Light Fantasia オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、 健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー! |
2 寮のお部屋で僕は新しいからくりの設計図を描いていました。姉様はお昼寝中です。 えへへ。今度のからくりは、とても面白そうな物ができそうです。材料を集めて、工房へ持っていって、それから組み立てて。考えるだけでも楽しいです。組み上がったら、真っ先にファニィさんに見ていただくんです。だってファニィさんは、いつも僕のからくりを褒めてくださるんですもの。 ファニィさん……早くよくなられたらいいのに。僕、なにもできないけれど、早くよくなってくださいと、いっぱいお祈りします。 ペン先をインクの瓶に浸した時でした。お部屋のドアが数回ノックされました。僕はペンを置いて椅子を降り、ドアを開けました。 すると寮の一階のお部屋のマヤさんがいらっしゃいました。マヤさんは寮母さんのような役割もしてくださっているのです。 「コートニスちゃんの呼び出しよ」 「あ、はい。どなた……でしょうか?」 ファニィさんは体調がすぐれなくてお休みされていますから、元締め様でしょうか? 僕は姉様と二人一緒に女子寮のお部屋をお借りしているので、元締め様や他の男性組合員のかたは、マヤさんを通じてしか僕を呼び出せません。 「ううん。タスクさんよ」 「えっ……」 僕は急に顔が熱くなるのを抑えきれませんでした。 「あっ……す、すぐ行きますとお伝えください。そ、それから……ええと、姉様がお昼寝なさってて……えと……あの!」 「うん。あとでジュラフィスさんには、ちゃんと言っておいてあげる」 「は、はいっ。よろしくお願いします!」 僕は急いでケープを付けて帽子を被りました。姉様がまだ深い眠りでいらっしゃるのを確認してから、お部屋を出ました。途中の階段で、外のタスクさんに言伝してくださったマヤさんとすれ違います。マヤさんはにこにこして僕を見送ってくださいました。 「はっ、はいっ! あ、あのっ……お待たせ、し、しました!」 「お、早いな」 女子寮の入口で、タスクさんは壁に寄り掛かって待ってくださっていました。 タスクさんがわざわざ僕を寮まで迎えに来てくださるなんて、どんなご用件なんでしょう? わ、わ……なんだか胸がドキドキします。 「ジュラさんは?」 「ね、姉様はお昼寝中です」 「ほっといて大丈夫か?」 僕は何度も頷いて、はやる気持ちを押さえて答えました。 「は、はい。マヤさんにお願いしてきましたので大丈夫です」 タスクさんはうんと頷いて、親指を組合の外に向けました。 「ちょっと外行くから付き合え」 「は、はい! どこへでもお供させていただきます!」 タスクさんが僕をおでかけに誘ってくださるなんて、すごく嬉しいです! 僕は両手で胸を押さえたまま、前を歩くタスクさんに遅れまいと、一生懸命歩きました。えへへ。ちょっとだけ、駆け足ですけど。 組合を出て、町のメインストリートを抜けて、市場へやってきました。ここはいつも賑わっていますから、人が多くてタスクさんとはぐれてしまいそうです。 「わっ……あ、あの……すみません、タスクさ……ひゃっ!」 何度も知らないかたにぶつかって、僕はタスクさんと少し離れてしまいました。僕は慌ててタスクさんを呼び止めます。 「んあ? ああ、悪い悪い。ほら、掴んでろ。はぐれるなよ」 タスクさんはショールの端を僕に握らせてくださいました。わぁ……い、いいんでしょうか? 緊張、します……。 市場の西の広場のほうへとやってきて、タスクさんは立ち止まられました。 あれ……ここ……先日の……? 僕がタスクさんを見上げると、タスクさんは難しい表情のまま、周囲に神経を張り巡らせているようでした。なにか思案中……でしょうか? 今、お声を掛けたらご迷惑かもしれませんね。 「……駄目だな……やっぱり昼間は喧騒で掻き消されてる」 何のことをおっしゃっているんでしょう? 