Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


     峡谷からの脱出

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 随分急なお仕事です。
 通常なら組合へ持ち込まれた依頼は、内容を充分に吟味したのち、もっとも適切だと思われる組合所属のチームにそれぞれに振り分けられるのですが、今回は元締め様宛に書簡を届けてくださった方が直接僕らのチーム、つまりファニィさんのチームを指名して、そのままお返事も待たずに組合から姿を消されたのです。もちろん元締め様もファニィさんもかなりお疑いになりました。組合は料金次第でどんなお仕事も引き受けますから、相応にして組合を恨んだり敵視する盗賊団のかたや悪い人も多いのです。だから今回のお仕事もそういった妬みや恨みが絡んでいるのではないかと、お二人は随分長く話し合いをされていました。
 でも結局は引き受けることにしたようです。なぜなら内容が、人命に関わり、急を要するものだったからです。
 エルト地方へ向かう国境を越えてすぐの辺りに、珍しい鉱石が採掘される峡谷があります。鉱石の採掘はエルト地方のかなり主力産業で、その峡谷の採掘場で働いているかたは大勢いらっしゃいます。
依頼とは、その峡谷内にとても大きな恐ろしい魔物が出現したので、組合で退治してほしいというものでした。その魔物は人を襲うので、採掘のお仕事が滞ってしまって、エルトの鉱石流通産業に大きな痛手がこうむっているため、早急な対処を求めるというものでした。
 魔物退治は組合では割とよくある依頼です。ですが低級な魔物ならまだしも、人を襲ってくるようなとても手強い魔物を相手に応戦できる組合員はそう多くはありません。組合に持ち込まれる魔物退治の依頼の多くは、畑を荒らす動物に近い低級な魔物退治が多いのです。
 襲撃によって採掘に支障を来たすほどの巨体と、相応に高いであろう知能を持った魔物の相手なら、かなりの実力を備えた組合員を派遣しなければいけません。
だから、僕たちが赴くことになりました。
 ファニィさん、ジュラ姉様、僕、そして今回から正式にファニィさんのチームに所属となったタスクさんです。
 本当は今回も僕は留守を言いつけられたのですが、でも何かの役に立ちますから、と、無理を言って同行させていただくことにしました。
調べ物や謎解き以外で僕が役に立てることは本当に少ないですが、でももう一人だけ、置いて行かれるのは寂しかったんです。

 この間の、闇市場への潜入捜査で姉様とタスクさんが赴き、ファニィさんも途中まで同行されて組合を留守にされた時、一人残された僕は事あるごとにずっと窓の外を眺めていました。ミサオお師匠様から魔術のお勉強をご教授いただいていましたけれど、でも姉様たちのことが気になって、全然集中できなかったんです。すごく寂しくて、無力な自分が悔しくて、何もできない自分が恨めしくて、僕、これからは頑張ってもっと自分を主張して前に出ないと、また一人にされてしまうって思ったんです。
 僕、もっと強くなりたいんです。エイミィさんの時のようなこと、もう二度と経験したくないんです。
 だから……同行を許してくださったファニィさんのご期待に少しでも添えられるよう、僕、精いっぱい頑張ります。

「いい、コート? もし魔物に遭遇したら、すぐにタスクの後ろまで下がるんだよ。あたしとジュラが前衛に出るからね」
「は、はいっ。ぼ、僕……あのっ……で、できないことを無理にしようとして、ご迷惑はかけませんから!」
「うん。いい子いい子。よく分かってるね」
 ファニィさんが僕の頭を帽子の上から撫でてくださいます。
「じゃあお前には、俺の呪文詠唱中のフォローを頼むかな。構築式の描き出しに集中してたら無防備だから、俺」
 タスクさんが僕に笑い掛けてくださいました。僕は嬉しくなりました。
「はいっ! 火薬玉はいっぱい仕込んできました! ま、任せてくださいっ!」
「お、おう……こっちに飛び火しない程度にやってくれ……」
「コートってば、ちょーっと力み過ぎかな? あはは」
 タスクさんが魔法の詠唱に入られた時、周囲に危険が迫っていたら確かに集中できませんよね。僕、お師匠様に聞いてちゃんと勉強してきました。
 いつものように時限発火式の火薬を仕掛けて、周辺に火花を起こして誰も寄せ付けないようにすれば、きっと大丈夫です。火薬は増量しておきましたから、火花の持続時間もばっちりだと思います!
 今回はファニィさんも前衛に出ると仰るくらい、おそらく総力戦になります。僕だけ怖がっていちゃだめですよね。タスクさんのお役に立つためなら、僕もたくさん頑張らないと!

