Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


       3

 組合に寄せられた依頼で、俺とファニィ、ジュラさんとコートは、エルト国境近くにある峡谷内の採掘場へと訪れていた。この採掘場に出没するという魔物退治の依頼だ。
 だが突然崩れてきた大岩で、オウカへ戻る唯一の入り口だった退路を断たれ、仕方なく一旦エルト地方へ抜けてから迂回ルートでオウカへ帰還するという事になったんだが……切り立った断崖絶壁のように両脇にそびえる峡谷の果ては、一向に見えはしなかった。一体いつになったら出られるのか。

「随分日が高くなってきたね」
 午前中は高い壁のせいで日差しが遮られて薄暗かった採掘場内だが、太陽がほぼ真上に昇ってくると、明るさも温度も格段に増してくる。日陰になるような岩の出っ張りもなく、俺たちはジリジリと直射日光をダイレクトに浴びる羽目になっていた。まさに干物にされる魚の気分だ。
 肌の色が明るいファニィや、白色系人種のジュラさんやコートに比べ、褐色の肌と黒髪を持つ俺は、こいつらより遥かに体が熱を吸収しやすい。ジーンは元々熱帯に近い気候ではあるとはいえ、そこに住む人間全員が暑さに強い訳ではない。
 言わずもがな、俺だ。
 つい最近までは魔神の呪いのせいだなんて知らなかったからだが、ろくな魔法が使えない俺は他人より何倍も努力して魔法の勉強をすべく、外に出て遊び回っているより、実家の書庫に籠って勉強三昧の日が多かった。家の中は親父の使う水の魔法によって快適な温度と湿度に保たれていたせいで、俺はジーン生まれジーン育ちのくせして、ジーンの気候にはやや不慣れなんだ。
 だから強い日差しにあまり強くない。ゆえにこの峡谷の日差しですら、耐性の弱い俺にはかなり堪えている。
 俺は僅かでも日陰にならないかと、壁際に寄り添った。
「……あ、あの……だ、大丈夫ですか?」
 俺の異変にいち早く気付いたのはコートだった。
 答えようとしたが、喉がカラカラに乾いていて声が出せない。頭もズキズキ痛み出し、どうやら軽い熱中症にでもなったようだ。
 俺はついに根を上げ、額を抑えて壁際に座り込んだ。そのまま僅かな影と壁の冷たさで、どうにか意識を保つ。頭……痛ぇ……。
「……悪い……少し、休む……」
 片膝を立ててそこへ頭を乗せる。頭痛だけじゃなく、体のだるさまで感じるようになっていた。これ以上、無理したらマズいな。
「なんかね。さっきから気になってたんだけど……」
 ファニィもかなり暑さに参ってたのか、俺の隣にペタンと座り込む。するとジュラさんとコートも、それぞれ腰を下ろした。
みんなもこの状況に限界だったのかもしれない。代わり映えのない視覚的刺激の少ない単調な道と、真上から照り付ける日差し。そして不明瞭な依頼に対する不満や欺瞞(ぎまん)でなかったのかという不審。
「さっきの大きい岩って、ちょっと不自然じゃない?」
 俺ほどは堪えていないんだろう。ファニィが明るい声で言う。だがその声には言葉通りの不審感がありありと見えた。
「ファニィさんも、お気付きでしたか」
 コートが膝の上に鞄を乗せてそれを抱えるようにして同意する。
「ここ、採掘場なんだよね? なら、なんであんな大きい岩が砕かれてないの? 貴重な鉱石があるっていうなら、あんな岩の中にこそ埋もれてる可能性が高いから、砕いて探すものだよね? ここってそのための場所なんでしょ?」
「ファニィさんの、仰るとおり……です。じ、人為的に切り出さない限り……あのような状態、の、岩があるなんて、あまりに不自然、だと思います。ぐ、偶発的に崩れたのなら、地面に落ちた時点で……大なり小なりの、ひびが入って、く、砕けるはず、です」
 沸点の低いファニィを刺激しないようにしているのか、コートが慎重に言葉を選びながら分析する。
「じゃあやっぱりさ……」
 ファニィはポケットから依頼のメモを取り出す。
「あたしたちは、偽の依頼に騙されて来たって事になるのかしら」
 ファニィがパチンと指先でメモを弾いた。
「……じょ、状況的に……その可能性は高いかと……」
 組合に恨みを持つ者の仕業、か……。
 組合は仕事柄、恨まれ事が多いとは聞いていたが、実際、新人で末端の組合員である俺にまでその影響が飛び火してくるとは思ってなかったな。補佐官であるファニィのチームに所属となったせいかもな。俺の考えが甘かったか。

