Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


       5

 どなたかのくしゃみに気付いて、わたくしは目が覚めましたの。岩の隙間から日の光が差し込んでいますわ。
 わたくし、考える事はとても苦手ですの。でも見渡してみても、みなさんまだぐっすりお休みになっていますから、起こしてしまうのも可哀想ですわね。でしたらわたくし、頑張って自分で思い出してみようかしら。

 ええと……昨日、タスクさんが体調を崩されて、わたくしたちはこの峡谷で一晩お休みする事にしましたわ。でもエルト地方の夜はとても寒いんですの。ですからわたくしはファニィさんに指示されて、休んでいる間の風除けのために、壁を削って横穴を空けましたわ。それから少し物足りない簡単なお夕食を済ませて……ええと……昨夜までの出来事はきっとこれで良いのだと思いますけれど、でもやっぱりこれ以上はわたくしには分かりませんわね。だってわたくし、少し疲れていたのですぐ休んでしまいましたもの。でも皆さんご無事で朝を迎えたのですから、もうきっと大丈夫に違いありませんわ。

「ジュラ、おはよ。体が冷えて具合悪いとかない?」
 わたくしと肌を寄せ合うように眠ってらしたファニィさんが声を掛けていらっしゃいましたわ。いつお目覚めになったのかしら?
「ええ、わたくしは平気ですわ。少し肌寒い感じはしますけれど、朝食をいただいたら元気になりますわ」
「うんうん。ジュラはいつも通りの平常運行ね。タスクとコートは……っと」
 ファニィさんが顔を向けると、タスクさんは小さく手を上げてご挨拶なさいましたわ。わたくしは応えるように小さく一礼しましたの。
「動けそう? 動けなくても動いてもらうけど」
「多少なら」
 ファニィさんがほっと胸を撫で下ろすように、表情を和らげましたわ。
「良かった。じゃあ、さっさと準備して今日中に峡谷を抜けないと」
「まだ駄目だ」
「なによぅ。今、動けるって言ったじゃない」
 ファニィさんが腰に手を当ててぷうっと頬を膨らませましたの。うふふ、そういう表情も可愛らしいですわ、ファニィさんたら。
「俺は動けるが、コートがまだ寝てる」
 まぁ! コートったらタスクさんに抱かれて眠っていますわ。タスクさんにご迷惑をお掛けして、いけない子ですこと。
「コート、タスクさんがご迷惑ですわ。起きませんと」
「当分無理ですよ。こいつなりに必死に俺を労わってくれてたみたいなんで」
 タスクさんが毛布を外しますと、コートはタスクさんのお洋服をしっかり握ったまま、まだすやすやおねむさんでしたの。お洋服をぎゅっと握った手を離そうとする気配はありませんわ。
 コートがお寝坊さんするなんて、珍しい事もありますわね。
「コートの愛が重いでしょ」
 ファニィさんが笑いながらコートの手を外そうとするのを、タスクさんが制しましたわ。
「いい。俺が担いでく」
「またあんた倒れちゃうよ? まだ完全復活じゃないんでしょ?」
「大丈夫だ。それよりジュラさん。すみませんけど、俺の荷物とコートの荷物、お願いします」
「ええ。承知しましたわ」
 わたくし、お荷物くらい楽々持てますのよ。だってわたくし、とても力持ちさんですもの。うふふ。

