Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


       2

「あれ? ここにあったハンコ待ちの書類は?」
 あたしは執務室の机の上から忽然と姿を消した書類を探して、机の引き出しを上から順番に開け閉めした。
「それならわしが処理しておいた。お前がいつまで寝込んでいるか分からなかったからな」
「ありゃ。ごめんなさい。あたしならもう大丈夫だから、なんかあったら何でも言って」
 あたしは養父……元締めに向かって肩を竦めて両手を広げて見せた。
 あたしがちょっと体壊してる間、元締めは組合の仕事を一人でこなしてくれてたんだよね? でも今はぼんやり組合登録者リストなんか眺めちゃってる。
 あれー? いつもなら書類がちょっとくらいは残ってるはずなんだけど。
「もしかして……暇?」
「ああ、そうだな。お前が休んでいる間、コートニスが気を使っていろいろ手伝ってくれた」
 なるほど。やっぱコートの仕業だったか。
 超天才児のコートは、対人業務に関しては壊滅的にダメな子だけど、書類整理や調査に関する事務的作業の効率は、あたしや元締めを遥かに凌駕する能力を発揮する。無駄口利かずに黙々と事務作業に没頭させたら、そりゃ組合の書類なんかすぐ片付いちゃうわよね。
 元締めは暇そうに頬杖をついたまま、パラリと音をたててリストをめくる。
「一応規則として、定時までは本部にいてもらわなければならないが、適当に内部の視察に行ってみてはどうだ?」
 〝視察〟ね。あは。上手い事言うなぁ。
「そう? じゃあ組合の中を『見回り』に行ってくるわ。あたし補佐官だもん」
 元締めと補佐官。雁首揃えて、二人して無理に執務室に缶詰になってる必要は全くない訳で、あたしは元締めのお許しを得て、組合の中を適当にブラつく事にした。

 どうしよう? お昼ご飯は早めに食べちゃったし、一応あたしも『補佐官』って立場上、あんまり暇そうにしてる姿を見られるのもちょっと問題よね。えーと、コートが図書室で一人でなんかの設計図書いてたって事は、ジュラは一人で鍛錬室にでもいる訳よね? じゃあジュラと模擬戦闘訓練でもしてようかな。
 ……あたし……今までにジュラに勝った事、一度もないけど。あの頭お花畑のジュラの格闘センスが異常すぎるのよ! 長い髪とドレスひらひらさせながら、ほんの僅かな隙突いて痛烈な一撃食らわせてくるってのは、なんかすっごい腹立つのよね。本人が楽しいだけなんだもん。
 あたしは執務室から一番近い出口を出て、組合の中庭に出た。するとそこには見慣れない人影が。
 銀髪に……褐色の肌? 銀髪がラシナの民っぽいけど、肌の色がジーンの民っぽい感じもする。混血なのかしら? 閉鎖的なお国柄のジーンが混ざってるっていうのは、なんだか珍しい組み合わせな気もするけど。
 でもちょっと困るわ。この中庭、関係者以外立ち入り禁止だもの。依頼なら組合正面入り口の受付を通してもらわないと。
「そこの方。失礼ですけど、どちら様?」
 あたしが声を掛けると、その人はあたしの方を振り返った。
 銀色の髪の隙間から、ナイフのように尖った耳が見える。やっぱりラシナの民?
「ああ、組合の方ですか? 良かった。少々お伺いしたい事があ……」
 あたしは片手を挙げて、その人の言葉を制した。
「この場所は関係者以外立ち入り禁止です。依頼なら組合本部受付を通してください」
「あ、はい。すみません……」
 その人は素直に頭を下げた。うん、分かればよろしい。
「本当に申し訳ない。こちらへは人を訪ねてきて、そのまま迷子になってしまって、出ようにも進もうにも道が分からなくて困り果てていたのです。よろしければ案内をお願いできませんか?」
 なんだ、迷子か。

