Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


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 書類に強くハンコを押し、あたしはそのまま机の上に上半身を投げ出した。
「終わったぁ……」
 ホント、今日中には終わらないと思ってた。
 組合の事務処理って、意外と多いのよね。受け付けた依頼はもちろん、事後処理や各チームのお給料や必要経費の確認なんかも、一度全ての書類を、元締めとあたしが目を通さないといけないんだもの。依頼が複数のチームに重なった時とか、そりゃもう執務室が戦場よ。今日みたいに。
こういう表に一切出ない裏方の仕事、組合員には意外と理解されてないのよね。だから『食堂バイトの誰かさん』はすぐに「また書類貯めこんだのか! 毎日きっちり片付けていけ!」なんて、無責任に怒鳴ってくれちゃうのよ。
「目が渇いてちょっと痛いです……」
 コートが両手で目をぐりぐりマッサージしながら俯いている。あはは。コートもお疲れさま。
「さすがにこの歳になると堪えるな」
「元締めがサイン間違いしなければきっともっと早く終わってたわ」
「……まだ根に持っとるか、ファニィ」
 あは。ちょっと皮肉。でも事実だもん。
「じゃあ後は経理に書類回して……」
 あたしが言い掛けると、執務室のドアがノックされた。

「はい、どうぞ」
「失礼します」
 組合の受付事務を取り仕切っているリッケル君だった。彼がわざわざ執務室に来るという事は、緊急の依頼が組合に持ち込まれた事を指す。
「先ほど自警団より、緊急の依頼が持ち込まれましたので、ご報告に参りました」
 ほらね。
 オウカには、腕に自信のある住民が寄り集まって組織された自警団が幾つか存在する。ジーンやコスタのように国を代表する王族や貴族はいないから、国を守るための軍隊ってものがないの。だから国を守るのはそこの住民の仕事。だから冒険者組合という存在は、国を跨いだ特殊兵団のような意味合いをも持つ事になるわね。
 そういった各国の自警団の手に負えなくなった仕事は、便利屋組合とも称される冒険者組合に流れてくる事が稀にある。今回もきっとそういった依頼なんだろう。

「分かった。わしが目を通すので……」
「大丈夫です。あたしが行きます」
 あたしは元締めの言葉を制して、リッケル君の持つ依頼状を受け取った。
「ファニィ。君も疲れているだろう?」
「元締めより体力はありますよ。ふむふむ……」
 依頼状には、今、オウカを騒がせている猟奇殺人事件の犯人を捕縛してほしい旨が記されていた。
 殺人事件解決なんてものは自警団の仕事だけど、犯人が自警団の手に負えない凶悪犯や魔物となると、冒険者組合の仕事にシフトする。今回の依頼も、自警団が突き止めた犯人は魔物だったというものだった。
「目撃情報の乏しい事件だそうですが、唯一生き残った者が、魔物の姿を見たそうです」
「ちょっと気になってたんだけど、町の中の事件なのに魔物が犯人なの?」
「はい。詳しくご説明したいので、早急に担当チームを決めていただき、会議を開いていただけますでしょうか?」
 あたしは振り返り、不安そうにこっちを見ているコートに呼びかけた。
「コート。あんた、まだ動ける?」
「は、はい。大丈夫、です」
 コートも疲れてて悪いとは思うけど、これはちょっと他のチームに任せてはおけないわね。動くのは少数精鋭のあたしのトコがいい。
「じゃあ緊急って事で、ジュラとタスクを呼んできて。いつもの小会議室」
「はい」
 コートは椅子の背に引っ掻けていた帽子を被り直し、急いで執務室を出て行った。
「ファニィ。無理はするでないぞ」
「うん、まだ平気。コートは前線から下げて、ジュラとタスクに頑張ってもらうから」
 あたしとコートの体調の心配をしてくれる元締めに向かって、あたしは片目を瞑って答えた。

