるかもしれないじゃない。だから話し合うんだよ」 「……僕を……信じて……」 ついに堪え切れなくなったのか、コートがしゃくり上げ始めた。 「まぁコート。どうしたんですの? おなかが痛いんですの? 誰かに意地悪されたんですの?」 「姉様、僕を信じてください。サヴリンさんは姉様を騙してます。利用しようとしてるだけです」 「……コート。わたくし、難しいお話は苦手ですの。でも一生懸命お話を聞きますわ。だからコートもわたくしと一緒にお話しましょう。ね?」 ジュラさんがコートを床に降ろし、自分も膝を折ってコートの視線と自分の視線を重ね合わせる。ぽろぽろと涙を零すコートの頭を撫でながら、柔らかく微笑みかける……そんないつもの光景。 「ファニィ。ここは俺やお前も話に加わった方がよくないか? 第三者の目がある方が、コートもサヴリンさんも、腹に一物抱えるような事はできないだろうし」 「ダメ。これはジュラとコートの問題なの」 ファニィと、この姉弟との付き合いは長い。だからこそ、ファニィはこういった決断を出したのかもしれない。だがファニィはグランフォートの真実を知らない。 俺は食い下がるべきか、ファニィに従うべきか、躊躇していた。 「コート、くれぐれももう一度言うわ。あたしの『命令』よ」 コートは答えず、ただ悔しそうに唇を噛んでいた。 「あたしたちは外にいます。何かあれば呼んでください。ほら、行くよタスク」 俺はファニィに腕を掴まれ、来賓室から引っ張り出された。 |
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