 でもこの組合の中庭。物凄く頻繁に外部の人が迷い込むのよね。確かジーンの賢者のミサオさんも、ここに迷い込んでコートと会ったんだっけ。迷い込むのとは違うけど、市場の青果屋台のコハク君とかも、厨房の御用聞きに来たついでに、よくここでコートとお話ししてるみたい。ジュラ目当ての町の男の人たちも、こそこそしてるのをこの中庭で何回か見た事あるし。
 たしかに組合は増築に増築を重ねたクネクネした建物だけど、そんなに連絡通路はややこしくないと思うんだけどな。初めての人には、やっぱり分かり辛いのかしら?
 案内看板増設も必要かもしれないけど、受付の子たちにもっと人の出入りの監視を厳しくするように、一度ピシャリと言っておいた方がいいかもしれない。

「じゃあ案内しますね。外でいいんですか? それともその訪ね人の新規依頼受付ですか?」
 外への道を教えて勝手にどうぞって言って、本当に好き勝手に組合の中をうろうろされても困るし、どうせあたし、暇だし。だから案内してあげる事にした。
「依頼……という訳ではないんです。こちらにお世話になっていると聞いて、私が勝手に会いにきただけなので」
 あらま、積極的。昔お世話になった恩人とか、その類かしら? ここは冒険者組合だもの。人に感謝される依頼をする事もあるものね。
「その人は組合所属員なんですか?」
「詳しくはちょっと……ですが、おそらくは」
 その人は言葉を続けようとして、あっと声をあげた。
「失礼。名乗りもしていませんでした。私はサヴリン・トヴォイ。ラシナの落ちぶれた貴族です」
 サヴリンさんは苦笑しながら名乗る。落ちぶれたなんて言ってはいるけど、確かに彼の言動の端々に、貴族らしいちょっと芝居染みた、形式ばったような振る舞いが見え隠れする。あたしは貴族なんてものに、気後れはしないけど。
「あたしはファニィ・ラドラムです。組合の補佐官をしています」
「えっ? その若さで?」
「組合に所属するのに歳は関係ないわ。能力があるかないかですから」
 あたしはちょっとだけムキになって反論した。
「……まぁ、一応規約で十五歳以下は加盟できない事になってますけど。でも突出した能力があるなら考慮はします」
 ふと頭の中にコートの顔が浮かぶ。
 コートが組合に来たのって、確か七歳だったものね。でもあの子は本当に特例中の特例。脳みその作りが常人とは異なってるもの。
「ところでサヴリンさん、ラシナの民なのに肌が黒いんですね」
「ええ、私の祖母がジーンの出身なもので。ですから私はラシナとジーンの混血という事になりますね」
 ふぅん、なるほど。じゃあタスクもジーン以外の国の誰かと結婚したら、その子供や孫の肌の色が黒くなるのかしら? ジーンの民の一番の特徴である肌の色が濃くなる遺伝子、なんかやたら強そうだもんね。ふふっ!
「そうなんですか。じゃあそろそろ本題に戻して、サヴリンさんの訪ね人というのは?」

「ええ。彼女の名前はジュラフィス・グランフォート。私と同じような銀髪と、紫色の美しい瞳の女性です」
 サヴリンさんの言葉を聞き、あたしは笑顔を取り繕ったまま、全身を強ばらせた。

 ジュラフィス……って、ジュラ?
 でもジュラはコートと一緒にラシナの実家から家出してきてて、そしてママと揉めてて、二人とももう絶対に家には戻らないと言い張ってて……でも二人のママはコートを誘拐するほど帰ってきてほしいらしくて……。
 え? え? じゃあもしかして、サヴリンさんは二人のママの指示でジュラとコートを取り返しに来たって事?
 あたしは一瞬でいろんな最悪の事態を頭に巡らせる。
「こちらにお世話になっていないでしょうか、ジュラフィスは?」
「え、ええと……知ってるような、というか……知ってる……んですけど……」
 あたしが視線を泳がせつつ、しどろもどろに答えると、サヴリンさんはあたしの腕をガシッと掴んで詰め寄ってきた。うわ、顔近い! 顔近い!
「いるんですね! ジュラフィスに会わせてください! ジュラフィスは私の婚約者なんです!」
 ええーっ!? ジュラに婚約者だなんて初耳だよ!
 でもこれであたしの戸惑いは更に濃厚になった。
 婚約者って事は、二人のママとは当然顔見知りよね。そしたら二人が家出したって事は知ってるだろうし、ママがジュラやコートを連れ戻したがってる事も知ってるだろうし。
 もしあたしがここですんなりジュラとサヴリンさんを会わせたりしたら、とんでもない大事になりそうな気がする。なにより、コートに恨まれる。
 コート……あの子は普段は気弱でおとなしすぎるほどおとなしくて、内気で超絶に恥ずかしがり屋だけど、実はこの組合の中で、怒らせてはいけない人物ナンバーワン。コートの怒りを買って、その愛らしい容姿にそぐわない、超絶にえげつない容赦ない仕返しに負けて泣いて謝った事は、あたしのトラウマになっている。
 そんなコートの逆鱗を全力で撫で回すような真似、あたしはできやしないわ。