 俺の顔をジュラさんが覗き込んできた。
「大変ですわ。お顔の色が優れませんことよ?」
「はい、まぁ……暑さで……ちょっと……」
「確かに少し暑いですわね。でも大丈夫ですわ。すぐに涼しくなります」
 ジュラさんは両手を合わせてニコリと微笑む。その言葉を聞いたファニィとコートが顔を見合わせ、あたふたと慌て始めた。
「た、大変……です……っ!」
「もう太陽真上よ! じきに暮れちゃうじゃない!」
 二人だけが何かに気付き、わたわたと意味もなく周囲を見回したり太陽の位置を確認したりしている。
「……何が……だ?」
 頭痛が少しでもマシにならないかと、こめかみを揉みながらファニィを見上げる俺。立ち上がってキョロキョロと周囲を再確認していたファニィはむっとした表情で頬を膨らませ、腰に手を当てた。
「あんた何にも知らないの? エルト地方は夜になると氷点下だよ! 今はこの暑さでも、夜になったらあたしたちは凍え死んじゃうかもしれないのよ!」
「こ、ここはまだ、オウカ寄りですが……そ、それでも午前中の肌寒さを考えれば、夜間の冷え込み、は……想像に難くありません」
 そう言えば、おぼろげだが昔、本か人伝か何かで見たか聞いたかしたな。夏は涼しく冬は極寒のラシナ、一年の半分以上が雨に見舞われるコスタ、熱帯寄りの気候のジーン、年中気候の安定したオウカ、そして昼夜で温度差の激しいエルト。
 俺は生まれ育ったジーンと流れてきたオウカしか知らないから、地域によって気温の変化がどうとかいう話題には疎い。
「上まで登る事ができれば、近くの村とかまで一時的にでも避難できるかもしれないけど……」
「む、無理ですよぅ……空でも飛べない限り、こんな高い絶壁を昇るなんて……」
 コートの言葉を受けて、ファニィが俺を見る。
 な、なんだよその妙に期待に満ちた眼差しは。俺は苦虫を噛み潰したような表情になり、ファニィが口を開くより先に釘を差す事にした。めっぽう反感買いそうだが、後から言うよりまだマシだろう。
「先に言っておく。期待を裏切って悪いが、俺は空を飛ぶといったような便利な魔法は使えない」
「なんなのそれ。肝心な時に役に立たない男ねー!」
 はぁ……やっぱりきたか。でもこの程度で済んだのは不幸中の幸いか。
 すっかり慣れてしまったファニィの悪態だが、俺はふと思う。なんか俺の存在って、ファニィやら姉貴やらの罵詈雑言を受け止めるためのサンドバックなんだろうか? うう……考えたら何だか虚しくなってきたぜ。
「あのなぁ! 何でもかんでも魔法でどうにかなると思……ッ!」
 思わずファニィを怒鳴り付けようと腰を浮かせた瞬間、プッツリと頭の中の何かが切れたかのようにふいに俺の意識が遠のく。ま、マズい……ッ!
「……っえ……タ、タスク?」
「タスクさんっ!」
「まぁ……」
 みんなの声が随分遠くに聞こえる。
 駄目、だ……完全に……日差しに、やられた……。

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