「コート。わざわざ呼び出しといて悪いが帰るぞ」 「え、あ、はい……?」 僕は頷くしかありませんでした。タスクさんが何の目的でここへやってきたのか、どうして僕を誘ってくださったのか、見当もつきません。 「夜に出直す。晩飯食ったら……夜になったらもう一度ここにくる。ジュラさんはおやつでも渡して留守番しててもらえ」 「よ、夜にまた……ここへ?」 「お前の力が必要なんだ」 僕は言葉に詰まって、両手で頬を押さえて俯きました。そ、そんな大胆なことを急におっしゃられても、僕、どうすればいいのか分かりません。僕が必要だなんて……僕が必要、だなんて……わぁ……恥ずかしいです。 僕はタスクさんに連れられて、来た道を引き返しました。そして夜に出掛ける時間の約束をして、一度お部屋に戻りました。 それからなんだか気分が落ち着かず、僕は途中まで描いていたからくりの設計図を、仕上げることができませんでした。夕食も変に緊張してしまって、あんまり喉を通らなかったです。 そして夜、僕は姉様にお留守番をお願いして、タスクさんとの約束の時間に、組合の正面入り口で待ち合わせました。タスクさんは難しいお顔をなさっていて、どこか不機嫌そうです。 「よし、行くぞ」 僕はまたタスクさんと市場の西側の広場へ。 「やっぱり……」 タスクさんは眉間に皺を寄せて、息苦しそうに襟に指を差し入れて何度か服を引っ張っていらっしゃいます。 「あ、の……タスクさん?」 「お前はまだ感知はできねぇか?」 「か、感知?」 「まだ無理か……」 タスクさんのおっしゃりたいこと、なさりたいことが僕にはどうしても分かりません。 タスクさんは両手を前に差し出して、目を閉じられました。そのままゆっくりと広場を歩き出します。僕は首を傾げながら付いて行きました。 「……この辺りだな」 タスクさんが石畳に膝を着いて、ゆっくりと地面を擦ります。僕は訳が分かりませんけれど、お邪魔にならないように付いていくしかありません。 「ん、見えた。ここだな」 タスクさんが魔法の杖を取り出して、石畳の隙間に先端の宝石を押し付けました。 「火炎球」 杖の先端が光り、石畳の隙間を焼き焦がします。僕の火薬玉とは違う火花が散って、僕はびっくりして数歩後退しました。 「火炎球」 タスクさんがもう一度、魔法を放ちます。石畳の石が一枚割れて、下の土が露出しました。炎の魔法で地面を穿っていらっしゃるのでしょうけれど……理由が分かりません。 穿った穴の奥を覗き込んで、タスクさんは小さく唸って頭を掻かれます。 「やっぱ一帯掘り出すとかでないと難しいよなぁ……仕方ない。あんまり使いたくねぇけど」 お一人で悩んで、魔法を使われて、そしてぶつぶつと独り言を繰り返して。タスクさんは僕を同行させて、何をしたいのでしょうか? これも純白魔術の修行の一環、なんでしょうか? だったら訳が分かりません。ミサオお師匠様はもっと分かりやすく教えてくださいました。 「あ、あのタスクさん。先ほどから、な、何をされているのですか? 僕はどうすればいいのでしょう?」 僕は思い切って聞いてみました。 「んあ? ああ、お前の出番はまだ先」 「は、はあ……」 答えていただけませんでした。 タスクさんは少しだけ穿った穴に素手を翳し、その手の上に魔法の杖を重ねました。そして目を閉じます。 「……我の元へ」 あっ……! タスクさんの周囲に、異様な文様が一瞬だけ見えて消えました。も、もしかして……暗黒魔術、でしょうか? 僕にも構築式が見えるほど、魔術が身に付いてきたのでしょうか? だったらすごく嬉しいです。 「よし、ビンゴ」 タスクさんが手に何かを握ったまま振り返ります。 「コート、出番だ」 「は、はい。僕は一体なにを……」 タスクさんが手を開くと、そこには土で汚れた動物の牙のようなものが握られていました。でもなんだか……すごく、嫌な感じです。ただ古いだけの動物の牙なのに。 