Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


       2

「魔物なんて、どこにもいないじゃないのよ」
 あたしは不平を漏らしつつ、疲れた腰を伸ばして固まった筋肉をほぐす。そしてコートに依頼書のメモを渡した。
「間違ってないよね?」
「ええと……はい、確かにこの辺りです」
 コートが鞄から取り出した持参の地図と、メモに記した地図を照らし合わせている。地図とか文書関係はやっぱりコートに見せた方がいいよね。あたしが見るより遥かに正確だもの。
「コート。魔物が潜んでそうな場所って分かる?」
「あ、はい。えと……少し待ってください」
 と、コートは襷掛けにしている大きな鞄の中から、今度は辞典みたいな分厚い本を取り出す。
 あの鞄の中身はあたしにとっては未知の領域。恥ずかしがって見せてもくれないし、重そうだから持ってあげるって言っても遠慮してるのか持たせてくれないし、あたしが何か聞いたらすぐに答えを引き出すための参考文献やら何やらが、コートの手によって鞄の中からひょいと出てくる。
一体何がどれだけ入っているのやら。多分見たとしても、あたしじゃ理解できない物が大量に出てくる気がする。

 コートが調べ物をしてくれている間、あたしは峡谷を眺めてみた。前と後ろにずーっと伸びてる高い両脇の壁。そのためにトロッコが二台くらいすれ違えるくらいの幅しかない、長い長い長ーい道が前後に延々と伸びてる。
あたしちょっと思ったんだけどさ。この採掘場の形状にはちょっと問題あるんじゃないかしら? だって真ん中辺りにいて帰ろうと思ったら、ずっと延々引き返すか進むしかないんだもの。それじゃ行き来するにも時間が掛かって仕方ないんじゃない? 上から縄梯子でも下ろしてあればいいんだけど。
「……ええと……そうですね。魔物の種類が分からないですし、確実性はないんですけれど……窪んで雨水が溜まっているような……」
「ちょっと黙ってろ」
 タスクがコートの言葉を制して、自分の耳に手を翳す。
「どしたの?」
「静かにしてろ」
 あたしも真似してみたけど、何も聞こえない。うーん、今、新月近くてあたしの聴力も人並みだからなぁ。
「あら? 何かが崩れる音がしますわね」
 ジュラがおっとりした口調でいう。
 さすがラシナの民。あのナイフみたいに長くて尖った大きい耳は伊達じゃない。あたしたちに聞こえないものが聞こえるなんてね。
「でも崩れるって……何が?」
 あたしが聞き返した時、突然地響きが起こって凄まじい揺れが辺りを襲った。あたしとタスクは壁に手をついて揺れに耐え、ジュラは並外れたバランス感覚で平然と立っている。踵の高いハイヒールで。そしてコートは本を抱えたまま、わっと叫んで体勢を崩して尻餅をついている。
「まぁ、大きな岩」
 揺れに全く動じていないジュラが優雅に振り返る。あたしもそっちを見て、血の気が引いた。
「うっそぉーっ!」
 巨大な岩がこっちに向かって転がってくる。あの大きさじゃジュラでも破壊できそうにないし、あたしや小さいコートなら簡単にペシャンコになっちゃう!
「ジュラさん走って!」
 タスクが尻餅をついたままのコートを担ぎ上げ、荷物みたいに肩に乗せて走り出す。ジュラはタスクの言葉を聞いてすぐに走り出し、あたしも全員の避難行動の確認を瞬時に行なってから全力でダッシュした。
「わあっ! ぼっ、僕っ……じ、自分で走りま……っ!」
 コートがタスクにしがみ付いたまま、真っ赤になって叫んでいる。こういう状況じゃなければ、憧れのタスクに抱っこ……というか、荷物みたいに担がれてても嬉しいんだろうけど。
「黙っておとなしく掴まってろ! お前が全力疾走したって俺より遥かに遅いだろうが!」
 確かに。この面子で歩幅が明らかに一人だけ違い過ぎるよね。小っこいコートの場合。
 この中で一番足が速いのはあたし。あたしが全力疾走すれば転がる岩から逃げ切れるだろうけど、でもみんなを見捨ててはいけないよね。リーダーとしても仲間としても。
 次に足が速いのはジュラだけど、でも本気になるまでが遅いからなぁ。しかも踵の高いハイヒールだし。
 タスクは魔法使いという、どちらかといえば頭脳労働タイプの割に体力はかなりある。組合の厨房の大きいフライパンを軽々と器用に振り回す腕力は侮れないし、それにこないだ、背中の刺青をあたしに見せようと上着を脱いだ時、なかなかいい体付きはしてたもん。それなりに筋肉付いてたし。
 あ、見たくて見たんじゃないからね! あいつが勝手に脱いで見せてきたから見えちゃっただけだからね!
「タスク! あん、た、コート……ジュラに、渡、して! あんたじゃ、スピード、落ち、る!」
 走りながら喋るのって難しい。下手したら舌噛んじゃうもん。
「今っ、止まっ、たら、アウト……だろ!」
 タスクも変な喋り方になってる。
「投げ、れば、いいのよ!」
「そんな、力あるか! 俺は魔法つか……ガッ!」
 舌を噛んだのか、タスクが片手で口を押える。あ、モロにやったね。すっごい涙目。
 いい気味ー! さっきあたしを馬鹿にした報いよ!
「すみません、タスクさん……」
 コートが泣きそうな顔をして、ううん、もうポロポロ泣きながらタスクにしがみ付いて謝罪してる。律儀な子ねぇ。でも担がれてるだけだから、まだ比較的ちゃんと喋ってる。