 ファニィさんが手渡してくださったお荷物を全部背負って、わたくし、入口に積んでいた岩をどけましたの。まぁ、お外は清々しい朝ですわ。少し肌寒いですけれど、空気はピンと澄んで張りつめていて、わたくしにはこれくらいの方が気持ちいいですわ。
 出発してから少ししてですかしら? わたくし、なにかとても嫌な気配を感じてファニィさんに聞いてみようと思いましたの。
「ファニィさん。わたくし、先ほどから気になっ……」
「わあああぁぁぁっ! ごめんなさいごめんなさいっ!」
 わたくしの言葉を遮って、コートが悲鳴をあげましたの。
 タスクさんに抱えられたまま、両手で真っ赤になったお顔を抑えて何度も謝っていますの。あんなにお耳のすぐ傍で大声を出しては、タスクさんにご迷惑ですわ。お耳がキーンと痛くなってしまいますもの。
「タスクさっ……ごめんなさいっ! ぼ、僕、迷わく……わああぁぁんっ!」
「おい落ち着け、コート! 人の頭の上で喚くな叫ぶな騒ぐな泣くな暴れるな! ほら、起きたんなら降りろ。とっとと自分で歩け」
 お荷物みたいに肩の上で抱えられていたコートは地面に降りるなり、ペタンと座り込んでグスグスと泣き出しましたわ。うふふ。髪から飛び出たお耳の先まで真っ赤になって、なんて可愛らしいんでしょう?
このとても愛らしいコートは、わたくしの自慢の弟ですのよ。わたくし、こんなにも可愛らしくてお利口さんな弟がいて、なんだかとても誇らしいですわ。
「僕……タスクさんにご迷惑……ぐすっ……お体が悪い……のに……僕……」
「コートも疲れてたんだしさ。そんなに気にする事ないって。どうせご飯係……じゃない、荷物持ちくらいにしか役に立たないんだし」
 ファニィさんがペロリと舌を出してご自分の言葉を訂正なさいましたわ。それを聞き咎めたタスクさんの眉がキリキリと攣り上がりますの。
 あら? でも今、ファニィさん、何係と仰ったかしら? ちょっと気になりますわ。とても大切な事を仰ったような……?
「なんで俺がお前らの餌係なんだよ! 飯くらい……」
「あああっ! それ言わないで! ジュラが……!」
 め、し……? お食事の事、ですわよね?
 ……そうでしたわ! わたくしたち、まだ朝食を戴いていませんでしたの! わたくしったらとても大切な事を忘れていましたわ! もう、わたくしったら自分でメッですわよ!
「ファニィさん、大変ですのよ! わたくしたちまだ朝食をいただいていませんわ。わたくし、とてもおなかが空きましたの」
「あああああ……やっぱり思い出したかぁ……」
 ファニィさんが頭を抱えて蹲りますの。きっとファニィさんもおなかが空いて動けなくなってしまったんですのね。
 朝食を抜くなんて体にも悪いですわ。一刻も早くお食事にしないと。
「タスクさん。コートも起きた事ですし、やっぱり朝食を……あら?」
 わたくし、先ほど感じた嫌な気配が、はっきりしたものに変わった事に気付きましたの。
「……ファニィさん、わたくし今、感じましたの」
「ああ、もう何? 朝食なら携帯食糧がちょっとだけ残ってるけど、できれば切り詰めたいんだけど……」
 ファニィさんが疲れた様子でわたくしを見上げてきましたの。
「落石ですわ」
 わたくしは簡潔に答えましたわ。
「落石なんて名前のご飯は……はいっ?」
 ファニィさんが立ち上がって絶壁を見上げましたの。すると明らかに、どなたにも分かるような大きな落石の音が聞こえてきましたわ。
「きゃあああっ! 走って走って!」
「マジかよっ!」
 わたくしたちは一斉に走り出しましたわ。幸い絶壁が高いので岩が落ちてくるまでに少し余裕がありましたの。あら、でも……上に人影が見えたような気がしましたわ。
「タスク! コート任せた!」
「また俺かよ!」
「ジュラよりあんたのがコートに近いし、ジュラは今、両手塞がってるでしょ!」
 ファニィさんがコートをタスクさんに押し付けましたわ。タスクさんは小さく悲鳴をあげるコートを担ぎ上げて走り出しましたの。
 あらあらまぁまぁ。昨日と同じですわね。でもわたくしもコートを抱っこしてあげたかったですわ。だってコートはわたくしのコートですもの。
「……す、すみません……」
「だーっ! 俺マジ死ぬぞ!」
 コートがタスクさんの肩の上から涙声でお詫びしてますの。タスクさんは「死ぬ」なんて不吉な事を仰いながらも、ショールを翻して元気に走ってらっしゃいますわ。うふふ。もうお体の具合は良くなったようですのね。

