Light Fantasia オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、 健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー! |
5 魔物による町での猟奇殺人事件解決の依頼が組合にもたらされてから、今日で十日。日に三回の町中の見回りも、正直今日辺りが限界だった。 疲労の滲む足取りで、月明かりと手元のランタンだけが頼りの見回りを続ける俺とファニィ、そしてジュラさんとコート。 「ふあぁ……ねむ……」 俺は大欠伸をしながら、ランタンで、人っ子一人いなくなった市場の物陰を照らして、何か手掛かりがないかを確かめた。 「眠いですわ。わたくし、夜更かしは得意ではありませんの」 「そう? 夜の方が目とか冴えてこない?」 ジュラさんが眠そうに目を擦る。するとファニィは一人妙に軽い足取りでステップを踏み、ニィと笑って振り返った。ああ、そういやもうすぐ満月だな。またこいつの血が活発化する時期だ。 「俺たちとお前を一緒にするな。夜行性」 「ひっどーい! まだあたしをそういう目で見るかぁ?」 ファニィが大仰な仕種で返事をする。本気で怒っている訳ではなく、疲労と睡魔に見舞われている俺たちを、少しでも元気づけようとしているんだろう。いかにもファニィらしい。 ファニィの様子にクスクスと柔らかく笑ったジュラさんだが、コートだけはぼんやりとしている。ガキはとっくに寝てる時間だから仕方ないんだが。 「じゃあ市場をもう一周だけして、今日のところは帰ろうか。明日からは別のチームにも見回り、手伝ってもらえるし」 いつも以上に歩調が遅れ気味のコートを待ち、そして歩き出しを繰り返す。 コート、まだコハクの事を考えてんのかね? あれからコハクは組合に来なくなっちまったし。 んー、でもまさかコハクの奴が、コートに惚れるとは思ってなかったからなぁ。コートもさっさと性別バラしておけば、あんなにややこしい事にはならなかったのに。 市場の西方面に向かって歩いていると、ふいに俺の胸がグッと締め付けられるような感覚に見舞われた。呼吸が浅くなり、ギリギリと心臓が締め付けられ、指先が痺れ、そして額に脂汗が滲む。 なんだ、これは……? 「タスク、どうかした?」 いち早く俺の異変に気付いたファニィが訝しげに俺を見上げてくる。 これ、は……これは! 「魔術……」 「え、なに?」 間違いない、魔術の力だ! この近くに魔術に関わる何かがある! なぜだ? 昼間来た時は何も感じなかったのに……。 「お前らは俺の後ろに下がれ! 魔術に関わる何かがこの近くにある!」 「え? え? それって何? 前にあった魔鏡みたいなもの?」 「弱い力だからまだ分からない。だが……」 俺がそう言い掛けた時だ。絹を裂くような悲鳴が、軒を連ねる屋台島の先から聞こえた。 「まさか出たの?」 ファニィが腿に差した鞘から短剣を抜き放ち、声のした方へと駆け出す。 「待て、ファニィ!」 あの声は気になるが、この魔術の波動だって放ってはおけない! 「コート!」 「はい、姉様!」 ジュラさんがコートを抱え上げ、ファニィに続いて駆け出した。ああっ、ジュラさんまで! 「クソッ……」 魔術の波動の事は気になるが、ファニィたちを放ってはおけない。あの悲鳴は例の殺人事件の犯人に出くわした誰かかもしれない。俺は一人遅れてファニィたちを追った。 悲鳴のあった方へ近付くにつれ、なぜだか俺の胸騒ぎが酷くなる。そして魔力の波動も強くなってきたんだ。まさかこの力の源が、殺人事件に何か関わっているというのか? 市場の西のはずれの、広場となっている場所で、妙齢の女性に襲いかかろうとしている人影があった。その人影には見覚えがある。 「リッケル君!」 ファニィが叫ぶと、人影はこちらを振り向いた。 「ウウッ……」 組合で見る、線が細く真面目で固い印象のリッケル先輩とは全く別人かと思えるほど、彼の放つ気配が変化している。月灯りに照らされたリッケル先輩は、苦しげに小さく呻いて牙を剥いた。 深い緑色の瞳が赤く変化し、細見の体がゴツゴツと不自然に隆起し、膨らみ始める。 「赤い目の……魔物!」 ファニィが両手で口元を覆って小さく首を振る。 