Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


       3

 組合に猟奇殺人事件解決の依頼が持ち込まれて、今日で五日になります。あっ……夜間に持ち込まれた依頼だったので、正確には四日と半日、としたほうが正しいでしょうか。
 僕と姉様、ファニィさん、タスクさんは、午前と午後、そして夜間の三回、毎日町の見回りに出掛けています。でもこの五日で、同じような事件は起こっていません。僕たちの見回りが功を奏しているのでしょうか?
「はぁ……」
 ファニィさんが気だるそうに溜め息を吐かれます。実を言うと、僕もさっきから欠伸をしないように我慢しているんです。
 一日三回の町の見回りをもう五日も続けているのですから、みなさん、疲労が蓄積してきて当然です。ファニィさんは見回りのほかに、組合の補佐官のお仕事もされていらっしゃいますし。そして僕は子供ですから、みなさんよりずっと体力がなくて。
「今日、早めに切り上げるか?」
「そういう訳にもいかないでしょ」
 タスクさんがファニィさんを気遣って声を掛けていらっしゃいます。ファニィさんはいつものように突っぱねましたけれど、本当はタスクさんが仰るように、組合に戻って休みたいと思ってらっしゃるのがよく分かります。
 僕は姉様に手を引かれて歩いていますが、さっきからよく足がもつれて躓くんです。
「コート。お前は先、帰ってろよ」
「だ、大丈夫……です……」
 タスクさんが僕を気遣ってくださったので、僕は嬉しくなって顔が熱くなりました。

 市街地を抜けて、市場の見回りのために町の中心部へ向かっている時でした。
「あ、タスク兄ちゃん。こんちは」
 聞いたことのない声がタスクさんのお名前を呼んで、タスクさんが振り返りました。僕たちもそれにならって振り返ります。
 すると大きな籠を背負った、健康的に日焼けした肌のかたがタスクさんに向かって元気に手を振っていらっしゃいました。お歳は……僕より少し上、でしょうか?
 僕は知らないかたですけれど、タスクさんのお知り合いなのでしょうか?
「よう、コハク。配達の帰りか?」
「そうだよ。これ終わったら組合に行くつもりだったんだ」
 タスクさんがあっと小さく声をあげて、僕たちの方へ向き直りました。
「おう。みんな、悪い。紹介するよ。こいつは市場の青果屋台のトコの坊主でコハク。最近親父さんの手伝いを始めたんだってさ。だから組合には親父さんの付き合いで御用聞きに何度か来てる」
「こんちは。はじめまして」
 コハクさんが僕たちに向かってペコリと頭を下げられました。僕も慌てて頭を下げます。
「はじめましてだね。こんにちは。あたしは組合の補佐官のファニィ。こっちはジュラで、こっちがコート。コハク君、よろしくね」
「タスクさんのお友達さんですのね。わたくしはジュラフィスですわ」
 僕はコハクさんに挨拶なさる姉様に隠れて、もう一度小さくペコリと頭を下げます。知らない人とすぐ気さくにお話しなんて……僕にはできません。恥ずかしいです。
 僕がまごまごしていると、コハクさんは僕を不思議そうな目で見ていらっしゃいました。な、何か……僕にご用、なんでしょうか?
「タスク兄ちゃん。みんな組合の人?」
「ああ、そうだよ」
 コハクさんは僕を指差し、首を傾げられました。
「こいつ、まだ子供じゃん。組合って年齢制限あんだろ?」
「ああ、えっと、コハク君。この子はちょっと特別なの。特例で組合に所属してるのよ」
 ファニィさんが説明されましたが、コハクさんはまだ首を傾げています。
「まだこんな小っせえのに?」
「コハクは十一だっけ? じゃあこいつはお前の一つ下だよ。見た目、コレだけど」
「うわー! 小さいな、おまえ!」
 え……僕と一歳しか違わないんですか? 体も大きいし、物怖じなさらないし、もっと年上のかただと思っていました。
 突然、タスクさんがポンと手を打ちました。
「そうだファニィ。ちょうどいいから、市場の青果屋台、寄ってっていいか? 後で御用聞きに来てもらうくらいなら、今ついでに注文入れておいた方が、コハクの親父さんも手間にならないし」
「うん、別にいいわよ」
 不審な気配を探して見回りするにも、少し飽きていたせいかもしれません。ファニィさんはタスクさんの提案を快諾なさいました。
「うち来るの? じゃあこっち。近道だから」
 コハクさんが嬉しそうに僕たちを案内してくださいました。とても元気なかたなのですね。