 転がってくる岩に追い付かれたら確実にペシャンコよね。そこまでスリムになりたくないわ。
 でもどこまで逃げても、この延々と続く切り立った採掘場に横道なんてない。どこまで逃げればいいのか……ん? 横道?
「ジュラ! 壁に、穴っ、掘れるっ?」
「でき、ますけれど……作っ、ていると、間に合い、ませんわ」
 ああそっか、確かに。立ち止まって壁を砕いてる間に、追い付いてきた岩があたしたちをプチンとやっちゃうわよね。
「ファニィさん、これ! タスクさん、点火を!」
 コートが鞄の中から薄紙で包んだ火薬をあたしに向かって投げて寄越した。あたしはコートの言わんとしている事をすぐさま察知し、火薬玉をキャッチしてタスクの前に掲げた。タスクもコートの意図を理解したらしく、パチンと指を鳴らしてあたしの持つ火薬の包みに尻尾みたいに付いてる導火線に、小さな火種を起こす。わお、魔法って便利!
 あたしはみんなから離れて一気に走るスピードを上げた。そして走りながら壁の僅かな凹みを見つけ、そこへ火薬玉を投げ付けてそのままそこから走り去る。ちょっと先まで行った所で足を止め、振り返るとさっきの凹みで爆発が起こった。
「こっちよ!」
 あたしはすぐさま火薬の爆発で空けた穴に飛び込む。まだ中は火薬の臭いと砂煙でもうもうとしてたけど、この状況でそんな贅沢は言ってらんない。
熱は感じないから、コートはちゃんと計算して壁に穴を空けるだけの量の火薬の玉を渡してくれたみたい。熱を発するような量の火薬じゃ、こうはいかないよね。その辺はあたし、コートを信用してるもん。
 あたしに続いてジュラ、コートを背負ったタスクが慌てて穴の中に体を滑り込ませてくる。そのすぐ後を、巨大な岩が転がっていった。
 随分走らされたんで、まだ息が苦しい。あたしたちは思い思いに空気を貪り、ペシャンコの恐怖から逃れられた安堵を噛み締めた。
「みんな、大丈夫? 怪我ない?」
「わたくしは大丈夫ですわ」
 珍しくジュラも肩で息をしている。少し汗をかいたのか、長い銀髪を鬱陶しそうに背中に払っている。
「……僕も大丈夫ですけど……その……タスクさんが……」
 コートがトンと地面に降り立って、タスクの傍に屈み込む。タスクは完璧に撃沈していた。
 返事も出来ないくらいに激しく咳き込み、両手を地面に付いて大きく肩を上下に揺らしてゼェゼェはぁはぁ。喋る元気は一切残ってないらしい。
「あ、の……あのっ……すみません。僕、お邪魔にならないって言ったのに……僕、重くて……ぐすっ……」
「コートのお陰でみんな助かったんだから謝る事ないよ。タスクはほっとけばその内、復活するから」
 あたしの言葉に、タスクが無言のまま頷く。一応あたしの言葉に同意したらしい。
「で、でも僕……」
「……ま、魔法……使い、な……んだぞ、俺……は、肉体……労働、向き……じゃねぇ、んだよ……」
 かなり聞き取りにくい、切れ切れの不満を述べるタスク。苦しいなら喋らなきゃいいのに。
「ごっ、ごめんなさい! ごめんなさい……あ、あの僕っ……つ、次からはちゃんと自分で……」
「自分で走らなくていいから、何かあったらジュラに飛び付きなさいね。コート」
「は、はいっ」
 コートはゴシゴシと目元を袖で拭った。
 そういえばコートはあの重たそうな何でも鞄を引っ掛けてるのよね。じゃあコートの体重プラスあの鞄の重量か。やっぱ結構重いわよね? ……こういう場合はタイミングと立ち位置が悪かったとしか言えないわよね、タスク。ご苦労様。