「え、ええと……サ、サヴリンさんはどうやって、ここにジュラがいると知ったんですか?」
「グランフォートの奥様に伺いましたが?」
 ド直球。わーっ、わーっ! どうしよう!
「えーとえーと! ジュ、ジュラに会いに来ただけですよね? まさか連れて帰ろうとか思ってませんよね?」
 あたしはとにかく思い付いたままに質問を口にする。ああ、でもなんか墓穴っぽい!
 サヴリンさんは訝しげに首を傾げ、あたしの顔を覗き込む。
「私はジュラフィスの婚約者ですよ? 婚約者を連れて帰りたいと思うのは当然です」
 わーん、コート! 助けて!
 あたしは滝のように汗をかきながら、必死に事態収縮のための思考を巡らせる。
「そ、そのっ……だからですね。ジュラは……あー……家に帰りたくないと! うん、家に帰るつもりはないって言ってますから! だから組合が保護してるっていうか! もうここがジュラの家っていうか!」
 言い訳すればするほど、あたし、余計に墓穴掘ってるかもしれない。
 そんなあたしの言葉に、サヴリンさんが愉快そうに笑った。
「ははは。ジュラフィスもまだ子供ですね。まだそんな我が儘を? 天真爛漫で可愛い人だな、昔と変わらず」

 ……。

 あたしの頭は急速にクールダウンした。あの天然お花畑なジュラを『可愛い人』だなんて言い放つとは、このサヴリンさんって人、相当器が広い人なのかもしれない。
 そういえば……さっきから「ジュラに会わせろ」とは言ってるけど、コートの事には全然触れてない。二人のママの指示なら、二人とも連れて帰るって言うわよね?
 焦燥感は消えたけど、もうちょっと深く探ってから、ジュラに会わせるかどうかを考え直した方がいいかもしんない。
「サヴリンさん、ちょっと聞きますけど……コートの事は知ってます?」
「コート……コートニスですか? グランフォート家末弟の?」
「ええ、そのコートです。ジュラと一緒にいるんですけど」
 コートの名前を出した途端、サヴリンさんが苦虫を噛み潰したような表情になる。あれ?
「コートニスは……その……どうしても言うのであれば。あ、いや……」
 サヴリンさんの様子がどうもおかしい。コートの事はどうでもいいのかしら?
「ジュラにどうしても会いたいって言うのなら、コートも同席させていいならご案内してもいいですけど?」
 あたしはちょっと深く突っ込んでみる事にした。
 ここですぐ食い付いてくるようならママの差し金。そうでないなら、サヴリンさんの単独行動。そう判断する事にした。
 サヴリンさんはかなりの時間、じっと考え込んでいたけれど、渋い顔をしたまま口を開いた。
「申し訳ないですが……コートニスの同席は遠慮していただけませんか? 実は私、コートニスに大変嫌われていまして。顔を合わせるたびに暴言を吐き掛けられるのです。大好きな姉君を娶ろうとする私が憎いのでしょうね」
 あたしはちょっと驚いた。
 コートがあの強引なママ以外の人を嫌ったりするの? でもサヴリンさんが嘘を言っているようには見えないし。
「はは……初対面の方にこんな事、恥ずかしいですね。でも彼女たちを知る補佐官様ならお分かりになっているでしょう? コートニスは利発で利口な子ですが……ジュラフィスに対しては少々シスコンが酷いというか関係が盲目的過ぎると」
 ジュラもだけど、コートのお姉ちゃん大好きっぷりは、確かに傍で見ていてちょっと病的じゃないかとすら思う時がある。あのコートなら……ジュラがお嫁に行っちゃう事になったら、かなり滅茶苦茶しちゃうんじゃないかって事は、容易に予測できる。
 なんだかおかしくなり、あたしは口元に手を当て、クスッと笑った。
「分かりました。組合として、ジュラを連れて帰るっていう点はちょっとすぐにはお返事できませんけど、でもジュラに会うだけならすぐにお部屋を用意しますね」
「ええ、ジュラフィスに会えるだけでも私は嬉しいです。彼女を連れて帰るという問題は、彼女を交えて相談させていただければ」
 あのジュラがおとなしく〝相談〟に応じるかしらね。おやつでもあればおとなしくしてるかもしれないけど、会話は期待できないと思うなぁ、コートの通訳なしだと。
「ではこちらへ。コートにバレないようにジュラを連れてきますね」
「ありがとうございます」

