Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


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 あたしとミサオさん、そしてタスクは、ミサオさんが占いに使うっていう水晶玉を探しに骨董屋に来ていた。
ミサオさんはあたしにも見立ててほしいって言ってたけど、よくよく考えなくても、あたしはタスクみたいに魔法の知識がある訳じゃないから、水晶玉見たって全然参考になる訳ないんだよね。せいぜい「色が綺麗」とか「占い師っぽい」とか、そういう素人丸出しの意見しか出せないもん。
もしかしてミサオさん、なんか企んでる? タスクがいるって時点で、何となく予想できない事もないけど。
「ファニィちゃん。ちょっと先、出とってくれる? ウチ、さっきの水晶もっぺん見てくるわ」
 ミサオさんが両手を顔の前で合わせて片目を瞑る。
「あたしも行くよ?」
「大丈夫や。すぐ追いつくよって」
「そう?」

 ミサオさんは小さく手を振って、お店の奥の方へ戻って行った。あたしは隣で眠たそうに欠伸をしているタスクのショールを引っ張る。
「タスク。先、帰ってる? ミサオさんにはあたしから言っといてあげるから」
「へ? あ……お、俺なら平気だから」
 タスクは慌てて両手を振る。
「嘘吐き。さっきからずっと欠伸してるし、隙あらば壁に寄りかかって目を瞑ったりしてるじゃない。体、相当辛いんでしょ」
「平気だって。それにここで俺だけ帰ったら、あとで姉貴に半殺しにされっから」
 タスクは妙に早口で答える。胡散臭い……タスクもミサオさんも。
 あたしはちょっと疑いつつも、タスクと一緒にお店を出る。そして特に会話もないまま、メインストリートの方へ向かって、小道をゆっくり歩いていた。黙ってるのもなんか重苦しくてヤだな。
「……えーっと……闇市場の帰りからずっと考えてたんだけどさ」
 あたしは両手を背中で組み、何となくタスクから視線を逸らして呟く。
「元締めにはまだ話を通してないんだけど……あんたをね。あたしの……チームに正式に入れてあげようかと思ってるんだ」
「えっ? それ、本当か? いいのか?」
 タスクの表情がパッと明るくなる。
「うん。あんたやミサオさんは『自分は未熟者だけど』なんて言って、謙遜してるのか本気で言ってんのかあたしには分からないけど、でも闇市場の時の活躍といい、コートが誘拐された時の活躍といい、それにコートとは違う方面であんたも頭いいし、あたしが思ってた以上にあんたは優秀で、充分な戦力になるし、組合にとっても有益な人材なんだって認めてあげるわ。だから……あんたが嫌じゃなければあたしのトコに来る?」
「嫌なもんか! 俺もっと修行して、魔法の技術も知識も磨くから!」
 子供みたいにはしゃぎ、タスクはあたしの手を取ってぶんぶん振り回す。あははっ! なんなのよ、このはしゃぎっぷりは。コートより子供みたいじゃない。
「はいはい。大抜擢が嬉しいのは分かったから、そろそろ手を離してね」
「あっ、わり……」
 タスクは慌ててあたしの手を離し、ふいに何かを思い出したように真顔になる。そして口元を押さえ、空を仰ぎ、足を止める。メインストリートまであと数歩だけど、不思議と人通りが途絶える。