 それから半刻もしない内に、ジュラとタスクが小会議室へ来た。あたしはコートとリッケル君を伴って二人に向かい合う。
「緊急の依頼よ。リッケル君、説明お願い」
 リッケル君が、二人を待つ間に複写しておいてくれた書類を配りながら話し出す。
「市場を中心として、今、オウカを騒がせている猟奇殺人の犯人が魔物ではないかとの、自警団からの依頼がありました。唯一の目撃者である者も重傷による昏睡状態だそうで、対する魔物に関した詳細な情報がありません」
 巷を騒がせる猟奇殺人事件は犯行現場がバラバラで、目撃者は今まで一人も出てこなかった。原因は簡単。目撃者も殺されていたから。つまり皆殺し。
 本当の意味で猟奇的な事件ね。だから今回、重症で昏睡状態と言えど、目撃者が生き残ってたというのが、この事件を解決に導く糸口になった訳ね。
「その目撃者の話によると、人の姿をしていた魔物は、突然魔物へと変化したそうです」
「ふーん。そういう魔物もいるんだ。怖いね」
 あたしは真面目に聞きながらも、必死におなかが鳴るのを堪えていた。だってよく考えれば、朝から何も食べてなかったんだもの。
「事件の発生時刻は深夜に限られているのではないかとの事です。生き残った目撃者の証言と、物音を聞いた等の証言情報の圧倒的少なさから導き出された推理ですが、被害者の数などを考えても妥当な線ではないかと」
 なるほどなるほど。確かに深夜なら、出歩いてる人はあんまりいないわよね。
「そして魔物の特徴ですが、赤い目をした巨漢の魔物だそうです。しかし魔物化する前はごく普通の人のサイズだったとの事です」
「赤い目……」
「普段は人の姿……?」
「深夜の徘徊……」
 ぼんやりとメモを取っていたあたしは、ふいに自分に注がれる複数の視線に気付いた。
「えっ?」
 みんなを見回すと、タスクもコートもジュラもリッケル君も、みんながみんな、揃ってあたしをじーっと見ていた。
「な、なんなのよ! どうしてあたしを見てるのよ!」
「いや……なんつうか……当てはまるポイントが多過ぎて」
「補佐官様を疑う訳ではありませんが、私もタスクさんと同意見です」
「ご、ごめんなさい……」
「うふふ。みなさんファニィさんをご覧になっているんですもの。わたくしも真似をしてみましたの」
 カァッと頭に血が昇り、あたしは憤慨してテーブルを思いっ切り叩いた。
「冗談じゃないわよ! あたしは確かに夜中に血が騒いで一人で散歩に行ったりするけど、でも町に出ないわ! それに魔物化するのは満月の夜だけ! あと、あたしのドコが巨漢だって言うのよ! 失礼ねッ!」
 魔物の血を濃く受け継ぐあたしが赤い目をしているのは事実。夜遅くにふいに血が騒いで深夜徘徊しちゃうのも事実。それらを知らない組合員はいない周知の事実だけど、でもあたしの体は巨漢って言われるような大きさじゃない。魔物化した時だって体格はそんなに変わらない。むしろ小柄。背だって同じ年頃の女の子より低いくらいよ。
「ああ、悪い悪い。ちょっとどころか、ことごとくいろんなポイントが耳に引っ掛かっただけだからお前は気にするな」
「気にするわよ!」
 あたしは歯ぎしりしてもう一度テーブルを叩いた。コートが怯えてジュラにしがみ付いている。
「そんなに疑うならあたしに見張りでも付ければいいでしょう!」
「魔物化して暴れるお前を抑えきれる奴がこの組合にいるか、馬鹿」
「タスク! あんたやっぱあたしを疑ってんのねっ!」
「だからそうムキになるな。誰もマジでお前だとは思ってねぇから」
 あーっ、ムカつくわねっ! あたしは足を組んで椅子に深く座り、頬を膨らませて顔を背けた。
「今から町の見回りよ! あたしは疑われてるみたいだから、あんたたち、絶対目を離さないようにね!」
 あたしが皮肉を込めて言うと、タスクは苦笑してテーブルに頬杖をついた。
「お前もガキだねぇ。いちいちムキになって」
「なによぉっ! 疑われるこっちの身にもなりなさいよ! 言っていい冗談と悪い冗談があるでしょうが!」
 本気でムカついてきた。あとでタスクの背中蹴っ飛ばしてやるわ!

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