「……な、なんです、か……それ……気持ち悪い、です……見た目じゃなく、気配というか、なんとなく……ですけれど」 「さすがに剥き出しだとお前でも分かるか」 その牙を見た瞬間、僕の胸の奥でザワザワと何かが騒ぎ出し、吐き気にも似た何かが込み上げてきたんです。 「魔術……暗黒魔術の儀式に使われていた魔力媒体だ」 タスクさんが手の中の牙を見ながら、悲しそうなお顔をされました。 「この間、リッケル先輩がここで魔物化しただろ? あれはこいつが原因だ。いつからかは分からないが、ここに埋もれていたこいつから、黒き魔力が漏れ出して人間に悪影響を与えていたんだ。リッケル先輩は魔法使いじゃないが、多分魔的なものを吸収しやすい体質だったんだと思う。だから、あんな悲しい結末になってしまった」 「ではそれを探しにタスクさんは?」 タスクさんが頷かれました。 「リッケル先輩以外でも、オウカでは人間が魔物になるって話が昔からちょくちょくあったらしいからな。それにちょっと気になる事例を聞いて、もしかしてと思って調べてみた。暗黒魔術は人の心の悪しき部分を増大させる。悪しき心に囚われたら……そのほとんどが悲しい結末を迎える。だからこいつはこれ以上悪さしないように封じてしまった方がいい。こんなちっぽけな媒体であっても、こんなたくさんの人々が行き交うような場所で、誰にも気付かれずに長く土に埋もれて、長い年月、少しずつ多くの人間の悪意を吸収し続ければ、いずれあの魔鏡のような、もっと性質の悪いものになってしまう。純白魔術なら、こいつの力の源を封じる事ができる」 ──純白魔術。だから僕の力が必要とおっしゃったのですね。僕はようやく納得してタスクさんを見上げました。 でも……僕、ミサオお師匠様からは、タスクさんの中の炎の魔神を封じるための呪文や構築式しか習っていません。僕はどうすればいいのでしょう? 「お前は姉貴から、魔神を封じるための構築式を習ってるだろ? その一部を描き変えてやるんだ。呪文は俺が言う通り復唱すればいい」 「は、はい……あの……でも僕……その構築式が上手く描けなくて……」 頭の中に図面を描くのと同じというふうに習いましたが、でも順番に構築式を描いていく内に最初の方がグチャグチャになってしまうんです。紙にからくりの図面を描くように、容易にはできません。僕にはちょっと難しいです。 「覚えきれてないのか、それとも描き出してる内に崩れていくのか、どっちだ?」 「く、崩れていくほうです……」 タスクさん、ちょっと怖いです。魔法のことは優しく教えてくださるのですけれど、魔術のことになるとすごく険しいお顔をなさるんです。 僕はちょっと萎縮してしまいました。 「んー……どうすっかなぁ……」 タスクさんは少し苛々しながら髪を掻きます。そして立ち上がって、僕の後ろで膝を折ってしゃがまれました。 「できるかできねぇか分かんねぇけど、俺が構築式を描き出す。お前は魔力を制御しろ。お前と意識を同調させる」 「え、どういう……わっ!」 タスクさんが僕の体を抱き寄せて、僕の背中に額を押し付けてこられました。そのまま脇から腕を伸ばして、牙を握った手を僕の前に差し出します。 「魔力制御しろ」 「え、あ……あ……見え……」 僕の頭の中に複雑な文様、純白魔術の構築式が、すごい早さで描き出されて流れていきます。タスクさんの鼓動を背中から感じて、それと同じ早さで僕の頭の中に構築式が描き出されて。 これが意識の同調というのでしょうか? す、すごいです……タスクさんは純白魔術を使えないのに、こんな早さで純白魔術の構築式を生成してしまうなんて。 「我、願わんとす……」 呪文、ですよね? あっ……だ、だったら魔力の制御もちゃんとしないと……。 「わ、われ……願わんと、す……」 僕は必死に自分の中にくすぶる、多分魔力という精神力の一部を引っ張り出そうと、タスクさんの教えてくださる呪文を口にしながら「魔力」「制御」何度も心の中で繰り返しました。手の先がぽうっと、ちょっとだけ温かくなります。 せ、制御、できてます! 僕、できてます! 「古よりの禍の源、我の命により封じんとす……」 「……い、いにしえ、よりの……わざわいのみなも、と……わ、われの命により、ふ、封じん……とする……?」 