Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


       4

 ゾクリと身震いして、あたしは目を開ける。しまったぁ、居眠りしちゃってた。
 ゴソゴソと起き出し、あたしは消えそうになってる小さい蝋燭の火を次の蝋燭へ移す。
 簡易野営用の薄い毛布にくるまったまま、タスクはまだ一度も意識を取り戻してない。傍にはジュラとコートが二人くっ付いて、うとうととしていた。
 タスクの馬鹿が熱中症なんかで倒れるから、こんな危険極まりない野営をする羽目になっちゃったんだよ。エルト地方の夜の冷え込みを馬鹿にしてたら、本当に普通の人は死んじゃうんだから。
 今更文句言ったってどうしようもないけど、でもそうでも思わないとやってらんないわ。だって……だって……。
「……あ……ファニィさん……すみません。僕、寝てしまってました」
「あたしもだよ。朝から死ぬほど走らされたもん。みんな疲れてるしね。仕方ないよ」
 コートはジュラが倒れないようにしっかりと壁に寄りかからせてから、水色のケープの前をきゅっと合わせてあたしの傍に移動してきた。でもその肩は小刻みに震えている。寒さに強いはずのラシナの民でこれじゃ、ジーン育ちのタスク、ヤバいんじゃないの?
 あたしはまぁ……寒さとか暑さとかは感じるけど、不死って耐性がある分、普通の人よりそういうのに鈍感だから。
「ねぇ、コート。今夜、もつと思う?」
「……分からない、です……」
 病人抱えて動けないから、とりあえずまた横穴空けて、入口は石ころ積み上げて簡易的に塞いだわ。直接風が入り込んで来ない分マシかもしれないけど、でも地面からジワジワと冷えてくる冷気はどうしようもない。
 一応全員一枚ずつ、簡易野営用の毛布は持っている。だけどエルトの夜を過ごすにはあまりに心許ない。それに携帯食糧の残りも、どう切り詰めたとしても明日のお昼までが限界かもね。魔物退治くらい、あたしたちの実力なら簡単だからって、ちょっと過信してて、準備を怠ってた部分は反省点。
 あたしの見込み違いと判断が甘かった。あたしの油断がみんなを危険に晒してしまった。何とかしないと……ここでみんなを死なせたんじゃ、あたしはあたしを責め続ける事になる。

