Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


     招かれざる訪問者

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 僕の名前はコートニス・グランフォート。オウカの国にある冒険者組合に所属する、からくり技師です。あっ……からくり技師ですけれど、冒険者でもあります。
 組合に依頼されたお仕事を、内容に基づいた必要経費や料金をいただいて、組合に所属する冒険者たちが解決するというお仕事をさせていただいています。
 お仕事は商隊さんやその荷物の護衛運搬、魔物退治、簡単なものですと、オウカ以外の外国語で書かれた書物の翻訳や、物品の作成など。町で起こっている事件の真相究明、つまり警護団や探偵の真似事などもします。つまり何でも屋とか、便利屋と呼ばれるお仕事の、各自の能力を生かしたプロフェッショナル集団とでも説明しましょうか。
 僕はまだ十歳で、本来ならば組合の規約により、正式には所属することはできません。でも僕は人よりちょっとだけ物知りで、勉強も大好きで、それから姉様の……おひとりで生活なさるには少し不自由で、とてもおおらかな気性をお持ちの姉様の身の回りのお世話をするために、特別に組合に加入させていただいているんです。
 姉様……ジュラフィス姉様と僕は、二人で一人扱いという制限付きで、組合への所属をお許しくださった元締め様と補佐官のファニィさんには、感謝してもしきれません。僕これからも、もっともっとお二人のご期待に添えられるようにがんばります。

 今日、僕は組合のお仕事はお休みです。
 ですから僕は、新しいからくりを考えていました。今回考えているのはそんな大掛かりな仕掛けのないもので、工房で作業するまでもないので、組合の図書館でからくりの設計図を書いていました。そこへファニィさんがやってきました。
「あれ、コート。ここでやってんの?」
 ファニィさんはつい先日まで、体調を崩されてお休みなさっていました。精神の摩耗的なご病気だったと聞いていますが、あまり不躾に詳しく聞くのも失礼だと思ったので聞いていません。
 でももうすっかりお元気になられたようです。
 えへへ。よかったです。ファニィさんのお元気な姿を見ないと、僕もちょっと気分が落ち込んでしまいますもの。
「は、はい。新しい簡単なからくりを作ろうと思って……」
 僕の書いている設計図をのぞきこみ、ファニィさんは難しそうなお顔で眉を顰めました。
「相変わらず他人が見ても訳分かんない設計図ね」
 僕の書く設計図は誰かに習ったものではなく、僕の独学で作り上げたものです。だから僕以外の人が見てもよく分からないのだと思います。
「うわぁ、よくそんな几帳面に等間隔に線を引けるわね。あたしなんか絶対ズレるよ」
「な、慣れの問題だと思います。定規を使っていますし。それに僕も昔は、まっすぐな線なんて引けませんでしたから」
「それでも凄いわ。うん。偉い偉い」
 ファニィさんは僕の頭を撫でてくださいました。えへへ。頭を撫でられるの、ちょっと恥ずかしいですけれど、とても嬉しいです。どんなことでも褒められたら、みなさん嬉しくなりますよね?
「じゃあ、あたし用事あるから」
 ファニィさんが片手を挙げて立ち去ろうとするのを、僕は引き留めました。
「はい。あっ……お、お忙しいのでしたら、ぼ、僕もお手伝いしましょうか?」
 いつもお世話になっているファニィさんが困っていらしたら、僕はどんなお手伝いでもしたいです。特に今はまだ病み上がりですし、ご無理なさっていないか心配です。
「大丈夫。あんたとジュラは非番でしょ。なんかあったら手伝ってもらうから、今日はゆっくりしてていいわ」
「あ、ありがとう、ございます」
 僕はペコリとおじぎしました。そして執務室へ向かうファニィさんを見送りました。
 では僕は続きを、と思ったのですが、少しおなかが空いてきました。もうお昼ですし、脳を使うと体内の糖質が減少しますから、そのせいだと思います。
 僕は昼食にしようと、書き掛けの設計図を片付けました。姉様は鍛錬室にいらっしゃるはずですから、お声を掛けて食堂へ行こうと思います。
 折り畳んだ設計図をファイルに挟み込み、それから文具を片付けて、それらをまとめて抱えて僕は図書室を出ました。鍛錬室なら……二階の渡り廊下を通った方が早いですよね。
 僕は二階への階段を登りながら、何気なく窓の外に見える中庭を見ました。
 組合本部の主要なお部屋である、執務室や会議室、来賓室、図書室などのある本館と、鍛錬室や食堂のある別館、それから組合員のみなさんが寝泊まりされる男女別組合寮と中庭。それらが順序よく並んでいる様子が一目で分かる窓なんです。他の場所や建物からだと、すべての建物を一望する事はできません。

「……あれ?」
 僕は声をあげて、窓に近寄って外をよく見てみました。
 姉様のような綺麗な銀髪のかたが中庭にいらっしゃいます。ラシナ以外であんなに綺麗な銀髪を持っていらっしゃるかたは珍しいです。えっと……男性のようですけれど……。
 僕は妙な胸騒ぎを感じて、急いで階段を登って渡り廊下から身を乗り出しました。あの銀髪のかたのお顔をどうしても確認したかったのです。
「……ッ!」
 僕は手にしていた設計図と文具を落としてしまいました。
 姉様のような白くて透明感のある艶やかな銀髪。そしてジーンのかたほどではないですが、浅黒い褐色の肌。宝石みたいな青い瞳……。
「なぜ……あの人が……」
 僕は唇を噛み締めました。喉の奥に苦いものがこみ上げてきます。
 ラシナの民は、古い時代からの血筋と、地理的な事情による日照時間の関係から、肌や髪の色素が他の国のかたがたと比べて薄いのです。でも僕の見つけたあの人の肌は黒いんです。

 銀髪、褐色の肌、青い瞳。

 その符号に一致する人を、僕は一人だけ知っています。サヴリン・トヴォイ。姉様の婚約者を名乗る、厚かましく疎ましいかたです。母様と同じくらい、僕の大嫌いな人です。
 あの人がオウカに、冒険者組合に何のご用かなんて知りたくもないですし、顔も見たくありません。会話なんてもってのほかです。僕はファニィさんに頼んで、あの人を追い出していただこうと思いました。
 ……いえ、だめです。ファニィさんは先ほど、お仕事があると仰っておられました。まだお忙しいはずです。僕の身勝手でご無理を言うことはできません。
 ではタスクさんは……。
 僕は太陽の位置を見て、それからさっきの空腹を思い出して、今がお昼時で、タスクさんも今は食堂のお仕事がとてもお忙しいはずだと推測しました。
 僕は考えました。
 ファニィさんもタスクさんも、今は頼ることはできません。サヴリンさんを姉様に会わせたくもありません。
 ならば……僕がどうにかするしかありません。
 僕はぎゅっと両手を握り締め、大きく頷きました。僕がやるしかありません。僕は絶対にやりとげなければなりません。あの人を、姉様に会わせてなるものですか!
「……絶対に……姉様は僕が守ります!」
 僕は堅く決意して、とにかくまずは姉様に安全な場所に移動していただこうと、渡り廊下を駆け出しました。さっき落としてしまった書き掛けの設計図や文具に構っている暇はありません。
 サヴリンさんなんて、絶対に絶対に、ラシナへ追い返してやります。姉様に会わせてなるものですか!

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