「ファニィ! リッケル先輩にも魔物の血が混ざってたのか?」 「いえ! リッケルさんは普通の人間です。身元は組合加入の時に確認しています!」 コートがジュラさんの腕から飛び降りながら叫ぶ。 「だったらなぜ、体が魔物に変化するんだっ?」 「ガアアァッ!」 巨躯の魔物となったリッケル先輩は、気を失って倒れている女性の喉笛に噛み付いた。 「あ……ああっ……!」 ファニィが強く自分の体を抱き締めながら、その場にへたり込む。ブルブルと全身を震わせ、目の前の魔物に心底怯えているようだった。 どういう事だ? ファニィという奴は、組合の仕事で出掛けた先で、どんな恐ろしい魔物に遭遇しても、果敢に真っ先に飛び出していくような奴なのに、なぜか今回は、目の前のリッケル先輩だった魔物に怯えて、ただひたすらに震えて縮こまっている。 クソッ! こんな時に何やってんだ、ファニィ! 「ジュラさん!」 「ええ、参りますわ!」 ジュラさんが魔物との間合いを一気に詰め、掌底を叩き込む。魔物は噛み付いていた女性を離し、ジュラさんに向き直った。俺はすかさず帯に差していた魔法の杖を抜き放ち、火炎球の魔法を放つ。 「ファニィさん!」 コートもファニィの異変に気付いたのか、彼女の元へと駆け寄る。だがファニィはコートの体を、悲鳴をあげながら突き飛ばした。コートが小さく声をあげて弾き返され、尻餅をつく。 パニックでコートの事も分からなくなってるのか? 「おいコート! ジュラさんのフォロー行け!」 「は、はいっ」 コートが袖を叩くと、手の中に火薬玉が幾つか転がり出る。そして火打石代わりの指輪に導火線を擦り付け、魔物に向かって投げ付ける。 よし、姉弟タッグにちょっと場を任せるぜ。 「ファニィ、しっかりしろ!」 俺はファニィの腕を掴み上げ、無理矢理立たせる。 「イッ……イヤァーッ! 何もしてない! あたしは何もしてない!」 幻覚でも見ているのかのように、ファニィが訳の分からない事を叫んで激しく首を振り、俺の手を振り解こうとする。 「ファニィ!」 「イ、イヤ……イヤなの……ッ! パパ! ママ! あたし何もしてない! 何もしてないよ!」 青ざめた顔で、何度も何度も嫌々と首を振る。 駄目だ、こいつは。錯乱しちまって、ファニィがファニィでなくなっている。何を切っ掛けにこうなってしまったのか、今は原因を究明している暇はない。 「ファニィ、しっかりしろ!」 俺は少し強めにファニィの頬を打った。ファニィは一瞬体を強張らせ、怯えた眼差しで俺を見上げる。 「しっかりしろ。ファニィ」 「……見た……の……同じ……見て……」 「何を見たんだ?」 「……あたし、見た……同じ、なの……」 ファニィが虚脱するようにまたその場へ座り込む。だが今度はさっきの怯えとは違い、魂が抜け落ちてしまったかのように呆けている。 「タ、タスクさん! リッケルさんが……どうすれば……!」 コートがもどかしそうに声をあげる。二人だけでの応戦も、もう限界だな。 それにこんな状態のファニィは使い物にならない。こいつを当てにはできないって事だ。 「今行く!」 俺はファニィをその場へ残し、ジュラさんとコートの元へ急いだ。 ジュラさんの体術と、コートの発破での攻撃は、波状となって魔物を広場の奥へと追いこんでいる。さっき噛み付かれた女性から遠ざけようとしているんだ。 俺は牽制の火炎球を放ち、ジュラさんとコートの間へ割って入った。 「コート、さっきの女性の意識を確かめて動けるようなら避難させてこい! 首の止血方法も分かるな?」 「は、はい!」 コートが駆け出す。すると魔物がコートを追って動いた。 「させるか!」 再び火炎球を放つ。だが命中はしなかった。 「コートにおイタは許しませんわ!」 ジュラさんが魔物に向かって素早く回し蹴りを放つ。魔物はそれを交わし、大きく跳んで空へ舞う。 「しまった!」 コートのすぐ目の前に着地した魔物は、間髪入れずにコートに襲い掛かった。コートは足をもつれさせて転び、頭を抱えてその場に蹲る。 「コート!」 ジュラさんが切羽詰った声をあげる。 「間に合わない!」 頭の中の構築式が崩れ、俺は魔法を不発に終わらせてしまう。刹那、魔物が渾身の力で地面を叩き、石畳は割れた。 だが……そこにコートの姿はない。