 あたしはサヴリンさんを来賓室へ案内し、それから当初の予定通り、鍛錬室に向かおうと思ったけど、先に食堂へ寄った。
 食堂はまだお昼の混雑が解消されているとは言えなかったけど、でもタスクならこれくらいの人数、きっとすぐ捌けるわ。あたしはカウンターに向かった。
「タスク!」
 厨房の奥で、タスクが嫌そうな顔をする。そしてフライ返しを持ったままカウンターにやってきた。そのフライ返しをグンとあたしに突き付けてくる。
「なんだよ。お前さっき飯、食っただろうが。もう腹減ったのか? 太るぞ」
 そう。確かにあたしは早めにお昼ご飯、食べたわよ。だけど〝食堂に来た=ご飯ねだりに来た〟と思わないでほしいわ! あたしは憤慨した。
「違うわよ! お客さんが来たからお茶の用意してほしいの」
「なんだ。てっきり二回目の昼飯食いにきたかと思ったのに」
 タスクはケラケラ笑いながら言う。またからかわれた。コイツ……本気で減給してやろうかしら?
「それでお茶は幾つ、どこへ持っていけばいいんだ?」
「来賓室に三つ。あ、でもあたしは席外した方がいいかな……」
 久しぶりに会う婚約者同士の対話に、他人が混ざるのってちょっと迷惑よね。
「ん? お前が席外すなら元締めとお客さんか?」
「違うわ。ジュラの婚約者だって人が、ジュラに会いにきたの」
 あたしが答えると、タスクがあたしの袖を掴んでカウンター越しにあたしを引き寄せた。そして声を潜める。
「おい、それマズいんじゃないのか? グランフォートの奥方の命令で、またコートを取っ捕まえにきたんじゃ……」
 あはは。あたしとおんなじ発想してる。
「大丈夫、ちゃんと確認したから。サヴリンさんは本当に個人でジュラに会いにきただけで、コートには自分は嫌われてるから遠慮してもらいたいって」
「コートに嫌われてる? ……ああ、そうか。ジュラさんに婚約者とか、そりゃあいつなら激怒するよな」
 タスクが何かを思い出したようにクックッと笑う。
「あれー? タスクってばコートの気持ちが分かっちゃうの? ついにタスクもコートの熱烈アタックに陥落しちゃった?」
 あたしがからかって言うと、タスクは仏頂面であたしの額を小突いた。
「断じて違う。コートにはジュラさん絡みの前科があるだろうが」
「前科?」
 あたしが首を傾げると、タスクはああ、と納得したように頷いた。
「お前は知らなかったんだっけ。じゃあ知らないままでいろ。プライベートな問題だ」
 なにそれ。滅茶苦茶含みのある言い方、気になるじゃない。
 でもここで話の確信に突っ込んだ押し問答してても、サヴリンさんをずっと待たせる事になっちゃう。あたしはぐっと我慢する事にした。
「とにかくお茶三つ。あたしは頃合い見て抜け出してくるから。あと、コートには絶対秘密。ヤキモチの矛先が向いても知らないからね」
「あいよ。じゃあ手っ取り早くココ片付けないとな」
 タスクは厨房に向かって声を張り上げた。
「先輩! 俺ちょっと補佐官の用事ができたんで、あと任せます!」
 タスクはあたしの名前を上手く利用してお昼の厨房を放り出す。ぐぬぬ。なんかちょっとカチンとくるなぁ、そういうダシに名前使われるの。
 タスクは手にしていたフライ返しを他の人に押し付けて、さっさとお茶の用意を始めた。じゃああたしはジュラを呼びに行かないと。あたしは猛ダッシュで鍛錬室に向かった。
 そして鍛錬室のドアを開けたところで、ジュラとコートに出会う。コートはジュラの手を引っ張ってどこかに連れて行こうとしてた。お昼かお茶の時間、それとももう部屋に戻るところだったのかしら?
 うーん、ここにコートがいちゃマズイのよね。じゃあ、あたしもきっちり仕返ししてやろうじゃない。覚悟なさい、タスク。ふっふっふ。
「ジュラ、ちょっと用事頼まれてくれない? コートはお留守番ね」
「あ、あの……ファニィさん。僕、姉様と行くところがあって……」
「ごめん、あとにしてくれないかな?」
 コートが困ったように口元に手をやり、上目使いにあたしを見る。
「……で、でも僕も本当に急いでるんです……」
「えーっとね。コートの事、タスクが呼んでたよ。何か言いたい事があるって。食堂で待ってるんじゃないかな」
「えっ……タ、タスクさんが、ですか?」