「あー……あのさ……」
「ん、どしたの?」
 タスクが沈黙する。あたしが小首を傾げると、タスクはいきなりあたしの肩に手を置き、真顔で問い掛けてきた。
「こ、答えろ。俺とヒース、お前はどっちが好きなんだ?」
「ヒース」
 間髪入れずに即答するあたし。簡潔に、的確に。
 タスクはそれを聞いて、頭を抱えてその場に蹲った。
「何を今更分かり切った事を言ってんのよ。あんただって知ってるじゃない」
「あ、あのなぁ! お、俺はお前が好……」
「あんたがあたしの事を好きだってのも知ってるよ。あんたの態度、露骨だもん」
 めげずに立ち上がって告ろうとしてきたタスクに、更に追撃の一言。タスク再び撃沈。
「ははーん。あんたとミサオさんの様子が変だったのは、このせいね? タスクは一方的な片思いで納得してたんじゃないの?」
 あたしが言うと、タスクは噛み付くような勢いで反論してきた。
「誰が一方通行の気持ちだけで納得するか!」
「はいはい。とにかくあたしは先約済み。あ、ほら、コートかジュラで手を打っときなさいよ。どっちもあんたの事、気に入ってるし」
「なんでどっちかで手を打てとか、そういう酷い事をあいつらに対しても言えんだよ、お前は!」
 あー、確かにちょっと、コートとジュラに対して失礼な言い回しだったかな。
「何が嬉しくて、ガキとはいえ男を相手にしなくちゃならないんだよ! それにジュラさんは能天気でマイペースで大して深い考えなしに、誰彼構わず愛想よく振る舞う人じゃないか! 俺を気に入ってるなんて、所詮仲間としてだろうが。コートにしてるように、誰にだって挨拶代わりにキスするような人だろ、ジュラさんは!」
「あんたこそ酷い事を言うわね。ジュラはそんなに安い女じゃないわよ。ジュラが自分からキスする相手なんて、たとえ親兄弟相手でもコートが黙ってるはずないでしょうが」
 何をいきなりふざけた事言い出すかと思えば、タスクだって充分二人を馬鹿にしてるじゃないの。あたしは憤慨する。
「へ? あ、そ、そうか……うん……そうだよな。コートとジュラさんは特別だもんな」
 タスクが慌てて頭を掻いて視線を逸らす。うん、分かればよろしい。ジュラとコートを貶める奴はあたしが許さない。
「やっぱり今日のタスク、変だよ? 急に告白とか、あんたらしくないじゃない」
 あたしが訝しげにタスクを見上げると、タスクは照れ隠しなのか頭を掻きながらしどろもどろに答える。
「いや、その……だから、やっぱりちゃんとお前にも伝えとかないと、って……」
「だからあんたの好意は知ってるって」
「そ、そうなんだけどな。その、一応ケジメというか……」
 なんて言うか、ココ一番っていう時の情けない部分が、タスクとヒースの似てる所かもしれない。あは。意外な共通点発見。指摘したらどっちも物凄く否定するだろうけど。
 ふぅ……なんか、放っておけないな。タスクもヒースも。ついでって訳じゃないけど、あたしもそろそろちゃんと言っておかないといけないかもしれない。タスクが分かってない、あたしの事。
 あたしはタスクのショールの端を掴み、俯いて前髪で目を隠したまま静かに言った。
「タスク、忠告しといてあげるね」
 メインストリートの喧騒が、あたしの声を聞き取りづらくさせているのか、タスクはじっと耳を凝らしている。
「例えばだよ。例えばあたしとタスクが、タスクの望むような関係になっちゃうと、タスクは組合の仕事を続けられなくなるよ。ヒースはもちろんヤキモチ妬くだろうし、それに……組合のみんなは、タスクを避けるようになるよ。ヒースとタスクは違う。ヒースは元締めの実の子供で、タスクは外部の人間。だからあたしとヒースがくっ付いたとしても、誰も何も言わないの」
 二人が違う立場だって事、分かってくれるかなぁ?
「……俺を避ける? 俺が外部の人間だからか? それとも……魔術し……」
 タスクの言葉を遮ってあたしは続ける。あたしの事実を、言葉にする。
「あたし、書面上は元締めの子供だけど……でも……養女だから。それから……混血だから。魔物の血が、半分以上入ってるから……」
 あたしは自分の血の事を恨んではない。だって実父も実母も、本当に愛し合ってあたしが生まれた事を知ってるから。実の両親を恨む事なんて、あたしにはできない。二人が愛し合う事によって起こる不幸が、どんなに大きな枷をあたしに与えたとしても。
 でも……この事実を口にするたびに、あたしの心は痛くなる。いつも、いつでも、どんな状況でも……。だって混血であるという事実は、あたしはみんなと違うんだって、自分で自分の傷を抉る行為なんだもの。

 心の痛みをじっと堪えていると、タスクがあたしの肩をぎゅっと掴んできた。あたしは一瞬体を強張らせて、ゆっくりタスクを見上げた。タスクの目は……組合のみんなとちょっと違う気がした。それがどういうものなのか、今のあたしには分からない。でも……嫌いじゃない。イヤじゃない。
 沈黙はイヤ。何か……何か言わないと。
「……あたしはタスクの事、嫌いじゃないよ。あんたと仕事を続けたいって思ってる。だからあたしはヒースを選んだの」
 あたしはタスクが好きだよ。ジュラもコートも、元締めもヒースも、組合のみんなも大好き。だからあたしは補佐官を続ける。半分魔物として生きて、それでもみんなに認められるためには、この方法しかないから。
 タスクが痛いくらいに掴んだあたしの肩の手に、更に力を込めてくる。でも痛いからって、振り解く事はあたしにはできなかった。
タスクは言いたい事を堪えるようにぐっと唇を噛み締め、そして空を見上げながらゆっくり息を吸い込み、口を開いた。
「前にも言ったよな。俺はファニィが魔物との混血でも構わない。ファニィがファニィだからこそ、俺は……俺は、こう……して……」
 あたしはぎゅっと額をタスクの肩に押し当てた。今のあたしの顔、こいつには見られたくなかったから。
「タスクだけだね。あたしが魔物との混血でも好きだって言ってくれるの」
 ヒースはあたしを好きだって言うのに、あたしの血を恐れてる。あたしの血を認めては……くれない。
 あたしが抱いてる、ヒースに対する非難と寂しさを言葉に出さず、あたしは心の中で自分の言葉に繋げた。弱みは、見せたくないから。
「関係、ないって言ったろ……俺だって、魔術師だ」
 タスクの声が震えていた。
「だからあたしは魔法の事は分かんないんだって」
 あたしは自分の感情にちょっとだけ戸惑っていた。あたしの気持ちはさっき言った通り。だけど……すごく心が揺らぐの。こんなのヒースに知られたら、頭から湯気が出るくらい嫉妬して怒ってくるだろうな。あいつ、子供だもん。
「……あたしはタスクが嫌いじゃない。今はこれで見逃してもらえないかなぁ?」
 タスクの心臓がドキドキしてるのが分かる。多分、あたしも。
「……み、見逃してやるよっ。あーあ! 姉貴、早く来ねぇかな!」
 タスクは乱暴にあたしを突き飛ばして、ヤケクソ気味に吐き捨てた。

 あは。あはは。なんか、変なの。タスクもあたしも。
タスクが変な告白とかしてくるから、ちょっとギクシャクしちゃったじゃないの。こんなの全然あたし達らしくないよ。この先も、今の関係を壊すような事はしないでほしいわ。あたしはずっとみんなと一緒にいたいの。
 でも……悪い気はしなかったな……。むしろ、凄くドキドキした……。

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