「この辺りが目撃情報のあった現場だよね?」
 ファニィさんがポケットから、依頼の詳細をメモした紙を取り出して、周囲を見回します。
 オウカの組合本部から徒歩で二日。採掘場があるという峡谷に入って一時間ほどでしょうか。
 両脇にそびえ立つように切り立った崖があり、その高さは相当なものです。そのせいか、太陽が真上に来ない限りは日の光があまり届かず、少し薄暗い感じがします。魔物が出現してから採掘の作業員のかたは、みなさん退避されているとのことで、そのせいか、あまりに静かなのでちょっとだけ不気味です。
僕たちは峡谷の中のトロッコの車輪跡を追いながら歩いています。
「日の光が少ないから、ちょっと肌寒いね」
 そう言いながら、ファニィさんはいつも肩まで巻き上げている袖を下ろしました。でもおなかの辺りはいつも通り、シャツの裾を絞り上げて出ているので、まだなんだか寒そうです。
 僕は姉様の手をぎゅっと掴んで見上げました。姉様は僕を見下ろして柔らかく微笑み返してくださいます。
 姉様はいつもなら丈の長いドレスを纏っていらっしゃるのですが、今回は動きやすいようにと、膝丈の物を身に付けていらっしゃいます。姉様がこういった動きやすさを重視する服装をなさる時は、それだけ相手を油断ならないと感じている時なんです。きっとファニィさんのご指示です。
「ねぇ、ファニィさん。少し休憩なさいませんこと? コートが疲れたと言っていますの」
 僕が姉様の手を握ったこと、姉様は勘違いなさっていました。僕はちょっとだけ、ここの雰囲気が不気味で怖かっただけなんですけれど……。
 ファニィさんが振り向いて僕を見ます。僕は慌てて「疲れてません」という意味で首を振りました。ファニィさんはすぐに僕の意図に気付いてくださり、クスッと笑って腰に手を当てます。
「そうだねぇ。ちょっと小腹も空いたし、早めに腹拵えしとこうか。タスク、お弁当」
 ファニィさんは当然といった様子で、手頃な岩に腰掛けてタスクさんのほうに両手を差し出しました。え……お弁当、あるんですか? いつもは携帯食糧ですけど……。
「うるせぇな……ったく。ほら」
 タスクさんも当然のように、ご自分で背負っていた鞄の中から包みを取り出しました。
 わぁ……タスクさん、準備万端ですね。今朝、タスクさんが早起きなさっていたのは知っていましたけれど、お弁当を作ってくださってたとは知りませんでした。
阿吽の呼吸で、やっぱりファニィさんとは息がぴったりです。