 コートの顔がみるみる赤く染まる。あはは。出ました、恋する少女のような反応!
「そうそう。コートは先にタスクの用事を片付けておいでよ。あたしはジュラに用事があるから」
 タスクの名前を出したんだから、コートはすぐ行動を起こすと思ったんだけど、でもコートは困ったようにジュラを見上げる。
「コート、わたくしは構いませんから、タスクさんの所へお行きなさいな。でももしタスクさんがおやつをくださったのなら、必ずわたくしも呼んでくださいましね。わたくし、体を動かしていたので少しおなかが空いていますの」
 ジュラは少し腰を屈め、コートの頬を優しく撫でながらにこりと笑う。
「は、はい、分かりました。あ……で、でも絶対誰にも会っちゃだめですよ、姉様? さっき約束しましたよね」
 あれ。もしかしてコート、サヴリンさんが来てる事、知ってる? 「誰にも会うな」なんて言い方、まるで……。
 でもサヴリンさんがコートに先に会ってたなら、中庭にはいないわよね。コートが苦手なら見付け次第逃げるだろうし。うーん、考え過ぎかな。
「姉様、もう一度約束です。ファニィさんの用事が終わったら、寄り道せずにまっすぐにお部屋に戻ってくださいね。僕、タスクさんのご用事を急いで終わらせて、先に戻って待ってますから」
 珍しくコートが強くジュラに念押ししている。ジュラはいつも通り、ぽよーんと聞いてるけど。
「分かってますわ。コートのお願いですもの。わたくし、しっかり覚えましてよ」
 コートはジュラの手を離し、ペコリとあたしに向かって頭を下げた。そしてパタパタ駆け足で食堂へ向かった。やっぱりコートを言い含めるには、タスクの名前使うのが効果的よね。
 タスクー、うまくやりなさいよー!
「よし、コートは行ったわね」
「ファニィさん。それでわたくしは何をすればよろしいんですの?」
 ジュラがのんびりとした口調で質問してくる。
「うん、それなんだけど。サヴリンさんって知ってる?」
 細くて綺麗な指を唇に当て、ジュラはゆっくり首を傾げた。
「どこかで聞いた事があるようなお名前ですけれど……よく覚えていませんわ。コートなら知っているかもしれませんから、わたくし、聞いて参りますわね」
 と、ジュラはいつもの調子でコートを追いかけようとする。あたしは慌ててジュラを引き止めた。
「ちょ、ちょっ……ちょっと待って! サヴリンさんはジュラの婚約者なんでしょ? 貴族って言ってたから、きっと豪華な婚約パーティーとか開いて、美味しい物いっぱい食べたでしょ! 覚えてない!?」
 ジュラなら何か食べ物を引き合いに出せば、普段はトロトロプリン並の記憶力でも、恐ろしいほどの記憶力っていうか、食べ物に対する凄まじい執念を見せる。もしこれでも知らないって言ったら……あたし、サヴリンさんにジュラを会わせるって判断誤ったかも。
「そうですわねぇ……そういえば……昔、何のお祝いの席でしたか忘れてしまいましたけれど、まだラシナにいた頃に出席したパーティーで、どこかの殿方にお食事を戴きましたの。鴨のローストにオレンジソースを掛けて戴きましたわ。ふっくらしたとても素晴らしい焼き加減でしたの。他にも鯛のムニエルに、甘くてふんわりでカリカリに焼けたクロワッサンと、デザートにリンゴのタルトと木苺のパイを……」
「分かった! もういい! 食べ物の説明はもういいから、とにかくサヴリンさんって人と婚約したのね?」
「ええ、多分。毎日美味しいお食事を用意してくださると仰っていた方だと思いますわ」
 サヴリンさんがちょっと可哀想になった。婚約パーティーだなんて一大イベントが、ジュラにとっては食べ物の事以下の記憶にしか留まってないなんて。でもやっぱり食べ物を引き合いに出して正解。サヴリンさんの名前だけじゃ、ジュラは絶対思い出してくれなかった。
「そのサヴリンさんがジュラに会いに来てるの。だから会ってあげて」
「わたくしは構いませんけれど……どうしてコートは一緒ではありませんの? コートがいませんと、わたくし難しいお話が理解できませんわ」
「サヴリンさんがコート抜きでって言ってるの。ジュラ、サヴリンさんに会った事はコートには秘密だからね」
 あたしは念を押して、ジュラを連れて来賓室へ向かった。