 落石はほんの少しで、昨日の半分も走らない内に何も落ちてこなくなりましたの。わたくしたちは立ち止まって息を整えましたわ。でもタスクさんがまた蹲っていらっしゃいますの。
「ら……落石は自然現象よね? 疑いたくもなっちゃうわ……はぁ……」
 ファニィさんが息切れなさっているタスクさんの背中を擦りながら仰います。ええと……わたくし、やっぱりお伝えした方がいいですわよね?
「ファニィさん」
「どうしたの、ジュラ?」
 ファニィさんがわたくしの方へ首だけ向けてお返事してくださいましたわ。
「わたくし、岩を落としてくる皆さんに、どこかでお会いした事がある気がするんですの。でもどこでお会いしたのか思い出せないのですわ」
「岩を落としてくる奴ですってーっ!?」
「ハァッ!?」
 ファニィさんとタスクさんが揃って絶壁を見上げますの。
「あたしには見えない、けど……でもきっとそいつらがあたしたちをこんな罠にハメてここに閉じ込めたに違いないわ! 許せない!」
「そういえば……どなたかいらっしゃいます」
 コートがわたくしの手を握ってきましたの。わたくし、コートを抱っこして上を見せてあげましたわ。だってコートはわたくしよりずっとずっと小さいですから、わたくしの背より上のものがちゃんと見えないんですの。
それにコートは先日、「少し目が悪くなりました」と申してましたの。頑張るのはよい事ですけれど、お勉強のし過ぎですわね、きっと。
 コートが上の方たちを見たら、わたくしの代わりに思い出してくれるかしら? コートはお利口さんなだけでなく、記憶力もいいんですのよ。
「こらーっ! 降りて来なさいよーっ! 叩き潰してやるんだから!」
 ファニィさんが大声を張り上げましたわ。
「待ってようが怒鳴ろうが、上で高見の見物かましてる奴らが、こっちがいくら挑発したって、のこのこ降りてくるはずがねぇだろうが」
「だってあたしたちを罠にハメた犯人がすぐ傍にいるんだよ! 許せないじゃないの! あーん、もうっ! 登れないのが悔しいっ! あたし見下されるのって大っ嫌い!」
「だったら引き摺り下ろせばいい」
 タスクさんはすっくと立ち上がり、帯の後ろに差していた魔法の杖を取り出しましたの。
「え? あんたの魔法じゃ飛べないんでしょ?」
「魔法じゃない。魔術で引きずり下ろす」
 タスクさんの目、ちょっと怖いですわ。いつもの朗らかなお顔じゃないんですもの。
 でもわたくしもちょっとだけ気持ちが分かりますわ。わたくしの朝食を邪魔するなんて、許せませんもの。メッですわよ。
「ジュラさん、上にいる奴らの正確な位置を教えてください」
「この上ですわ」
 上は上ですもの。他にどんな伝え方があるのかしら?
「……目測になりますが、姉様の身長の四倍の高さと、僕の歩幅で五歩から十歩程向こう側です。人数は五名以上です。それ以上は見えません」
 わたくしの言葉の補足をコートがしてくれましたの。やっぱりコートはとてもお利口さんですわ。わたくし、鼻が高くてですのよ。

「それで充分! 導かれし標(しるべ)を失いし、彼の地に惑う悪霊たち! 我、示す生者を彷徨えるぬしらへの贄と成そう! 我が元へ!」
 タスクさんが杖を掲げてもう片方の手を添えると、黒い蛇のようなうねった煙が勢いよく絶壁を昇って行きましたの。
 ……ええと……わたくし、蛇さんはあまり好きではありませんわ。あまり美味しくないんですもの。
「暗黒魔術……」
 コートがわたくしの首にきゅっとしがみ付いて、少し怯えた目でタスクさんを見ていますわ。
「……あいつら……ッ!」
「知ってるの?」
 黒い煙の蛇さんに手足を絡め取られて、壁を引き摺り下ろされてくる人たちが何人かいますわ。その方たちを見て、タスクさんが声をあげましたの。やっぱりタスクさんも見覚えがあるんですのね。
「あの闇市場の盗賊連中だ! 出口のトコでジュラさんに初っ端ボコられて、やられた奴の顔に覚えがある! 俺とジュラさんがあそこを半壊させた逆恨みか!」
「なんですって! あんたたちのせいなの? じゃああたしとコートは関係ないじゃない!」
「お前は組合の補佐官だろう! 俺とジュラさんの正体がバレたんだから、必然的に組合全体が恨まれるに決まってんだろうが!」
「んもうっ! だからあたしたちを名指しで偽物の依頼してきたのね! 最初から罠だって知ってたら、依頼持ってきた奴、逃がさなかったのに!」
「今更言っても仕方ねぇだろうが!」

 上にいた方で、黒い煙の蛇さんたちに捕まった方が七人ほど、わたくしたちの前に引きずり落とされましたわ。タスクさんの魔法に驚いて何か叫んでいらっしゃいますけれど、黒い煙の蛇さんたちはまだ盗賊の皆さんの周りをグルグル回っていますの。わたくしもあんなものにグルグル纏わり付かれたら、少し気持ち悪いですわね。ご心情お察ししますわ。
 タスクさんががくっと膝をついて、杖に縋って何とか体勢を保たれましたわ。まぁ……やっぱりまだお悪いのかしら?
「悪い……まだ調子出ねぇ……」
 ファニィさんは太ももに差した鞘から短剣を抜き放ちましたわ。
「ジュラ! 本気でやっていいよ! コート下がって! タスクはあたしたちに前任せて、後ろで時間稼ぎしてくれればいいから!」
「頼む!」
 タスクさんは先ほどより短い呪文を矢継ぎ早に唱えて、かく乱のための小さな火の球を放ちながら、徐々に後退なさっていきますわ。そしてコートも慌ててタスクさんに付いていきますの。
 ファニィさんはわたくしに、本気でいいと仰いましたわよね? それでしたら皆さんのお相手するのに、わたくし、遠慮しないでいいという事ですわね。
 短剣を構えるファニィさんの隣に並び、わたくしはゆっくり腕を腰溜めに引き寄せましたの。

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