コートはどこに行ったんだ? 「おまえ、ボーッとしてんなよ! 冒険者だろ!」 弾けるような声がして、俺は魔物の肩越しに更に奥を見る。 そこにはコートを抱いたまま転がっているコハクの姿があった。コハクはコートに怒鳴り付け、そして素早く手を引いて立ち上がらせる。 「コハク! コート!」 「兄ちゃん、やっちまえ!」 コハクが俺に向かってそう叫び、コートの手を引いて市場の屋台の影に隠れた。 あいつ、またやってくれた! コートの窮地を二度も助けやがって! 俺はほっと胸を撫で下ろす。夜中にうろついてるコハクには感心しないが、今回はそのお陰でコートが助かったんだ。小言は少しだけにしておこう。 だがコハクに「やっちまえ」と言われても、魔物化した人間を鎮静化させるなんて芸当、俺にはできねぇぞ……どうしたものか。純白魔術なら可能かもしれないが、コートはまだ魔力のコントロールができないから無理だ。 だったら……もう、手は一つだけしか残ってない。 「……先輩、すいません! 恨んでくれて構いませんから!」 俺は頭の中に複雑な構築式を描いた。 「ジュラさん引いて! 剣よ、貫け!」 無数の炎の剣が、リッケル先輩だった魔物を次々と貫く。皮膚が焼け、骨が焼け、そして全てを焼き尽くした。 「はっ……はっ……」 精神力をかなり消耗する、俺の使える中でも最大級の魔法。俺は消し炭になった魔物の死骸を見て、膝を折ってその場に座り込んだ。 「うっわ、すっげぇ……」 コハクが屋台の影から首だけ出して、俺の魔法に感心したように声をあげている。 「はあ……はぁ……コハク、ちょっとこっち来い」 「なに、兄ちゃん?」 ノコノコとやってきたコハクの頭を、俺はパコンと殴ってやった。 「なんでガキがこんな夜中に、こんな人気のない場所を一人でうろついてんだよ! 今、オウカじゃ殺人事件が起こってんの、お前だって知ってるだろうが!」 「いってーなぁ! だって仕方ないじゃん!」 コハクが掴んでいたコートの手を引き、自分の方へ引き寄せる。コートはわっと小さく声をあげ、コハクにしがみ付くようによろめいた。 「どうしてもコートに会いたくなったんだからよ」 「えっ?」 コートは驚いた表情でコハクを見上げる。 俺は杖を頼りに立ち上がり、胸を押さえて深呼吸した。やっと息が整ってきた。 「コートはお前と同じ男だって、こないだ教えてやっただろ?」 「聞いたよ。だから?」 「だからって……」 俺は思わず口籠り、眉を寄せる。 「ずーっと考えてみたんだけどさ。コートが男でも女でも、別にいいかなって。だっておれ、コートが好きなんだし」 「別にって……そういう問題じゃ……」 コハクは一体何を考えてるんだ? 「コートだって兄ちゃんの事が好きなんだろ。じゃ、おれだってコートが好きでもいいじゃん。だから兄ちゃん、今、はっきり宣言するぜ!」 コハクが俺をビシッと指差してくる。 「オウカにいる限り、コートはおれが守る! だから兄ちゃんは今からおれのライバルな! おれ、絶対にコートを諦めねぇから!」 「はぁっ?」 つまりこれはコハクの同性愛趣向許容宣言で、俺は俺の意図しない三角関係に巻き込まれたという事か? 「まぁまぁ、わんぱくさんなお友達さんですのね。タスクさん、コート。新しいお友達さんがわんぱくさんで楽しいですわね。わたくしも今度ご一緒してよろしいかしら?」 ジュラさんがのほほんと微笑んでいる。この人は本当にどこまでも、何が起こっても我が道を行く人だな。でもファニィは絶対この事を面白がってからかって……って、ファニィを忘れてた! 「おいコート! さっきの指示通り、あの女性の様態を見てこい! コハクも付いてってやれ! ジュラさんは念のため、ここにいてアレを見張っててください! 俺はファニィの所に行く!」 「え、あ、はいっ!」 俺が急いでファニィの所へ戻ると、ファニィはまだ同じ場所で蹲っていた。 「ファニィ……?」 「……見、たの……あたし、同じ……見た……あたしじゃない……あたしじゃ……ない……あたし……何もして、ない……」 ファニィは蹲って焦点の定まらない視線を泳がせ、さっきと同じうわ言を延々と繰り返していた。 |
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