 来賓室ではサヴリンさんが、そわそわとジュラを待っていた。そしてあたしの連れてきたジュラを見た瞬間、ばっとジュラに駆け寄って、彼女を抱き締めた。
「ジュラフィス!」
「あら、まぁ……」
 ……あたし、やっぱりちょっと邪魔かも。
「随分お久しぶりですわね。いつ以来でしたかしら? わたくし、サヴリンさんを今、少しだけ思い出しましたわ」
 わ。ジュラの記憶に残ってるって、ある意味稀少じゃないかしら?
「うふふ。サヴリンさんはいつも美味しいお菓子をたくさん、おみやげにくださいましたわよね。わたくしいつもとても美味しく戴きましたのよ」
 やっぱり思い出したのは食べ物だったか。
「ジュラフィス、私はそういう話をしにきたのではなくて」
 サヴリンさんがもどかしそうにジュラの顔を見る。
「そうですわ。きっとコートも喜びますの。わたくし、コートを呼びに行って参りますわね。少しお待ちになっていらして」
「あー!」
 あたしは慌ててドアの前に立ち塞がる。
「コートは別の用事があるからってさっき言ったでしょ。あたしが様子見てきてあげるから、ジュラはサヴリンさんと二人で話してなさいよ」
「ジュラフィス。私はコートニスには……」
 サヴリンさんが苦笑しながら説明しようとした時、あたしの背後でドアがゆっくり開いた。ドアにトンと背中が押されてあたしが振り返ると、頬をヒクヒクと引き攣らせたタスクが、片手にティーカップを〝四つ〟乗せたトレイ、そして片手をお詫びするかのように顔の横に挙げて立ち尽くしていた。
「タスク……?」
「……悪い……うっかり口が滑った……」
 タスクの背後から、普段はぐりぐり丸っこくて可愛らしい目を、怒りで般若のように吊り上げたコートが現れた。

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