「おいで、コート」
 あたしは震えてるコートを背後から抱き締めた。そして薄い毛布をぎゅっと自分とコートに巻き付ける。コートはあたしに甘えるように寄り掛かってきた。コートも不安なんだろう。
 あ、ちょっとあったかい。子供は大人より体温が高いって、本当なんだ。
「……あたしは怪我しても死なないけど、凍死はすると思う?」
 冗談っぽく軽く言うと、コートはあたしを見上げてブンブン首を振り、涙目で声を張り上げる。
「そ、そんなご冗談、い、今っ……仰るべきじゃないですっ! そんなの僕、いやです!」
「ごめんごめん。意地悪言うつもりじゃなかったんだ」
 コートが無言であたしの腕にぎゅっとしがみ付いてきた。
「……そんなご冗談、もう言わないでください」
 ごめんね、コート。コートは素直だから、あたしの冗談を真に受けちゃったんだよね。もう言わないから。
 よしよしと頭を撫でてあげると、コートは涙目のまま、ぷっと頬を膨らませた。
「せめてタスクが起きてくれれば、炎の魔法でちょっとくらいの暖が取れたかもしれないんだよね」
「……俺が……何だって?」
 あたしが独り言を呟くと、それに反応してタスクが少しだけ顔をこっちへ向けた。良かった、気が付いたんだ。でもまだ顔色が悪い。
「起きたんだね」
「今な」
 コートがあたしから離れ、タスクの傍ににじり寄る。そして恐る恐る声を掛ける。
「……大丈夫……ですか?」
「全然無理。今にも頭が割れそうだ」
 タスク弱音をきっぱり断言。それを聞いてコートがまた泣き出しそうな顔になる。もー、タスクったら……。
「ちょっとタスク。そういう事、言ってコートいじめても、どうにもなんないでしょうが」
「平気っつっても信用せずに余計に心配するだろ。だから事実を言っただけだ」
 なんだ、そういう事か。タスクの言うように、空元気で平気って言われても、コートもあたしも、余計に心配になるわよね。だったら素直に弱音吐いてもらった方がこっちも対処のしようがある。
「……でも昼間よりはマシだ」
 タスクが小さく首を振りながら起き上り、壁に背を付けて座った。
「……悪いな。足、引っ張っちまって」
「うん、すごく悪いよ。やっぱ寒い?」
「かなり」
 なんとか軽口に対抗できる程度には楽になってるみたいね。
「少し……熱が出ているかも……しれないです」
 ビクビクおどおどしながら、タスクの額にチョンと手を置いてから、自分の額にも手を置いてタスクの熱を測るコート。
「冷やすものは無い……事ないか。冷やすものだらけだけど、あっためる物はないよ。どうする?」
 あたしが言うと、タスクは少し考えるように目を閉じ、小さく息を吐き出した。そしてコートの手首を掴んで自分の方へ引き寄せる。
「ガキは体温高いから、コイツでしのぐ」
「あ……あ……あの……あのっ……」
 さっきあたしがしてたみたいに、コートを背後からぎゅっと抱き締めて、タスクは短く答える。当のコートは耳の先まで真っ赤になって、逃げ出そうにも完全にタスクにホールドされて、おとなしくしてる自分に驚きつつも挙動不審に陥っている。あたしはニッと笑ってコートの頭にポンと手を置いた。
「タスクをお願いね。あたしはジュラといるから」
 そうよね。こうやって人肌同士で暖を取り合えば、どうにか切り抜けられるかもしれない。

 タスクは辛そうに目を細めたまま、コートに声を掛ける。
「……おい。油、持ってるか?」
「ち、調理……用、の……ものでしたら……」
「それで充分だ。貸せ」
 タスクが腕を緩めると、コートは這うように手を伸ばして自分の鞄を引き寄せた。その中身をゴソゴソと漁り、小瓶に入った油をタスクに見せた。
「燃焼時間に比重を置くから、光量は限りなくゼロ。だが炎の力の粒子を空気中に分散巡回させるから、何も無いよりは空気を暖められるはずだ」
 そう言ってタスクが小瓶の蓋を開けてから、傍に置いたままの魔法の杖に手を振れて、何かよく分からない呪文を唱えた。すると小瓶の口に小さな炎が上がる。タスクの言ったように全然明るくならないんだけど、でもたったこれだけの小さな炎なのに、ほんのり穴の中が温かくなったような気がした。
 魔法使いの常識なのかもしれないけど、タスクが何を言ってるのかあたしにはチンプンカンプンだった。けど、でも要は『空気をちょっとだけあっためる魔法』っていうのを使ったのよね?
「タスク。ありがと」
 コートは手に持った小瓶を灯り用の蝋燭の傍に置き、また自分の鞄の中から水袋を取り出した。
「あ、あの……す、水分を摂って休んでください。え、えと……その……ぼ、僕でよければ……お、お傍にいます」
 タスクはコートから水袋を受け取って中の水を一口飲み、再び毛布にくるまった。チラリとコートを見ると、コートはこくんと頷いてその毛布の中にゴソゴソと潜り込む。
 タスクは壁に寄りかかったまま、すぐに寝息をたて始めた。今、あたしたちと会話してるのも辛かったんだろうな。コートは頬を赤くしたまま、自分の体温をタスクに分けようとでもするかのように、きゅっと一生懸命タスクの服を掴んでいる。
 あたしはそれを見届けてから、ジュラと同じ毛布にくるまった。
 夜が明けたら……何としてもこの峡谷をみんなで抜けてみせる。絶対に誰一人死なせやしない。あたしの……あたしの大切な仲間なんだから。

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