 オウカの歴史は他国と比較すると意外と浅く、最初から整列整備されて作られた町ではないので、後付けで敷かれた細い脇道や裏通りも多いのです。だから地図にない入り組んだ裏道は僕もちゃんと把握し切っていませんから、近道を教えていただけるのはとても助かります。
 市場の西の端の方にある青果屋台の前まできて、タスクさんは屋台のご主人と、組合の食堂の注文についてお話を始められました。僕たちは口出しする事はないので、ただ待っているだけです。
「タスクったらすっかり食堂の実権握ってるね」
 ファニィさんがおかしそうに笑っていらっしゃいます。
「まぁ珍しい果物ですわ。わたくし、ちょっとおなかも空いていますし、試食させていただけないかしら?」
 姉様が屋台に並ぶ果物を見て呟いていらっしゃいます。
「ジュラ姉ちゃんだっけ? 食べる?」
「まぁ! よろしいんですの? 嬉しいですわ」
 コハクさんがナイフを取り出して、果物の山から一つを取り、器用に手の上で切り分けられました。そして一切れずつ、姉様とファニィさんに渡してくださいました。そして姉様の背後に隠れている僕にも、熟れて瑞々しい果物を差し出してくださいました。
「お前も食っていいよ」
 ニッととても愛嬌のある笑顔で微笑まれます。
「……あ、あの……ね、姉様が……ご無理を……すみま、せん……」
「は? 何? おまえ、声小っせえから聞こえない」
 僕は姉様がご無理を言ってしまったことをお詫びしたかったのですが、コハクさんには聞こえていなかったようです。ど、どうしましょう……ちゃんとお詫びしないと……。
「ね、姉様が……」
「なぁお前。小さいのにすごいんだな! 冒険者だって!」
 突然コハクさんが僕の手を取り、先ほどの果物を乗せてくださいました。それから僕のことを、褒めてくださいました。
 そ、そんな……僕は姉様に隠れて、みなさんに必死に付いていくだけで……。
「美味いよ、それ。エルト地方の果物なんだ」
「え……は、はい……あの、いただき……」
「オヤジ! シークの実、一個潰したから!」
 コハクさんのお話は、話題が次々に変わってしまうので、いつどういう風に返事をすればいいのか、そしてタイミングも、僕には分かりません。ただでさえ僕は知らないかたとのお話しが得意ではないですのに……。
 僕が戸惑っていると、手の中のシークの実から果汁が滴って、手がびちゃびちゃになってしまいました。
「あ、ほら早く食わないと!」
「は、はいっ……う……」
 急かされて実を口に含んだ僕は、思わず涙目になってしまいました。だってとても酸味が強かったんです。
 僕、すっぱいものはあまり得意でなくて……。
「酸味があるけど、後味がさっぱりして美味しいね」
「わたくし、とても気に入りましたわ」
 ファニィさんと姉様が美味しそうに実を召し上がっていらっしゃいます。
「姉ちゃんたち、気に入った? まだあるけど」
「まぁ嬉しいですわ」
 姉様がもう一つコハクさんから実を受け取って召し上がっていらっしゃます。姉様は食べ物の好き嫌いがあまりないですから。
「あれ? おまえ……」
「す、すみま、せん……その……少しすっぱくて……」
「こういうの苦手なんだ。じゃあ別のなんか甘いやつをっ、と」
「い、いえ……っ! う、売り物ですし……!」
 僕が慌てて遠慮すると、コハクさんはきょとんとして僕を見ます。僕は少し恥ずかしくなって口籠り、俯いて上目使いにコハクさんを見ました。
「いらないのか?」
「は、はい。あの……お気持ちだけで……あ、ありがとう、ございます……」
 コハクさんは腰に手を当てて、むっと唇を尖らせました。
「お前ってめんどくさい話し方するんだな。疲れねぇ? おれとおまえって歳もそう変わんないじゃん。タメでよくねぇ?」
「は、はぁ……でも……その……これが普通ですし……」
 僕って面倒くさかったのでしょうか?
 ……あれ? 僕、コハクさんと普通に話しています……よね? まだ少し緊張はしますけれど、でも会ったばかりのかたとこんなに普通にお話しできるなんて。
 不思議な人です、コハクさんって。
「ねータスクー! まだー?」
 ファニィさんがタスクさんを急かしました。食堂で使う食材はたくさんありますし、その注文をするのですから、そんなにすぐには無理だと思うのですけれど……。