 タスクさんが取り出したお弁当は、ジーンではわりと一般的なお弁当だそうで、お米を固めに炊いてお団子のように丸めたものが出てきました。中にいろいろな具を詰めてあるんだそうです。
そういえば随分前に、ジーンの大衆向け料理雑誌か何かで読んだような気がします。僕、本と名が付くものなら何でも読みますから。
「お米をリゾットより硬く煮るんだ。珍しいね」
「握り飯っつーんだよ。オニギリだとかオムスビだとかいう言い方もある。見た目より腹持ちがいいんだ」
「まぁ美味しそうですわね。でもフォークがありませんわ」
 姉様が困ったように、オニギリの周りに食器が無いか探しています。あ、僕、使い捨てのフォークを持ってますからそれを……。
「ジュラさん。そのまま手で摘まんで食ってください。フォークや箸を使う方が食い難いですから。はい、これで手を拭いてください」
 タスクさんが水で湿らせたナフキンを姉様に差し出します。
「わぁ、手掴みだなんて野蛮な食べ物だね」
「だったらお前は食うな」
「食べるよ!」
 タスクさんとファニィさんがいつものように言い争いをしています。えへへ、いつも仲良しなんですね。お二人って。
 濡れナフキンで手を拭って、姉様がさっそく一つ摘まんで召し上がりました。
「まぁ、美味しいですわよ。塩で味付けしてありますわ。コートも早くおあがりなさいな」
「はい」
 僕も手を拭いて、一ついただきました。
「コート、それの中なに? あたしのは焼いたお魚」
「え、えっと……甘辛く炒めたお肉です」
「じゃあ次あたしもそれ!」
 ファニィさんが片手に食べ掛けのオニギリを手に、空いたほうの手で新しい別のオニギリを手にしようとします。
「こらファニィ。全部食ってから次のを取れ。意地汚ねぇぞ」
「誰が意地汚いって? あ、ジュラもう次の食べてる!」
 ファニィさんがぷっと頬を膨らませて姉様を睨みます。
「だから全部食ってから次の……ああ、ほらコート! よそ見してたら落とすから!」
「す、すみませんっ……!」
 タスクさんがオニギリの食べ方に不慣れな僕たちをいろいろフォローしてくださいます。えへへ。なんだかタスクさんがお母さんみたいですね。
「ファニィお前、意地汚すぎ! ただでさえ最近ブクブクしてんのに、これ以上コロッコロと丸くなってどうする?」
「うっわ、何それ! 最っ低! いつ見たのよ!」
 ファニィさんが両手でおなかを抑えてタスクさんを睨みます。
「お前はいつでも恥じらいもへったくれもない、人目を気にする気がさらさら無い腹を出した服ばっか着てるだろうが。黙って自分の腹をプニッてみろ。絶対摘まめるから」
 えっ? ファニィさん、摘まめるんですか? ファニィさん、細いのに。
 僕はびっくりしてファニィさんを見ました。
「やだ何この変態! スケベ! コート、あんたはこんなエロ男になっちゃダメだからね!」
「誰がエロ男だ、誰が!」
「はっきり言われないと分かんないの? タスクが! スケベなの!」
 ファニィさんとタスクさん。最近前にも増して仲がいいんです。そしていつも軽口を叩きあって笑っていらっしゃるんです。お互いの事を貶しつつも、でもとてもよく理解しあってて呼吸もぴったりで、その……夫婦喧嘩のように見えてしまって……僕、少し羨ましいです。お二人が仲良しなのは、僕も嬉しいはずなんですけれど……。
「コート、美味しいですわよ。はい」
「ありがとうございます、姉様」
 僕は姉様が差し出してくださったオニギリをぱくりと食べ、そしてふと気付きました。だって……これが最後の一つだったんです。
 ファニィさんとタスクさんはお喋りしてて……姉様はずっと食べていらして、それで最後の一つを僕がいただいて……良かったんでしょうか? ファニィさんとタスクさんはほとんど召し上がってないような気がするんですが。
「ジュラ! あんた全部食べちゃったのっ?」
 お弁当が無くなっているという事態に気付いたファニィさんが、すごい剣幕で姉様に詰め寄ります。
「美味しかったですわね、ファニィさん。ねぇタスクさん、また作ってくださいましね。ご馳走さまでしたわ」
 姉様はニコリと笑って、口元をナフキンで拭いました。
「いえ、あの……ご馳走さまはいいんですけど……俺のは?」
「また作ってくださいましね」
 姉様がもう一度微笑まれます。あ……えと……ぼ、僕まだ食べてますけれど、姉様と一緒にごちそうさまをしたほうがいいでしょうか……?
「……はぁ……はい、また今度……」
 タスクさんは多分……一つも召し上がっていらっしゃいません。ずっと僕たちのお世話をしてくださっていたので。気付かずに申し訳、ないです……。
「……ジュラぁ……あんた絶対太る。太ってくれなきゃあたしが怒る」
「あらまぁ、大変ですわ。わたくし最近、またお洋服の胸の辺りがきつく感じますの。太ってしまったかしら?」
 姉様がご自分の胸のあたりに手を添えられます。それを見たファニィさんは口元を引き攣らせ、タスクさんは後ろを向いて肩を震わせて笑っていらっしゃいます。
「ジュラさんとファニィじゃ、脂肪の付く場所が違うらしいな。さしずめお前の場合は贅肉って言い方になるのかな? それとも無駄肉?」
「タスクッ! あんた絶対ブチ殺す! とりあえず顔中心に殴ってやるから、黙っておとなしく殴られなさい!」
 ファニィさんが怒りで振り回した拳を、タスクさんは面白がりながら避けます。あ……また仲が良さそうにして……。
「コート、どうしましょう。わたくし太ってしまいましたわ。毎日毎日お食事がとても美味しいんですの。でも太るのは健康にもよくありませんし、ダイエットした方がよろしいかしら? でもお食事を制限するなんて、わたくしにはできませんわ。どうしましょう。わたくしとても困りましたわ」
「美味しかったのなら良かったんじゃないでしょうか? 僕から見て、姉様は太っているようには見えませんから大丈夫です」
 確かこの間の健康診断の時も、僕が姉様の体脂肪率を計算しましたけれど、特に問題なく標準値でした。食欲があるのは健康的でいいことだと思います。
「ファニィさんのご冗談ですよ」
「まぁ良かったですわ。安心したらまたおなかが空いてきましたの。帰ったら美味しいお茶とケーキを戴きましょうね。わたくし先日、ラズベリーの香りがする紅茶を買いましたの。とてもいい香りでしたのよ」
 姉様の新陳代謝の良さは、僕もちょっと羨ましいです。僕、一生懸命食べても全然背が伸びないですもの。もうちょっと大きくなりたいです。

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