意識を別のものに集中させながら、耳で聞いた呪文を復唱するのって、すごく難しいです。でもタスクさんが僕を頼ってくださっているのだから、僕、精いっぱい期待に応えたいです。 「怯えるな。堂々としてろ」 「は、はいっ……」 僕はタスクさんが握る牙の上に両手を翳しました。 僕の腕の肘の辺りが少し熱くなります。純白魔術師の証である痣のある辺りです。僕はタスクさんに言われた通り、一生懸命、弱気になってしまいそうな心を奮わせて勇気を振り絞りました。 魔術は、体内の魔力を対話の媒体として、精霊や悪霊を使役して扱う術なんです。その人ならざる物体に、術者は弱みを見せてはいけないんだそうです。術者が侮られ、見縊られてしまったら、使役するどころか、魔術の効果自体が最も悪い形で術者に跳ね返ってしまうんだそうです。 僕の両手の中に小さな白い光が灯って、タスクさんの手の中にある牙に吸収されていきました。光が完全に消えると、さっきまで気持ち悪かった胸のつかえがなくなっていました。なんだか随分呆気なくて、少し拍子抜けしました。 でもこれって、すごく難しい事なんです。ミサオお師匠様やタスクさんが、何度も根気よく教えてくださるほど、難しい魔術なんです。 「……なんとか成功か」 タスクさんはふぅと息を吐き出して、その場にペタンと座られました。僕はまだ何がなんだか分からなくて、ぼんやりしてました。 「お疲れ、コート。終わったよ」 「は、はぁ……」 まだ状況がよく分かりません。 タスクさんはぼんやりしている僕を見て苦笑なさいました。そしてお顔の横でさっきの牙を指で弾いて受け止めました。 「お前の初魔術、成功な」 「え、あ……ぼ、僕……ですか?」 僕が魔術を……? ようやく血が巡ってきて、僕は両手で口元を押さえました。唇が自然と笑みの形になります。 「ぼ、僕、できたんですか? 魔術、できたんですよね!」 「途中ちょっとヤバかったけどな。構築式もグダグダだし、魔力の制御はヒョロヒョロ危なっかしいし」 僕の描き出す構築式はまだ未熟で、魔力循環も均一に派生させられなくて、タスクさんの手助けがなければきっと完成しなかったと思います。けれど初めて魔術を使えたんです。 「で、でも僕、すごく頑張りました! う、嬉しいです!」 「へいへい。その調子で構築式をもっとしっかり描けるようになってくれ。俺の中の魔神が暴れ出す前にな」 「は、はいっ!」 どうすればこの喜びが表現できるんでしょうか? 姉様に言ってもきっと分かってくださいませんよね。組合の誰にも分からない……いえ、僕、タスクさんとファニィさん以外とはちゃんとお話しできないですし。 嬉しさだけが空回っているような、独創的なからくりを組み上げた時とはまた違う高揚感に、僕は思わず小躍りしてしまいそうになっていました。顔が自然とほころんでしまうんです。 「よし、帰るか」 「はいっ」 僕は嬉しくて、思わずタスクさんの手を握っていました。いつも姉様にしているみたいに。 タスクさんは苦笑しながらも、僕の手を払いのけはしませんでした。でもちょっと意地悪そうなお顔をなさって……。 「ほれ。記念に持って帰るか?」 僕の目の前に、さっきの牙を掲げられました。 「わっ! やっ……嫌です! いらないです!」 僕は飛び上がって逃げました。 「お前、こういうの研究するの、好きじゃん?」 「で、でもそれはいらないです! ぼ、僕の興味の範疇外です!」 タスクさん、意地悪です。 「あとで誰にも分かんねぇトコに埋めとくよ。もうこいつの役目は終わった。永遠にな」 タスクさんは牙をポケットに入れて歩き出しました。タスクさん、ちょっと意地悪です。でも、すごく満足そうなお顔をされていらっしゃいます。 僕のこと、褒めてくださってる……んでしょうか? きっとそうですよね! 僕、もっともっと勉強してタスクさんのお役にたてるように頑張ります! |
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