「……あら? ファニィさん、あちらへ!」
「きゃっ!」
 姉様が小首を傾げて屋台の天井を見上げ、そしてすぐにファニィさんを突き飛ばしました。そのまま僕の方へ手を伸ばしてきたのですが、僕も姉様の気付いた異変に気が付いた時、すでに遅かったんです。
 僕の視界が真っ暗になりました。地面に強く投げ出された衝撃と、屋台の柱が折れる音にびっくりして、僕はとっさに傍にあったものにぎゅっとしがみ付きました。
「ファニィ! ジュラさん! コート!」
「コハク!」
 真っ暗闇の向こうから、タスクさんの声と、屋台のご主人の声が聞こえます。
「イタタ……あたしは平気……ジュラ、ありがと。でももうちょっと力加減、考えてね」
「コート! コートはどこですの?」
 姉様の声。僕の視界はまだ真っ暗で、何も見えません。僕、屋根の下敷きになってしまったのでしょうか?
 屋台は太い柱に厚手の布を屋根としたものですが、大きな布をピンと張るために格子状に細い木材を張り巡らせてあります。だから結構重いんです。そんなものの下敷きになっては、僕なんて潰されてしまいます。
 でも……体は打ちましたけど……あまり痛くないです。
「イテテ……」
 すぐ傍でコハクさんの声が聞こえて、僕は驚いて目を開きました。
 あっ……ぼ、僕、驚いて、目を瞑っていたことに自分で気付いてなかったんですね。だから何も見えないと勘違いして……。
「コハク、無事か?」
「何とか。こいつも無事だよ」
 屋台のご主人が、コハクさんと僕を屋根部分の布の下から助け出してくださいました。
「コハク君がコートを庇ってくれたのね。ありがとう」
 僕はコハクさんに手を引かれ、ゆっくり立ち上がりました。どうやら僕、とっさに動けなくなっていたところを、コハクさんに庇っていただいたようでした。
「おまえ、冒険者なんだろ? あんましボーッとしてんなよ」
 コハクさんが手の甲で、頬を擦って砂を落とします。まるで何事もなかったかのように、さっきと同じように、人懐っこい笑みを浮かべていらっしゃいます。
「え……あ……ごめ、んなさ……ご迷惑……」
「オヤジー! なんでもっとしっかり柱固定してねぇんだよ! あぶねぇじゃん!」
 コハクさんが腰に手を当てながら、屋台のご主人様の方へ行ってしまいました。僕はお礼を言いそびれて……ただ茫然と、その場に立ち尽くしていました。
 忙しくて、嵐みたいなかたです……コハクさん。でも、悪い人でないのは分かります。素敵なかただと、思います。

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