 あたしは即席横穴からソロリと顔を出し、外の状況を確かめる。
「ひとまず大丈夫みたいよ」
 あたしが戻ると、タスクがちょっとだけ復活していた。
「ったく、体力ないのねー」
「あのなぁっ! さっきから俺は魔法使いで、肉体労働向きじゃないって言ってるだろうが!」
「だから何よ。コートだってお子様で頭脳労働派のからくり技師だけどピンピンしてるじゃない」
「コートは自走してねぇだろうが!」
 タスクが顔を上げて噛み付いてくる。だけど顔には汗びっしょり。
「ごめんなさい。僕のせいで……」
「泣くな、鬱陶しい」
「ふぇ……う……」
 コートが必死に泣くのを堪える。
「タスク、あんたコートに当たらないでよ!」
 コートをぎゅっと抱いてやり、あたしはタスクを睨み付ける。そういえば……さっきからジュラ、随分静かだけど。普通ならコートコートって、真っ先に騒ぐのに。
「ジュラ、どうしたの?」
 いつの間にか穴の外に出ていたジュラを追うと、ジュラは人差し指を唇に当て、考え込むような仕種をしていた。ホントにちゃんと考えてるのかな?
「あら、まぁ……ねぇ、ファニィさん」
「なに?」
「ええとわたくし、よく覚えていないのですけれど、わたくしたちはどちらからこの峡谷に入ったのでしたかしら?」
「どっちって……あっちだよ。岩の転がってった方」
 あたしは遠くの方で止まっている巨大な岩を指差し、ジュラの質問に答える。そしてハッと気付いて息を飲んだ。
「ふぇっ……あ……えええぇぇぇっ!」
「……どうした、ファニィ?」
 ようやく動けるまで復活したタスクがやってくる。コートもくっ付いてきた。
 あたしは遠くの岩を指差したまま、口元がやや引き攣る笑顔を無理矢理作って、タスクとコートに今あたしたちが置かれている現状を簡潔に告げようとした。
「……あは……あははー……」
 ダメ、思わず笑ってしまった。全然笑い事じゃないんだけど、もう笑うしかないもん。
「ん? お前、何をヘラヘラしてんだ?」
 タスクが小首を傾げる。
 あんたさっき自分は頭脳労働タイプだって言ったじゃない。気付きなさいよ。
 ふぅ。馬鹿な男連中にはキチンと説明してやらなくちゃダメか。あたしは小さく深呼吸して、引き攣り笑顔のまま、なるべく軽めに重大な事実を口にした。
「……あたしたち……閉じ込められちゃったみたい……」
 巨大な岩は、あたしたちが入ってきた峡谷の、オウカ側の入口を完璧に塞いでしまっていた。

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